八 紛糾。
「大丈夫なんですか? これ……」
勇夫が宮司の方を見ると、宮司は腕組みをして渋面になっていた。
「うーむ……」
宮司は唸って何も言わなかった。鷹城の事は、軍でも一部のものしか知らない機密だ。軍施設内とは言え、おいそれと口に出すことはできない。しかし、だからこそ、この女性議員が【密約】を持ち出している状況が不可解だった。
もしかしたら、軍内部に情報をリークした者がいるのかもしれない。
勇夫はその考えに身震いした。味方だと思っているものの中に潜む敵ほど恐ろしいものはない。知識としては知っていたが、実感すると、思っても見ないほどの恐怖だった。可能性としては、軍ではなく政府の方に裏切者がいるのかも知れないのだ。
宮司も同じ事を考えているのか、渋面のまま国会中継を見つめ続けている。
「先ほど防警大臣からも答弁がありましたが、取得用地の選定につきましては、筑波基地の機能拡張という目的用途のためと、地域住民との折衝を踏まえた上で決定されたものでございまして、他に理由はございません。敵との密約などという憶測に基づいた決めつけはですね。やめていただきたいと、そのように思います」
岐部総理大臣の口調は乱れず、淡々と答弁していた。さすがに肝が据わっているという他はない。
「同じ答弁の繰り返しですね。真摯な答弁はいただけないという事がわかりました。この件は今後も追及していきたいと思います。では次の質問です」
女性議員は皮肉交じりに締め、不敵な目つきで少し笑った。勇夫はその議員に、素直に反感を持った。話した事のある総理を贔屓目に見ているわけではなく、何かどす黒い悪意のようなものが見えた気がしたのだ。
「先日来筑西市、筑波市で起きている事態ですが、まず現在、防衛警備軍筑波基地がどうなっているのか、御殿場大臣、お答えください」
勇夫は思わず唾を飲み込んだ。自分が知っている事、関わっている事について、テレビの中で、しかも国会の質疑で話題になっている。固唾を飲むとはこの事だった。
「現状、作戦展開中の案件でございますので、軍法上、申しあげられる事はございません」
御殿場防警大臣の答弁に、女性議員は不敵な笑みを消さない。
「まぁ、お答えになれないでしょうね。何も問題なく基地が運営できているのであれば、お答えになれるはずですから。何か問題が起きているんだという事は、テレビをご覧の皆さんにもお分かりいただけると思います。
問題があるという事は、敵の戦力が、防警軍と同等かそれ以上であるという事になります。撃退できてないという事ですから。その、防衛態勢の不備については改めて問題にするとして、先日起きた市街地での戦闘についてです。
事前に避難勧告を出して市民の人的被害が出なかった事は評価いたします。そして、その際の戦闘では防警軍に被害は出たものの、敵を撃退しています。
その力があって何故、筑波基地では撃退できていないのか。常識的に考えて基地防衛の方が有利に運ぶことができると思われるのですが、何故でしょうか。お答えください」
食堂には不気味なまでの沈黙が訪れていた。議論の方向が更にきな臭くなってきている。時折、悪印象を与えるような言葉も挟んだ攻撃的な質問。勇夫が以前、あまり興味もなく見た国会中継では気にならなかったが、今見ている質疑にはそういう悪意のようなものがあふれている気がした。
「そのご質問に関しても、現在進行中の作戦についての案件でございますので、お答えすることは差し控えさせていただきます」
御殿場大臣は今どんな気持ちで答弁しているのだろう。勇夫には想像すらつかなかった。自分が大人になって、そういう立場に立つことがあったとしたら、その時自分には総理や大臣のように冷静に対応できるだろうか。やはり、リーダーになる人はそれなりの資質があるのだろうな、と畏敬の念が湧いてくる。
「あ、速水君……」
食堂に智美が入ってきた。異様な空気に圧倒されながら、勇夫と同じテーブルに着く。
「あ、あぁ、倉科。今国会で、今回の事やっててさ……」
勇夫が言うまでもなく、その場にいる全員がテレビに注目していることは智美の目にも明らかだった。そしてその全員が、画面の中で追及を続ける女性議員の言葉に集中している。
「まぁ、そういうご答弁でしょうね。
実はですね。先日の市街地における軍事的衝突の際に、見たこともない新兵器が使用されていたという情報がございます。
現状、防警軍所属の航空戦力は、神威重工のKK-27と皇重工のSR16と承知しています。実際に防警軍との取引はこの二社に限定されています。
しかしですね、問い合わせてみたところ、二社ともに、あの新兵器には関係していない事がわかりました。
あの兵器は一体何なんでしょうか?
そして、あの兵器はこれまで全く使われておりません。筑波基地の防衛にも運用されていなかったようです。これは何故なんでしょうか?
またこれは総理にご答弁いただきたいのですが、その新兵器はそもそも軍所属の兵器の中に入っておらず、搭乗していたのは民間人であったという情報もあります。
これは一体どういうことなのでしょう? 徴兵ですか? それとも、民間人が勝手に軍事行動に参加したという事ですか?」
ぐうっ、と唸るような声が聞こえた。宮司だ。明らかに血相が変わっていた。国会もざわついていた。女性議員はしてやったりという顔で席に座る。岐部総理はなかなか答弁席に出てこなかった。
この流れは極めて危険だった。岐部総理と敵団体との密約の疑惑を出しておき、正体不明の兵器の存在、軍属以外の者が搭乗しての戦闘参加。これらを疑惑として、しかも一連につながっている国家的悪事として印象付けている。
彼女が持っている情報はかなり正確だった。リークがあった事はほぼ確実だ。
実際に「密約」も「民間人の戦闘参加」も事実なのだから事は複雑だった。同じ事実も、言い方次第でこれほど「悪の印象」がつけられてしまうのだ。勇夫は腹の底から恐ろしくなった。
そしてさらに悪いことには、彼女の「民間人の戦闘参加」を、岐部総理は否定することができないのだ。何故なら、この後勇夫たちに約束した、パイロット達を守るための特別立法を議会に提出する予定だったからである。
「金富、大榊は執務室だな? お前たちも来てくれ」
宮司が立ち上がると、金富も立ち上がった。
「自分は香川さんや今野さん達を呼んで行きます」
「よし、頼む」
金富が敬礼をして食堂を出ると、勇夫たちは宮司について大榊の執務室へ向かった。
岐部総理がどう切り抜けるのか、勇夫は気になっていた。国会がこんなにも気になるのは、初めての事だった。




