七 政府の苦行。
13:45。
勇夫は食堂でのんびりとくつろいでいた。昼食後の授業はいつも眠気と戦っていた勇夫だったが、ここのところ特に眠気が耐え難い。授業という縛りがない事もあるが、ここ数日の睡眠不足が大きかった。
毎晩、智美と過ごす、眠るための電話の時間。それがむしろ二人の睡眠時間を削っていた。お互いにまだ気恥ずかしさと緊張で、眠れなかったのである。
なんとなく朝まで喋り、通話を切ってから気を失うように眠ってしまうのが常だった。本末転倒だとはわかっているのだが、二人ともその時間を求めていた。
「いよぉ、相変わらず眠そうだな、少年!」
突然バシッと肩を叩かれた。この基地内でこういう事をするのは、勇夫の知る限り一人しかいない。
「痛いですよ、宮司さん」
勇夫がふくれて抗議の声をあげると、宮司は声を出して笑った。
「ははは、目が覚めたか? もう昼過ぎだって言うのにあくびなんかして、たるんどるぞ?」
宮司は笑顔でそう言って、勇夫と同じテーブルにつき、リモコンを操作してテレビモニタの音量を上げた。
テレビでは国会中継を放送していた。防衛警備委員会である。勇夫はテレビに映っている岐部総理や御殿場防警大臣と言葉を交わした事を思い出し、不思議な気持ちになった。
5月25日に起きた地震から26日の戦闘までという一連の事態について、集中審議が行われていた。お定まりの、野党からの追求。岐部総理、御殿場防警大臣はそつなく答弁していたが、その二人が色を失う事態が起きた。
「総理、今回起きている事は、テロであるにしろ戦争であるにしろ、その相手はどういう勢力だとお考えですか? お答え下さい」
野党の女性議員の質問が続いていた。岐部総理は手を挙げ、議長の指名を受けて答弁席に立つ。
「これまでも答弁させていただいている通り、現在調査中でございます。明確な宣戦布告があったわけではありませんので、現状はテロであると考えていますが、敵戦力の規模が大きい事からも、国家なみの規模を持ったテロ組織が存在するという可能性を中心に、予断を許さず調査しているところでございまして、その結果につきましてはですね、発表が出来る状況になり次第、発表していくという事でございます」
岐部総理が席に戻ると、女性議員は質問を畳み掛けた。
「なるほど、調査中。相手がどういう団体で、どういう目的なのかわからないと。
だとしたらテロかどうかもわかりませんよね。テロだと断定して軍が攻撃をしたので反撃によって戦闘が起こったと、そういう事はないんですか?
もし相手が日本の市民であった場合、領空侵犯にも当たりませんし、軍が攻撃を開始する理由はありませんよね。
相手の明らかな敵対行動、具体的には武力による攻撃、そのようなものがあったのでしょうか?
もしなかったのなら、重大な法令違反だと考えますがいかがでしょうか。防警大臣」
指名を受けた御殿場防警大臣が手を挙げ、答弁席に立った。
「筑波基地での戦闘についても、筑西市市街地での戦闘につきましても、【敵】からの攻撃、つまり明白な敵対的戦闘行為を確認した上で反撃したものでございまして、全く問題はございません」
御殿場防警大臣は柔和な口調で、しかしきっぱりと答弁した。
「なるほどよく分かりました。今後とも軍にはくれぐれも、暴走や先走りなどせず、相手の真意が日本の市民を害する事にあると確信できた時のみ、武力の使用が容認されるという原則を遵守していただきたいと思います。
さて、今回の相手についてですが、先程総理はご存じないとご答弁されました。しかしですね、私が入手した情報では、その敵のトップと総理、あなたの間で密約が交わされているという疑惑があるんですよ。ご存知ないわけないじゃないですか。これはね、虚偽答弁ですよ。虚偽答弁。どうなんですか?」
鷹城明の事だ。勇夫にもすぐにピンと来た。しかし彼の事は極秘のはずだ。勇夫が宮司の顔を見ると、宮司は無言でうなずいた。
画面の中で岐部総理が一言の下に否定した。すると女性議員はさらにヒートアップしていく。
「では、筑西市における軍用地の買収問題についてお尋ねします。御殿場大臣、昨年末よりかなり強引な軍用地買収が行われ、予算委や防警委でも議論してまいりましたが、改めて伺います。何故あの時期に、あの場所の買収を急いだのですか?」
御殿場防警大臣が立ち上がった。
「お答えします。委員のおっしゃるとおり、予算委や防警委で議論させていただいておりまして、その時にもご答弁させていただきましたが、わが国の防衛警備のための大きな拠点として筑波基地がございまして、そこでは新しい武装に対する様々な試験や訓練が行われております。
軍全体のですね、そういった機能を全て筑波に集約させるという計画、これは全体の軍備を効率化し、軍備を縮小しながらも防衛力や抑止力を高いレベルで維持するために必要な計画でありますが、その計画の一環でございまして、その機能を充分に発揮させるには現状の筑波基地では狭すぎると。
そういう観点より、必要面積等試算した上で、用地買収にあたらせていただいたものと、そう言う事でございます」
御殿場防警大臣の答弁中、ただでさえうるさかった野次が更に酷くなった。立ち上がって怒号を飛ばしている野党議員もいる。それに応じる与党議員の野次。収拾がつかないとはこの事だ。
「相変わらずみっともないわね、国会議員って」
食堂に入ってきた瀬里奈がそう言って、勇夫と同じテーブルについた。続いて入ってきた金富が瀬里奈の隣に座る。
やっぱりか、と勇夫は思って何故か苛立ちを覚えた。瀬里奈とシミュレーター訓練を重ねる事は楽しかったし、パートナーだという意識が育ってきている。しかし、瀬里奈が金富とどうして一緒にいるのか、一緒にいる時間をどう過ごしているのか。そんな事を考えるとなぜかもやもやとした気分が沸き上がってきてしまう。
「こんなもんでしょ、学校よりひどいって言われてるし」
勇夫は大人のようなことを言い、ぶすっとしてテレビ画面に目を向けた。
「そんな事を聞いてるんじゃないんですよ、大臣。なぜあの場所を、つまり、今回のテロが起きたまさにその地点を買収されたのか、という事なんですよ。あらかじめテロが起きる場所がわかっていたんじゃないですか?
総理、あなたが敵と密約を交わしていたと、そう言う事なんじゃないですか?」
女性議員の追及は続いていた。鷹城明の事が漏れているのかも知れなかった。




