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蒼翼の獣戦機トライセイバー~崩壊から始まる、希望の蒼き翼~  作者: 硫化鉄
    第七話  「嵐の前の嵐」

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一 智美の悪夢。

(前回のあらすじ)


 【Tシリーズ】のパイロット達は、初陣を勝利で飾った。

 だが、彼らを取り巻く状況は過酷さを増して来ていた。

 世論を巻き込み、軍への批判を強める野党。

 【敵】は再度侵攻を開始するが、

【Tシリーズ】パイロット達は出撃をする事が出来ない。

 法的根拠、権限、責任。 勇夫たちはそれでも、出撃をする。

 命令違反で戦闘を開始してしまった勇夫は警察に勾留され、

 怪我を隠して戦っていた頼造は、意識を失って倒れた。

 暗闇の中で智美は一人、震えていた。


 光が丘の地下にいた、あの記憶が蘇ってくる。

 いや、本当はまだあの地下にいるのではないだろうか。勇夫と共に脱出し、軍に協力して戦った事は夢ではなかったのか。


 自分が戦争に巻き込まれるなんて、荒唐無稽な夢に決まっている。そんな事はあるはずがない。だとするならば。


 今、ここにこうしているという事は、あの恐ろしい地震だけが現実だという事だ。あのお洒落な紅茶専門店。勇夫に呼び出されて……。


「速水君!」


 思わず声が出た。そうだ。あの地震が本物なら、勇夫は。


「速水君、どこ?」


 勇夫の返事はない。智美の震えはどんどん大きくなってきた。周囲の静寂は、闇と同じように深い。


「速水君!!」


 勇夫を呼ぶ声は絶叫と化していた。それでも勇夫の返事はない。闇は何度も何度も絶叫する智美の声を、反響させることもなく飲み込んでいった。


 智美はのろのろと立ち上がった。この場にいる事に耐えられなかった。

 ここから出たい。

 脅迫的に迫ってくる恐怖。足を踏み出すと何かやわらかい物を踏みつけた。誰かの身体。大地震の犠牲になった……。


 土気色になって動かなくなった中年男性の横顔が、智美の脳裏にフラッシュバックした。智美は悲鳴をあげた。


 闇を通して回りに転がる死体の大群が見えた。その全てが、同じように土気色をしていた。そして、全てが同じ顔をしていた。


 智美は声を上げて走り出した。どこへ向かっているかも解らない。自分が何を叫んでいるかも解らない。足元の死体につまづき、踏みつけながら、息を切らして走り続けた。



 断続的な銃声。


 背後から智美の腕を、足を、身体を掠める銃弾。

 壁に当たる銃弾が、まるで金属の装甲に弾かれるような音を立てる。


 智美は苦痛と恐怖におびえ、座り込んだ。頭を抱えて丸くうずくまった。


「助けて……助けて……! 速水君……!」


 繰り返しつぶやく智美に向けて、鋭利な刃が突き出してきた。明確な殺意を込めたスピード。避ける術はない。


 智美は頭を抱え、絶望の悲鳴を上げた。


 ドスッという鈍い音。

 肉体が、刺し貫かれる音だ。智美はそろそろと顔を上げた。


 智美をかばうように立ちはだかる人影。その人物の脇腹に、その刃は突き刺さっていた。


「速水君!」


 智美は叫んだ。自分の身を犠牲にして庇ってくれた懐かしい人。苦痛のうめき声も上げず、智美を守るために立ちはだかっている。その脇腹から、大量の血が吹き出していた。


「速水君……速水君、大丈夫?」


 智美はその背にすがった。彼の苦痛を取り除くためなら何でもする、智美はそう思った。



「すまないね、智美さん。私なんだ」



 振り返ったのは土気色の顔をした中年男性だった。彼はすまなそうに謝ると、ゆっくりと倒れ、動かなくなった。


 智美はもう一度、悲鳴を上げた。







 智美は悲鳴を上げながら目覚めた。全身が気味の悪い汗にまみれていた。顔も涙でぐしゃぐしゃだ。


 夢の内容ははっきりと覚えていた。覚えている事を恨みたくなる程の悪夢。夢でよかった、と智美は一瞬思った。

 だが、それは違った。彼女にとって現実はもっと辛辣だった。


 パートナーである頼造の入院。頼造が倒れた時、触れる事すら拒んでしまった自分。応急処置とまでは行かなくても、何かできることはあったはずなのに、何も出来なかった。いや、何もしなかった。見殺しにしたのだ。


 私は香川さんを見殺しにしたんだ。


 智美の呼吸は浅く、速くなってきていた。


 そうだ、速水君は。


 智美は勇夫の幻影にすがろうとしていた。眠れなかったあの夜から、毎夜声を聞かせて安心させてくれた勇夫。しかし、昨夜どんな話をして眠らせてくれたのか、思い出すことができない。


 突然、飛んでいた記憶が戻ってきた。


 頼造の手術は成功したが、意識は戻らず昏睡状態が続いていること。そして。 



 勇夫の、警察による勾留。



 そう。速水君が警察に捕まったと聞いて、息が苦しくなって、そして……。


 ぐるぐると考えるうち、智美の呼吸はどんどん速くなっていく。



「倉科さん! 倉科さん、大丈夫?」


 ドアを開けて若い女性下士官が飛び込んできた。智美は過呼吸を起こし、失神しかけていた。


「大丈夫、大丈夫よ、智美ちゃん、大丈夫……」


 女性下士官は、そっと智美の頭を胸に抱いた。


「安心して。大丈夫だから……ね? ゆっくり、ゆーっくり息を吐いて、ね? 大丈夫だよ……」


 呼吸のペースを誘導するようにゆっくりと語りかけながら、彼女は智美の頭を撫でる。


「あ……いなもと……さん……」


 智美は、女性下士官のふくよかな胸元から朦朧とした目で見上げた。


 稲本と呼ばれた下士官の母性を思わせる優しい丸顔は、智美の気持ちを落ち着かせる作用があった。

 彼女の名前は稲本(いなもと)友美(ともみ)。大榊隊所属の士官候補生、20歳の航空曹長補である。名前の読みが同じと言うこともあって智美のサポート役を担当していたが、今の智美には最も適任と言って良かっただろう。


「さ、ゆーっくり深呼吸しよ? 大丈夫、私がいるからね?」


 稲本の言葉に素直に従って、智美はゆっくりと深呼吸した。少しずつ、気持ちが落ち着いてくるのがわかる。


「ありがとう……ございます……」


 ゆっくりと息を整えるように、智美は感謝を口に出した。稲本はその丸い顔をほころばせ、智美をさらに安心させるように微笑んだ。


「も少し落ち着いたら、お風呂入ろっか。いっぱい汗かいちゃってるもんね」


 智美は子供のようにうなずくと、稲本の胸に頭を預けるように、全身の力を抜いた。

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