三 勇夫と智美。
「だがまぁそう悲観する内容だけでもないぞ」
宮司も缶コーヒーを一口飲んで顔をしかめた。熱かったのだ。いつもその日の気分で飲むコーヒーを決めている宮司は、今日はホットのコーヒーを買っていた。それが思った以上に熱かったらしい。
「まず【Tシリーズ】の通信性能とセンサー性能はとんでもない。通信有効距離は1,000kmを越える。またレーダー半径は300kmはある。光学センサーやその他のセンサー類も桁が一つ二つ違う。特に【トライドライ】はレーダー半径は600km以上あるし、重力振センサーをはじめ新機軸のセンサーが満載だ。もうこれだけで無敵の超兵器だよ」
宮司が言うとおり、相手から見えないところから相手の位置を把握できる事は、決定的な力を持つ。しかし、【Tシリーズ】に誘導兵器があるわけではない。直接接触する攻撃しか持たない現在、遠くから一方的に敵を捕捉できる有利性は、戦場レベルではそれほど高くはないだろう。宮司もそのあたりの事はわかっているはずなのだが。
「ここまでが、戦闘データを分析した結果の報告だ。ここからは俺ら整備中隊がどう動いているかの報告になる」
宮司は子供っぽい自慢げな表情になった。こういう素直であけっぴろげな所は、宮司の人柄の好かれる部分だ。
「現在、朝霞所属の整備中隊は統合幕僚長の内諾を得て、光が丘地下の探索に入っている」
もちろん、被災地の復旧に、様々な基地から部隊が派遣されてきているが、それとは別に【Tシリーズ】が建造されていた施設の調査に入っているというわけだった。鷹城明と連絡が取れぬ以上、【Tシリーズ】の情報は少しでも集めておきたいところだ。
「もし【Tシリーズ】のオプション装備や、交換用部品、設計資料なんかがあればずいぶんと楽になるからな」
確かにその通りだった。それにしても【Tシリーズ】の解析や実戦の視察など、かなりのハードワークをこなしていたはずなのに、既に被災地入りまで手配していた宮司の手腕。大榊は舌を巻く思いだった。
「どうした? 鳩が豆鉄砲食らったような顔をして。実はな、ここからが本題だ。光が丘の地下施設を調査していた班が、お宝を発見したんだ。
それがなんと、通信ユニットなんだな。予備パーツなのか、基地の設備なのかはわからんが、これで【Tシリーズ】と連絡を取ることが出来るようになるわけだ。
レーダーやセンサー類は見つかっていないが、通信ができりゃ常に華夕ちゃん経由で戦況は把握できるからな」
宮司はそう言って、少しぬるくなった缶コーヒーを一気に飲み干した。報告は終わったのだ。
「それは本当に助かりますね。こちらも戦況を逐次把握しながら彼らに指示を出すことが出来る。この成果は宮司中隊の面目躍如ですね」
大榊は彼としては最大級の賛辞を送った。
「これでだいぶ今後の動きが考えやすくなります。また後ほど彼らとミーティングを行う事になりますが、ご足労願えますか?」
「もちろんだ、大榊ィ」
宮司は大榊の背中をバシッと叩いて、大声で笑った。
同日13:02。
速水勇夫は談話室で一人、砂糖とクリーム増量のカフェオレを飲んでいた。何もする事がなかったし、何もやる気が起きなかったのだ。
一昨日から色々とありすぎた。被災、決断、そして初陣。
初陣の後に来た高揚感も、今は完全に消え去っている。むしろ、もうあまり思い出したくなかった。出撃も、合体も、もううんざりだった。なぜなら。
勇夫の脳裏に昨日の戦闘が蘇ってきた。智美と一緒に戦おうと決意して、合体シークェンスを起動した。だが【Tシリーズ】は、六機が合体するものではなく、二機ずつ三組が合体するものだったのだ。そしてその組み合わせは……。
愚にもつかない嫉妬だというのはわかりきっていた。六人とも、意図して選んで乗り込んだわけではない。誰のせいでもない。誰が悪いわけでもない。
しかし、勇夫の心は現状を拒否したがっていた。認めたくなかった。倉科智美のパートナーは自分であるべきだった。
「あぁぁ! くそ!」
一人しかいない談話室で、勇夫は声を上げて頭をかきむしった。意味もなく立ったり座ったりした。全くどうにもならなかった。
「あ、速水君……」
談話室へ入ってきたのは、倉科智美だった。
「あ、あっ……、く、倉科……」
思わず声が裏返ってしまう。なんとなく、智美と顔が合わせる事ができず、勇夫はうつむいた。
智美はゆっくりとコーヒーサーバーへ行き、砂糖抜きのカフェラテを淹れた。勇夫のテーブルへ戻ってくるが、ちょっと離れたソファへ座る。智美も何か気まずさを感じているのだろう。
「ゆ、昨夜は眠れた?」
勇夫は気まずさに耐えかねて口を開いた。が、いつものように喋ることができない。心に引っかかっている何かが、素直に声を出させないように邪魔していた。
「うん……。軍の人が、部屋にいてくれたから。でも、いつまでもそんな風に甘えてちゃダメだよね」
智美は勇夫の反応を確かめるように、ゆっくりと言った。お互い、ぎこちなさを痛いほど感じていた。
そして、沈黙。
黙っていても、話をしても、ぎこちなさは増していく。底なし沼にはまったような焦りと無力感。
「倉科、あのさ……」
勇夫は藁をも掴むような気持で口を開いた。何を言えばいいのかさっぱり解らなかった。
「あの……」
勇夫が何とか言葉を続けようとした時、談話室のドアが開いた。
「あぁ、こんにちは」
香川頼造だった。間が悪いにも程がある。勇夫は身を固くして言葉を切った。ぎこちなく会釈を返す。智美も固い表情のまま会釈することしか出来ない。
頼造はふっと笑顔を浮かべると、いつも通りのブラックでコーヒーを淹れ、隅にある小テーブルの席に着いた。
勇夫の感情は理不尽に荒れていた。頼造に対し、何で邪魔しに来たのだという苛立ちが湧き上がってくる。しかし勇夫自身、智美と二人きりの追い詰められた状態から解放され、ほっとしてもいた。だが勇夫には、それを認めることが出来ない。
気まずい沈黙が流れていた。ほんの数秒が数時間にも感じられる拷問のような時間。理不尽に湧き上がってくる押さえきれない感情と、その感情をもてあましている自分を恥じる気持ち。
勇夫は身体が焼かれるような気持ちを必死で押し隠していた。




