九 疑惑。
大榊の執務室には五十畑空将補の姿もあった。盗聴を警戒しての事だ。大榊の執務室は、既に大榊自らの手で徹底的にチェック済みだった。
勇夫たちに続き、頼造、華夕、一樹が金富に伴われて入って来ると、五十畑空将補は口を開いた。
「すでに知っている者もいると思うが、機密情報の漏洩が発覚した。よりによって、野党議員にだ。マスコミにもリークされている可能性が高い。現在漏洩孔を洗っているが、やっかいな事態になった」
五十畑は一同を見回しながら言った。総理達とのミーティングの際に同席したのは、このメンバーと五十畑の補佐官だけだ。今はその補佐官は姿を見せていなかった。
「あの感じでは、我々も動きづらくさせられそうですなぁ」
宮司が慨嘆する。
「危機が迫っている、いや、危機の真っ只中だって言うのに、なんでこう足を引っ張ろうとするんだかなぁ」
勇夫も宮司に全く同感だった。しかし、もし巻き込まれていなかったら、家でのんびりテレビを見ていたのだったら、また印象は違ったかも知れない。
「あなた達には情報漏洩の嫌疑はかかっていないから、安心して下さい」
大榊が言った。
「この基地へ来ていただいてすぐに私物を全て預からせていただいていますし、そもそも皆さんは私物をほとんどお持ちではなかった。基地へいらした経緯から考えても、皆さんを疑う理由はありません。ですから、盗聴の線を重点的に調査しています」
「それに、情報漏洩はこちら側ではなく、総理官邸側で起きた可能性も否定できないのでな。いやむしろ、私はその可能性の方が高いと見ている」
大榊の言葉を引き継ぐように五十畑は言った。
「これじゃあ今何か起きても、おいそれとは動けないな」
宮司が腕組みをして渋面になる。
「え、どうしてですか?」
勇夫は思った。いくら軍の足を引っ張りたいとしても、人の命や街を守る事に対して反対する者はいないだろう。
「君達の出撃には、法的根拠が薄いからだ」
大榊の声は静かだった。
「現状では、民間人のあなた方が戦う根拠は【正当防衛】に係る【緊急救助】になります。先日の出撃では、劣勢の防警軍を、あなた方が救助したという事です」
軍としては後世に残る耐え難い恥辱だろう。民間人を守るべき防衛警備軍が、民間人に救助されたのである。しかしその恥辱を受けてもなお、軍は勇夫たちの法的根拠を確保する事を優先しているのだった。
「しかし、そういうケースばかりでもないからな。だから総理は法整備を急いでいたわけだが」
宮司が悔しさをにじませた。岐部総理大臣が約束していた【今日明日中】が未だ実現していなかったのは、喫緊の対応が目白押しだったからだ。
被災者の安否確認やボランティア受け入れのための環境整備のために、軍や警察、消防や医療機関を動員しなければならなかったし、そのための特別措置法も必要だった。比較的すんなりと通る物が多かったが、中には審議が長引くものも存在し、勇夫たちに関わる法案は審議のテーブルに上ってもいない状態だった。
だが、野党が全て妨害に走っているという事でもなかった。中には野党の修正案によって、より効果的になった法律もあったのだ。総理大臣としては一刻も早く勇夫たちのための法律を通したかったのだが、内容がデリケートであるだけに、丁寧な法案作成、根回し等が必要であった。その準備を全て終え、立法の場に提出しようとしていた矢先の【疑惑】である。状況はかなり悪いと言えた。
「岐部総理も、御殿場防警大臣も、信念ある政治家だ。必ず何とかしてくれる。君達は安心して【敵】からの防衛の事だけを考えてくれればいい。我々は情報漏洩についての対応を早急に済ませなければならん」
五十畑の声はいつにも増して重々しい。金富はかかとを揃えて敬礼した。
「承知いたしました! 早急に手を打ちます」
次の瞬間、基地内に警報が響き渡った。
同日15:30。
筑波基地を発進した小型機動兵器の一群は、時速80kmの速度で南西の方角へ飛行を開始した。その数、800超。そのほとんどが防警軍配備のドローンを改造した機体だ。また数十機、少し大型の機体も存在した。ドローンを基に新しく作られた物らしく、武装が強化されている。その軍勢は、さながら巨大な蚊柱だ。
蚊柱はゆっくりと、だが確実に目標に向かって進撃していた。
彼らの行く手にあるのは、日本の首都、東京だ。




