二 お風呂。
お湯に浸かるというのは、大きな精神安定効果があるんだな、と智美は思った。軽くシャワーを浴びて汗を流し、温かいお湯に浸かっていると、心までが暖まってくるようだった。
「倉科さん、ひとつ聞いてもいいかな?」
稲本がシャワーを浴びながら、顔だけ智美の方に向けて聞いた。
「え……? あ、はい」
突然改まって何だろう。智美はきょとんとして浴槽から稲本を見上げた。
身長150cmそこそこで小柄な部類に入る智美より、さらに小柄な稲本。丸顔でふっくらした印象を持つ彼女だったが、身体は引き締まっていた。腹筋が割れているという程ではないが、動くたびに腹筋がうねるのがわかるのは、日頃の訓練の賜物だろう。
そして目を奪われるのは、美しく優しいラインの豊かな胸。三歳しか違わないはずなのに……と、智美は妬ましかった。
瀬里奈の胸もかなり目立つボリュームだったが、稲本は全く引けをとらない。瀬里奈の胸が攻撃的な武器だとすれば、稲本の胸は包容力の象徴だった。
智美にしてみれば、稲本の方が好ましかった。瀬里奈が勇夫と仲良くしているのも、勇夫が瀬里奈の胸に目を奪われ、デレデレしているのも、智美は気に入らなかった。
「倉科さんって、甘いもの、何が好き?」
稲本はシャワーのお湯を止めて言った。稲本の身体から、水滴が光を弾いて滴り落ちる。
「え、あ、あの……チョコ、かなぁ……」
一瞬目を奪われそうになりながら、智美は答えた。
「でも、なんでですか?」
聞き返す智美。稲本はいたずらっぽく笑うと、智美の頬を指でつっついた。
「ぷぅっとふくれたり、ぽかんとしたり、忙しいわね」
智美の顔が赤くなったのはのぼせたせいではない。勇夫の事を考えて苛立った時、そして稲本の身体に見とれてしまった時。全て表情に出てしまっていたのかと思うと恥ずかしさで顔が熱くなったのだ。
「表情が豊かなのはいいよね、うらやましいな」
自分だって表情がくるくる変わるくせに、と智美は思うが、悪い気はしなかった。稲本はするっと小動物のように、智美に並んで浴槽に身を沈めた。
「チョコ、いいよねー。甘いのも、ビターなのも。口の中で溶けていく時、幸せ~! って感じするし」
稲本はうっとりとした表情を浮かべた。
「普通のチョコレートもいいけど、チョコエクレアとか、チョコミントのアイスとか……」
稲本の言葉に、智美も思わず好きなチョコレート菓子を思い浮かべる。
「そうですねー。フォンダンショコラとか……生チョコのロールケーキとか……。でも結構、普通に板チョコとか、コンビニで売ってるようなチョコとかも好きなんですよね」
「あ、わかるー! あたし、チョコマシュマロ好きで、つい買っちゃうんだよねー」
じゃばっ、と波を立てて、稲本は智美の方へ体を向けた。ほんわかとした暖かい丸顔が無邪気に笑っている。智美もつられて笑顔になった。
「わかります! 私もチョコマシュマロ大好きで! あ、稲本さんは一番好きなお菓子って何ですか?」
智美の質問に、稲本は頬に指を当てて少し考えた。
「うーん、シュークリームとか、ショートケーキも好きなんだけど、一番好きなのはね……。
……智美ちゃん、笑わない?」
「笑いませんよ!」
ちょっと赤くなった、真剣な表情の稲本に、智美は笑顔になって請合った。
「あたしが一番好きなのはね……プリンなんだ」
似合う。似合いすぎる。智美は稲本が笑顔でプリンを口に運ぶ姿を想像して、ついにっこりしてしまった。
「あー! やっぱり笑った!」
「違いますよ! 稲本さん、プリン似あうなって思ってほっこりしてたんです! 私もプリン大好きですし!」
ぷぅっとふくれる稲本に。智美が慌てて弁解すると、稲本はぱっと顔を輝かせた。
「えー、そうなんや!」
思わず出る関西弁。稲本ははっと口を押さえた。
「ごめんね、あたし、子供の頃からプリン大っ好きやったから、プリンの話になるとつい……」
ところどころに混じる関西のイントネーションがとても可愛らしく、智美はまたほっこりしてしまう。
「……稲本さん、ほんと、甘いもの好きなんですねー」
智美が、うんうんとうなずきながら言うと、稲本ははっとして咳払いをした。関西弁が出ないように気をつけようとしている感じがまた愛らしい。
「やっぱりばれちゃうかぁ。こんなだからダメなんだよね。これでも一応軍属だし、腹筋とか割りたいんだけどー……」
稲本はお湯の中で自分のお腹を触りながらぼやいた。
「えー! 稲本さん細いじゃないですか!」
智美は思わず声を上げた。稲本のウェストは、腹筋こそ割れていないにしても、その腹筋の動きがはっきりわかる程に絞られている。
智美も自分のプロポーションにはある程度の自信があったが、瀬里奈や稲本に比べたら野暮ったく凹凸のない身体としか思えなかった。
「でもね、軍だと、もう腹筋割れてないと子ブタ扱いなのよ? ほんと、大変なんだから……」
声をひそめて真顔で言う稲本に、智美は思わず笑ってしまう。年上で包容力があるのに、本当に可愛い人だな、と智美は思った。
「智美ちゃんだって、素敵なプロポーションだと思うよ? とってもバランスいいし……えいっ!」
稲本はまたぱちゃっと波を立て、お湯の中で智美の胸を持ち上げるように触った。
「え……きゃっ!!」
びっくりして思わず声を上げる。
「ほら、手に収まりきらないもん。智美ちゃんも意外と……」
「い、稲本さんの手が小さいだけじゃないですか?」
智美は両手で胸を隠しながらじゃばっと音を立てて身を引いた。
「あー! 言ったなぁー!」
顔にお湯をかけられ、智美も反撃に出る。風呂場に二人の笑い声が弾けた。
智美は、自分の心が軽くなっていくのを感じていた。




