十二 もう一つの戦い。
「私も、御殿場大臣も、生命を賭して国民の安全に対し最善の策を行っております。私がここにとどまっているのは、密約などによって安全を確保されているからではありません。もしそうであるなら、この国会議事堂は一番安全な場所という事になり、あなた方の言う議員の生命を人質にとるなどという事は成立しないではありませんか。
確かにここは危険です。【敵】は東京に向かって侵攻中です。ですが、それを食い止めようという軍が我々以上に危険な状況にあるんです。
もし【敵】が攻撃をしてきた場合、わが軍の現在の装備では【敵】に対して有効な打撃を与えられない。そんな中で国民の生命財産を守るために出動しているんです。
また、【敵】に対抗しうる唯一の存在である彼らは、民間人でありながら【敵】を食い止めようと立ち上がってくれているのです。私たちは彼らを全力で守らなければなりません。
今、民間人の立場でいる彼らには、軍として戦うことができません。正当防衛で反撃することはできても、先制して攻撃することは許されない。つまり【敵】からの攻撃を、まずは受けなければ戦えないのです。
我々を守ってくれようとしている彼らを、我々の法律が危険にさらしているのです。彼らが万が一にも命を落とす事などあってはならないし、権利や名誉は守られなければなりません。
それを成す事が我々立法府の務めではないでしょうか」
野党議員の怒号と与党議員の拍手が室内を埋め尽くす中、委員会室に一人の幕僚が入室し、御殿場大臣にメモを渡した。御殿場防警大臣はメモを確認すると委員長に発言の許可を求めた。
「委員の皆様にご報告があります。現在【敵】は千葉県八潮市を東京方面に向かって進行中。千葉県警と警視庁の航空隊による警告にも応じていません。防警軍首都防衛師団の航空部隊が出動していますが、警察と共に周辺住民の避難状況を確認中です。また【敵】が攻撃の気配を見せていない事から、戦闘状態には至っておりません」
防警大臣の報告に、委員会室は一瞬静まりかえり、続いて前にも増した怒号が支配した。
即刻散会を求める者、テレビ中継を止めさせようとする者。沸き返る声は激しかったが、室内の人数は明らかに減り始めていた。中継のカメラが向いていない席はほぼ空席だ。カメラが向いているため退出する事が出来ず、忌々しげに舌打ちする議員もいる。
「御殿場大臣! 【敵】が東京に向かって来ているのに何故撃退しないのですか! 政府には、軍には私たち国会議員を守る義務があるでしょう! 私たちを人質に取るような真似は卑怯ですよ!」
女性議員は金切り声で叫んだ。御殿場大臣がたまらず立ち上がりかける。岐部総理大臣は御殿場防警大臣をなだめるようにそっと抑えて立ち上がった。
「日本は法治国家です」
岐部総理の口調は静かだったが、野次や怒号を圧倒する力があった。マイクの音量が上げられているのもあるが声自体に力がこもっていた。
「国民も、そして私たちも、法の下で安全安心を確保される権利を有します。私たちの権利を制限する事が出来るのは、民主的に定められた法律だけです。ですから、感情や主義主張によって法律を歪める事は許されません。
そしてその原則が最も厳格に課されているのが、軍です。物理的な力を持つ存在ですから当然の事であります。それは野党の皆さんが常々おっしゃっている通りです。
先程委員がおっしゃった、相手の真意が日本の国民の生命財産を害する事にあると確信できた時のみ、武力の使用が容認されるという原則、軍はそれを遵守せねばならないのです。現在【敵】が攻撃して来ていない以上、直接的な行動はできない。それは委員もご賛同いただけると思います」
女性議員は顔を紅潮させたまま固まっていた。発するべき言葉が見つからず、口をぱくぱく動かすのみだ。岐部総理大臣は紛れもなく真実を語っていた。
「しかし、軍もただ何もせず【敵】の攻撃を待っているわけではありません。まず第一に地域住民の避難誘導と保護。そして情報収集と分析。【敵】の戦力や目的をできるだけ早く正確に察知することです。【敵】の動きに素早く正確に対応するための情報収集です。
軍は法律の範囲を厳格に守りながら、国民の生命財産を守るために自らの命を盾にしているんです。
であるならば、我々立法機関も、彼らができる限り安全に、そしてできる限り効果的に国民を守れるよう法整備をすることを最も優先すべきではないでしょうか。私は日本の防衛と警備を命を賭して遂行している防衛警備軍を信頼していますし、誇りに思っています。
そして守られるべき国民、民間人の中からも、国民の安全を守りたいと立ち上がってくれた方々の存在。本来このような事はあってはならない事です。国民が立ち上がることが悪いという事ではなく、政府が、軍が、このように国民が立ち上がる必要のない状態を維持しなければならないという意味でありますが、このように立ち上がって下さった方々には本当に頭の下がる思いでございます。
彼らは、実際に【敵】を目の前に見、攻撃にさらされるのです。現在、国民の命を守るために彼らの力をお借りする以外に方法がないのであれば、我々がなすべき事は、彼らの安全、名誉、権利を守ることではないでしょうか」
岐部総理の言葉が続く間に、委員会室の喧騒は収まっていた。女性議員は質問席に座ったまま、立ち上がることもできないでいた。




