十 「戦う」ということ。
「大榊さん!」
東京に向かう【敵】の動きが報告されても、五十畑、大榊、宮司の三人は動く気配を見せなかった。
勇夫はたまらず叫ぶ。
「何やってんすか! 【敵】は動いてるんでしょ? 迎撃するんじゃないんですか?」
大榊はすぐに答えることが出来なかった。宮司は苦虫を噛み潰したような渋面になっている。
「お前、バカだろ」
口を挟んだのは真島一樹だ。
「な……っ」
勇夫は勢いをくじかれ、かっと頭に血が上った。
「なにがバカだよ、この……!!」
「確認するまでもなかったな、単細胞。お前、さっきの話聞いてなかったのかよ」
一樹は勇夫の怒りなど気にも留めずに挑発的な口調を続けた。
「俺達はまだ民間人だって話だよ。理解できるか?」
「してるよ! 俺達はまだ軍に守られるべき民間人だ! でも、誰かが傷つくかも知れないのを放っといていい理由にはならないだろ!」
勇夫はわめいた。が、一樹の表情をいささかも変える事はできない。
「こないだとは真逆の事言ってわめくんだな。それに今俺達が民間人だっていう意味は【守られる存在だ】って事じゃねえ。【戦う権限がない】って事なんだよ。話聞いてたのかよ、バーカ」
一樹は必要以上に辛辣だった。多少面白がってもいるようだった。勇夫はそれに気付いてはいるのだが、湧いてくる怒りはとめどなく、自制心は悲鳴をあげている。
「速水君……」
智美が勇夫の腕をそっと掴むと、勇夫は叫び出しそうになるのを喉の奥で堪えた。
「戦うってのはつまり暴力なんだよ。軍と違って、俺達民間人に暴力は許されてねえ。正当防衛とか、緊急救助って名分がねえと、犯罪だって事だ」
「は、犯罪……?」
勇夫の頭は急激に冷えた。そして信じられなかった。戦うことが、人を守ることが犯罪なんて、そんな事があるはずない。そう思いたかった。
「まず、不当な危機が差し迫ってること。自分や他人を守るため、他に手段がないこと。つまりだ。こっちから手を出せねえ。それに、防衛の範囲を超えた反撃は過剰防衛ってな、アウトなんだよ」
「へーぇ、随分詳しいじゃない? 正当防衛に」
瀬里奈が意味ありげに言った。一樹のような男が、このような法律に詳しいのには理由があるのだろう。トラブルを荒っぽい方法で解決するために、法律を味方につける生き方を選択してきたのだ。それを揶揄するかのような瀬里奈の視線。初出撃の時に嘲られた事を瀬里奈は忘れていなかった。
「まぁな。必要にかられりゃ覚えるさ。自分が有利になるように利用する事もできるしな」
一樹は悪びれずに言った。
「でも、相手は無人機だろ? それを壊したって……」
「無人機だって誰が決めた? 乗ってたら殺人だ。乗ってなくても器物損壊。それに、もし逃げ遅れたやつが巻き込まれて死んだら、過失致死ってやつに問われることになる」
一樹がこれだけ喋るのを見るのは初めてだ、と華夕は思った。それは彼女にとっても意外な光景だった。華夕にとって一樹は、舌打ちと、辛辣な一言で心をえぐる存在であったのだ。そして、彼女が初めて出合った、【全く読めない人間】だった。
「でも……このまま黙って見てるのかよ……!」
勇夫が悔しそうにうつむく。
「出撃はしたほうがいいと思います」
華夕が口を出すと、一樹の舌打ちが響いた。華夕は一瞬身をすくめたが、決然として言葉を続ける。
「もちろん、こちらから攻撃したりは出来ないと思いますけど。【敵】が攻撃を仕掛けてきた時にすぐ対処できる距離にいることは必要だと思います。情報の収集もできますし」
勇夫が同意の声を上げようとするのを制して、大榊が口を開いた。
「今野さんのおっしゃる事はもっともですが、許可するわけにはいきません」
勇夫は耳を疑った。大榊が自分達を止める事など信じられなかった。
「な、なんでですか! 【敵】は東京に向かっているんでしょ? たくさんの人がいるんだ、早く行かないと……」
「だからだよ」
宮司が言った。
「お前、現場で【敵】を目の前にしても黙って見ていられるのか? 今みたいにわめいてるだけならいい。
だが、現場でもし手を出したら、お前は犯罪者になるかも知れないんだ。
俺達防警軍にはお前たちの協力が必要だし、お前たちの安全に責任も負っている。犯罪者にさせるわけにはいかねえんだよ。
だから、総理が言ってた特別法が成立するまでは、自由に出撃させてやるわけにはいかないんだ」
宮司は淡々と説明した。その言葉に揺るがすことの出来ない説得力があることは、勇夫も認めざるを得ない。
「じゃあ、どうするんですか? このまま黙って【敵】のなすがままになるって言うんですか!」
「……現在、軍の首都防衛師団がスクランブル発進をしている。我々は日本を守る軍隊だ。明らかに領土領空を侵犯している【敵】に対して交戦権を有する。東京を守るのは、我々の任務だ」
大榊が静かに言った言葉に、勇夫は黙るしかなかった。自分の発言が軍人を前にして無礼なものだったと気付いたのだ。
「ではせめて、私だけでも行かせて下さい」
華夕は一歩前に出た。
「華夕ちゃん、それは……」
瀬里奈が華夕を止めようとするのに重なって、一樹の舌打ちが響いた。
「私は戦闘には参加しません。でも【敵】の事を探ることは出来ると思うんです。それを大榊さんに伝える事も。だから……」
華夕の必死の訴えに、大榊は静かに首を横に振った。




