十一 それぞれの覚悟。
「確かに、詳細なデータを取る事は必要です。が、まだ軍の機体には情報を共有できる通信システムがありません。今回の戦闘には活かせないわけです。もちろん、後々のためにデータは収集しておきたいですが、その必要性と比べて、今野さんを危険に晒すと言うリスクはあまりにも高すぎるのです」
「例の通信システムが全機に搭載できていれば、華夕ちゃんの索敵は大きな力だ。軍で【敵】を圧倒する事も出来る。解析と量産が遅れている事は本当に申し訳ない」
宮司が頭を下げた。もちろん宮司の中隊は不眠不休で働いている。しかしたった数日でオーバーテクノロジーである通信システムを解析して量産することなど出来るはずもなかった。無理もないことなのだが、宮司としてはそれが悔しくて仕方がない。
「それなら……」
頼造が静かに口を開いた。顔色が良くないのは、お守りを失った精神的打撃のせいだろうか。
「私が華夕ちゃんの護衛に出ます。合体していなければ戦闘力はありませんし、問題は起きないでしょう? 何かあった時の盾にはなれます。【敵】との戦いで、一番強く決定的な力を持っているのは、情報です。華夕ちゃんが情報収集をすべきだと信じているのなら、私はそうさせてやりたいのです」
時折表情をゆがめながら、頼造はゆっくりと穏やかに話した。
「頼造おじさん……」
「大丈夫だよ、華夕ちゃん。きっとうまくいく」
頼造はそう言って華夕の頭を撫でると、大榊たちを順番に見て、決然とした口調で言った。
「大榊さん、宮司さん、五十畑さん、どうでしょう。許可していただけませんか」
大榊は正直、行かせたくなかった。本来これは軍の仕事、責任なのだ。それなのに、民間人に生命の、また法的な危険を冒させてまでその責任をかぶせる事など許されるはずがない。
「……わかりました。香川さん。あなたのご提案に甘えることにします」
五十畑が覚悟を決めた表情でうなずいた。頼造は華夕と顔を見合わせて、笑顔を浮かべた。
「なら、俺も行きます! 華夕ちゃんを守る人数は出来るだけ多いほうが安全でしょう?」
「編成は、大榊壱尉に任せる。宮司壱尉は通信システムの解析、量産化を急げ」
五十畑は勇夫の言葉には答えず、二人の壱尉へ命令を出した。大榊と宮司は敬礼をもって応える。
「それでは出撃をお願いします。あなた方全員にです。もちろん、拒否権はあります」
大榊は六人に向き直った。頼造と華夕はお辞儀をして謝意をしめす。勇夫も一歩前に出た。
「俺は行きます。拒否はしません」
「私も……行きます」
智美が遠慮がちに言う。
「真島君、君には、是非出撃をお願いしたい。【トライドライ】に合体した方が、センサーの性能も格段に上がる仕様と言う事なのでね。……無論、拒否する事は可能だ」
一樹は頭の後ろで手を組み、大きく伸びをした。
「あ~あ。ガキが余計な事さえ言わなきゃなぁ」
盛大に嫌味を吐くと、壁に寄りかかる。
「俺は戦闘なんか興味ないんでな。戦闘もデータ取りもごめんだね。また適当に遊ばせてもらう。あとはそのガキがやるってんなら、行ってやるよ」
「しょうがない、あたしも行くわよ。戦わなきゃいけない状況になったら、あたしが勇夫君のパートナーだしね」
一樹への苛立ちを抑えながら、瀬里奈は腕組みをして言った。六人とも、出撃の意思を示したわけだ。
大榊はちらっと時計に目をやった。15:49。既に【敵】が進撃を開始して20分近くが経っている。大榊は【敵】の現在位置は守谷市あたり、利根川付近と踏んだ。出撃までの時間とSR16のスピードを計算して遭遇地点を予測しながら、大榊は六人へ指示を下した。
「時間がありません。すぐに出撃の準備をお願いします。私のSR16で先導しますが、索敵は今野さん、お願いします。予測としては、八潮市付近での遭遇。遭遇したら【トライドライ】のみ合体をし、索敵やデータ収集をお願いします。【敵】の装備や武装、また無人機であるかどうかの確認もしたいところです。
また【トライアイン】【トライツヴァイ】は、私の指示があるまでは合体と戦闘行為を禁じます。正当防衛が成立するまでは絶対に戦闘行為を行わないようにして下さい。
それでは、出撃準備を」
ゆっくりとそう言った大榊の目は、今までにないほど真剣な光を湛えていた。
同日15:55。
国会は未だ紛糾していた。
【敵】が東京に向かって進撃を開始している情報は国会にも当然伝えられていた。岐部総理と御殿場防警大臣はその上で特別立法の審議・採決を求めたのである。
野党議員は「議員の命を人質にした許されざる暴挙」として即刻散会を要求し、政府与党側は、現在の状況に対応するためにも「光が丘及び筑波におけるテロに対する緊急措置法」と名付けられた特別立法の可決成立、一刻も早い施行が必要だと主張していた。
女性議員が追及していた【密約】【一般人の徴用】などの疑惑。そこから目を逸らし、正当化するための悪辣な立法措置だと野党は断じ、断固反対の姿勢を示した。また、軍という実力組織の運用に関する立法には時間をかけて熟議をするべきだという主張。
その中で、岐部総理大臣は毅然として答弁を続けていた。
「これは、国民の命がかかっている事なのです。現状、残念ながら我が軍の力だけでは【敵】の侵攻を食い止めることが出来ません。
この法案は、軍備を増強するとか、軍事大国化するとか、そういった事ではなくてですね。わが国を、日本国民の生命財産を守るために協力して下さっている方々を守るための法案でございます。
一刻も早くですね、彼らの命はもちろんの事、権利や名誉も守るこの法案を成立させていただきたい。
それがですね、この国の国民すべてを守ることにつながるわけですから、ご理解をいただきたいと、こう思っているわけであります」
岐部総理大臣の答弁中から、野次は怒号と言ってもよいレベルになっていた。
「それが戦争を賛美していると言っているんだよ!」
「軍でもないのに暴力で相手を倒そうとしている人間を美化するのか!」
「自分の私設軍隊でも作る気なんだろう!」
「岐部総理! あんたは独裁者だ! 辞職しろ辞職!」
「こんな無意味な委員会はさっさと散会しろ!」
「敵と密約して我々を脅しているんだろう!」
委員長が静粛を求める声も完全にかき消されてしまっている。
「総理! まぁ、この同僚議員たちが不規則発言をしたくなる気持ちもわかりますよ。
あなたはね、そうやって落ち着いておられる。敵との密約があるから、安全だと思っているからそうやっていられるんじゃないですか?
もちろん私たちも命がけでこの国を悪い方向に向かわせないように議員活動をしています。
その、市民の負託を受けた私たちの命を人質にとって軍国法案を通そうとする真似は到底容認できません。即刻やめていただきたい。
本日の委員会の散会と、この軍国法案の廃案を要求します」
女性議員が顔を真っ赤に紅潮させ、質問席で声を張り上げた。




