十三 忍耐と恐怖。
「敵の総数は870。うち840機はわが軍のドローンを改修したもののようですね」
【トライドライ】からリアルタイムで送られてくる情報は、大榊機のモニタに映し出されていた。【敵】の数や種類はもちろん、その詳細な配置まで網羅されている。【ドライドライ】の情報収集・分析能力の高さは大榊の想像をはるかに超えていた。
「そして残りの30機が新造されたもののようです。一回り大きいドローンに、ちょっとゴツめの武装がついているようです。基本としては等間隔に並んだ3×3×3の立方体状に27機、中心に新造機を配置した編隊で、それが30編隊、3個2列5段で等間隔に並んでいます。改修ドローンは通常機関砲に徹甲弾砲が追加されたもののようですが、新造機の武装はまだ不明ですね」
金富がモニタを操作しながら報告する。
「本命は30機の新造機だな。他のドローンは、通信の中継機という意味合いが強そうだ」
「大榊さん、どうしますか?」
大榊機の後方に待機している勇夫の声だ。【敵】は攻撃こそしていないが、こちらの存在を無視するように、速度を落とすことなく、上げることもなく、淡々と進軍していた。現在、江戸川を越え、中川へ接近していた。東京はもう間近だ。
「待機。変更はありません」
大榊は淡々と答えた。状況は何も変わっていない。情報の分析評価とともに、勇夫のはやる気持ちを抑えるのが今の大榊の仕事だった。
現在【トライドライ】は江戸川の河川敷に降りて情報収集を行っていた。その他の四機は分離したまま、三郷市鷹野上空、大榊機の後方に待機している。
「今野さん、30機の新造機について集中的にデータを収集してください。武装の予測と、無人機かどうかわかれば」
「わかりました」
大榊は華夕の返事を聞くと、黄色の信号弾を発射した。事前に打ち合わせた通り、五機のヘリが【敵】の侵攻線上に入り、ホバリングする。警告の意味を込めた進路妨害だ。【敵】の出方によっては戦端が開かれることになる。
【敵】機は速度も進路も変えず、五機のヘリなど目に入らないかのように侵攻を続けていた。勇夫はコクピットの中で固唾を飲んで見守るしかない。じりじりする感覚。思わず叫びだしそうになるのを必死で押し殺す。
【敵】の攻撃はない。時速80㎞。
【敵】は飛行体としてはかなりゆっくりした速度でヘリに接近していく。直進すればヘリと接触する機体もあるはずだ。
それでも隊列を一切乱さず直進を続ける【敵】機。彼らがヘリを進路上の障害物として撃墜しようとすれば、もう避けられる距離ではなかった。もちろん【敵】が攻撃をすれば、こちらが敵と戦闘を開始する名目は立つ。だからと言って、そのためにヘリのパイロットの生命が失われて良い筈はない。
「大榊さん……。大榊さん……っ」
勇夫は声を絞り出した。緊張のあまりうまく声が出ない。操縦桿を握る手にはじっとりと汗をかいていた。
「待機」
通信を通して聞こえてくるのは一言だけだ。
「でも、もし撃たれたら……あのヘリの人たちは……」
「撃墜されたヘリから脱出する訓練も行っている」
あくまで大榊の声は冷静だった。大榊とてこの状況が平気なわけはない。大切な部下の命を危険にさらしているのだ。
しかしそのような葛藤を表に出すには、大榊の克己心は強すぎた。彼の部下は全て大榊のそういう面を熟知していたが、勇夫にとって理解の範囲を超えているのは無理もないだろう。
「でも……っ!」
ぎりぎりと歯を食いしばる勇夫の目の前で、【敵】機とヘリが交錯した。
攻撃はもちろん、接触も起こらなかった。【敵】機はヘリを最小限の迂回でパスし、そのまま通り過ぎた。
あまりにも、何も起きなかった。
「大榊さん、【敵】の装備が推定できました。新造機の出力、武装ユニットの規模等から推測されるのは、87%で荷電粒子レーザー砲、10%で高発熱性榴弾砲、2%で高速噴射式短針砲、その他1%です」
華夕の声は震えていた。無理もない。初戦で敵の使用した徹甲弾とは違い、荷電粒子レーザーならば【Tシリーズ】の装甲を貫通することも十分考えられる。「最も安全な場所」であるという前提が崩れてしまうという事だ。他の二つの兵器であったとしても、安全であるとは言い難かった。
「まずいですね、大尉」
金富が、推測される兵器のスペックに目を通し、表情をこわばらせた。
「荷電粒子レーザー砲なら【Tシリーズ】の装甲も貫通できるんじゃないですか? この高発熱性榴弾砲の場合は【Tシリーズ】の装甲を破るのは難しそうですが、これはむしろ……」
金富は言葉を切った。
榴弾砲。炸裂した弾丸の破片をばら撒き、広範囲にわたって殺傷する、榴弾を発射する兵器だ。
この高発熱性榴弾砲は、その榴弾が炸裂する際、融点近くまで急速に加熱されるというものだった。もちろん装甲の貫通力も多少上がってはいるが、そもそもこれは対人用の兵器である。
高熱を帯びた金属片が市街地にばら撒かれた場合、その被害は甚大なものになるだろう。
そして、高速噴射式短針銃は、タングステンカーバイド製の短針を高速で大量に吹き付け、外壁や装甲をボロボロにする兵器である。【Tシリーズ】も、一撃で破壊とはいかないまでもただでは済むまい。そして、防警軍所属の戦闘機やヘリにとっては、その全てが深刻な脅威だ。
「……まぁ、過剰防衛を問われる事はなさそうですな」
金富は苦笑交じりに言った。
「冗談じゃないですよ! 【Tシリーズ】のコクピットは一番安全なんじゃなかったんですか?」
勇夫の声が大榊に突き刺さった。その通りだった。民間人で、半数以上が未成年の彼らの力を借りるための大前提が崩れてしまったのだ。
「……お前、言う事がころころ変わるんだな。さすがおバカさんだ」
一樹が皮肉の混じった嘲笑を漏らす。
「でもまぁ、今回はバカの意見に乗ってやるよ。確かにこんなんじゃやってらんねえからな。軍人さん、俺は下ろさせてもらう」
一樹は【トライドライ】のコクピットで一切の操縦をやめ、腕組みをした。
「あの……、現段階では有人機かどうかの推定は不能です。そして……」
華夕がおそるおそる報告すると、一樹が舌打ちをした。同じコクピットいる一樹の舌打ちは華夕の身をすくませたが、華夕は歯をくいしばるようにして言葉を続けた。
「……そして、【敵】の侵攻目標は、国会議事堂と推測されます」
【トライドライ】が収集した全てのデータが、最悪の推測を裏付けていた。




