十四 戦端。
既に【敵】部隊は中川を越え、荒川に差し掛かっていた。
地域住民への避難勧告は出ているが、【敵】機の侵攻が確認されてから30分足らず。いかんせん時間がなかった。
「もう時間がありません!」
防警軍のヘリ部隊は、攻撃のきっかけも掴めず【敵】機と等距離を維持し、追尾していた。
あと10分足らずで国会議事堂に達するだろう。ただ見ていることしか出来ないまま、状況はどんどん悪化してきていた。
戦闘が起きた際に住民を巻き込む危険は増しており、市街地上空での戦闘は避けねばならなかった。
「倉科……、倉科は基地に帰ってくれ」
勇夫は押し出す様に言った。
「速水君……?」
「何をする気だ……!」
智美と大榊が同時に声を出した。勇夫の声音に不穏なものを感じたのだ。
「時間がないんです……! 瀬里奈さん、ほんとごめんなさい。俺のバカに、付き合ってもらえますか……?」
勇夫の言葉に、瀬里奈の表情が強張った。
国会議事堂内、防衛警備委員会室は異様な緊張感に包まれていた。中継のカメラが向いていない席は全て空席になっており、野次や怒号は止んでいた。
刻々と近づいて来ている【敵】軍。その恐怖を圧して残っている者は、政府も、野党も、何らかの思惑を持っているか、逃げる姿を放送されたくない者であった。
【敵】がすぐそこまで来ている事を、その場の全員が意識していた。
【敵】機群は入谷上空に到達していた。上野を過ぎれば国会議事堂までは数キロだ。もう迷っている時ではない。勇夫は奥歯をかみ締めた。
「速水君……!」
「瀬里奈さん! お願いします!」
智美の声をさえぎって、勇夫は叫んだ。これしかない、と勇夫は思っていた。心のチャンネルが一つに固定化されたようだった。
「……仕方ないわね。パートナーだもんね。……一緒に生き残るわよ! あたしは運も強いんだから!」
瀬里奈は自分を奮い立たせるようにそう言うと、先行した勇夫機を追って【敵】機群に機を走らせた。
「駄目だ! 二人とも戻れ!」
大榊の叫びは二人には届かなかった。
「合体シークェンス、起動!」
勇夫と瀬里奈の叫びを、大榊は無力感と絶望の中で、そして智美は不安と正体不明の苛立ちの中で聞いた。
【トライツヴァイ】が戦端を開いた事が伝えられると、御殿場防警大臣はがっくりと力を落とした。その姿を見た女性議員の眼はぎらついて、不敵な笑みがこぼれる。
岐部総理大臣はすでに次の手をどう打つか、考え始めていた。総理の眼は、まだあきらめの色を浮かべてはいない。勇夫達を守る事は、彼にとって至上命題だ。何があっても成し遂げなければならなかった。
合体シークェンスを終えた【トライツヴァイ】は敵陣の真ん中を突っ切りながら重力に任せて下降していった。着地目標は上野公園。通常の災害時は地域住民の避難場所に指定されていたが、今回は【敵】の侵攻線が至近だったため、避難民は一人もいない。
【敵】は【トライツヴァイ】を追うように後に続いていた。が、その軌跡は異様なラインを描いていた。
【トライツヴァイ】に引っ張られるような動線を描く新造機と、それを追う改修ドローン。引力制御システムだ。【トライツヴァイ】は出力の全てを引力に回し、【敵】新造機を全て引き寄せながら上野公園に着地した。
「うおおおおおおっ!」
勇夫は吠えた。【トライツヴァイ】の拳が新造機を貫き、爆散させる。
「こうなったら、まずは新造機からつぶしていかないとまずいですよ、大尉」
金富はそう言いながら、すでに信号弾の準備をしていた。
「これだけ混戦になれば、センサー性能や通信性能の差は問題にならないでしょう」
大榊は、金富の準備した信号弾が【指揮官機へ集中攻撃】を意味するオレンジ色であるのを視認した。
「喋っている暇があったら発射しろ」
「了解!」
オレンジ色の信号弾に呼応して、大榊中隊のヘリが上野公園の上空を取り囲んだ。機銃の有効射程ギリギリに展開し、新造機に照準を向ける。新造機は【トライツヴァイ】の引力に捕らわれて攻撃態勢を取ることが出来ない状態だが、自由な改修ドローンがヘリとの間に割り込み、機銃をヘリ部隊に向けた。
一瞬早く、ヘリの機銃が火を噴いた。改修ドローンが数機被弾し、回転しながら徹甲弾をばらまいて落下していく。
「速水君……」
智美は戦況を見ながら震えていた。
大量の【敵】。
強力な武装を持っている【敵】。
勇夫はその中心に飛び込んで戦っている。引力で新造機を引きつけ、行動の自由を奪う作戦は妙手と言えたが、それでも圧倒的不利を覆すことは出来ないように見えた。
30機に上る新造機を引き寄せ行動の自由を奪っているのは良いのだが、肝心の【トライツヴァイ】も新造機に覆われて身動きが取れない状況だ。
現在、頼みの綱は大榊隊のヘリだけである。
「香川さん……」
智美は恐怖を堪えて呼びかけた。
「……前回とは、違いますよ?」
頼造は静かに問いかけた。智美の覚悟を試すように。智美は、自分の決意がぐらついているのを充分に自覚していた。怖いのだ。そこは紛れもない【戦場】だった。
教科書の写真の中や、テレビの中にあるだけの場所、これまではそれが智美にとっての【戦場】だった。
前回は無我夢中だったし、安全が確保されているという保証があった。しかし今は。現実に【戦場】を目の当たりにして、智美は手も足も、震えを止めることができない。
「だめだ倉科! 逃げろ!」
勇夫の声がコクピットに響き、智美は身体をびくっと震わせた。操縦桿を握る手が、汗で滑る。




