六 それぞれの思惑。
「それって、戦争って事ですか……?」
智美がそっと手を上げながらそう尋ねると、五十畑は深くうなずいた。
「遺憾ながら、そう言わざるを得ない状況だ」
勇夫は大榊の顔を見た。大榊の顔は、今まで見ていた感情を出さない顔ではなく、何かに耐えているかのような、苦悶を抱えた表情に見えた。勇夫は頭に血が上って来るのを感じた。
「冗談じゃないっすよ! なんなんですか戦争って! 【敵】ってなんなんです? あんな目にあってやっと生きのびたと思ったのに、何で戦争なんですか!」
論理もへったくれもない、ただの心の叫びだった。堰を切ったように噴出した勇夫の感情。大榊は目を閉じてうつむき、宮司は歯を食いしばって天井を向いた。
「せめて無事に家まで帰らせてくれるんでしょうね! 俺達にはもう用はないでしょう?」
勇夫は言いながら、そうではないのだろうと気付いていた。自分達がここに集められ、機密にあたる事情を説明されたのには、何か理由があるはずなのだ。
「すまない、勇夫君。君達のパイロット登録は解除できなかった……」
宮司がこれまで見せたことのない、沈痛な面持ちで言った。
「機密保持のためにセキュリティを最高レベルにしたのが仇になったね」
鷹城がノイズ交じりの画面の中でそう言った。
「あなたは?」
そう聞いたのは瀬里奈だ。
「私は鷹城明。【Tシリーズ】を作った張本人さ。そして、今回の事件を起こした【敵】の指導者って事になってる」
「鷹城……明!?」
思わず声を上げたのは華夕だ。全員の視線が華夕に集中する。
「華夕ちゃん、この人、知ってるの?」
華夕は瀬里奈にうなずいて見せた。華夕にとって、鷹城明とは特別な名前だったのだ。
まだ小学校に上がりたてで、本を読むのが楽しくてたまらなかった頃。本屋でなんとなく手に取り、ぱらぱらとめくったその本に引き込まれ、親に奇異の目で見られながらもおねだりして買ってもらった。その本の著者が鷹城明であった。何度も何度も読み返し、暗唱出来るほどに読み込んだ彼の著作【見える物理・見えない物理】は、華夕にとってのバイブルだったのである。
世界中で話題になった、彼女の【正の質量・負の質量・零の質量】にしても、華夕は最初、自由研究としてではなく、今まで読んだ鷹城明の著作全てに対する、読書感想文のつもりで書き始めたものだったのだ。
「はい。鷹城さんのご本、たくさん拝読させていただいています。とてもすばらしい物理学者の方です」
「ほぉ、天才少女今野華夕ちゃんにそう言ってもらえるとは光栄だ」
鷹城は画面の中で微笑んで見せた。
「でも、この人は【敵】の指導者なんだろ? どう言う事なんだよ!」
「そうだな。速水君。君の疑問はもっともだ」
鷹城は飽くまで落ち着いていた。
「こちら側の情勢は複雑でね。説明をするには時間が足りない。でも、僕が君達の味方であることだけは事実だ。【Tシリーズ】を開発し、そちら側で建造していたのがその証拠さ」
「彼の言う事を信じていただきたい。難しいかもしれませんが」
統幕本部の映像の中で、岐部信太郎内閣総理大臣が口を開いた。
「彼と私は強い信頼関係で結ばれています。公表することはできませんが、実は裏で世界情勢が危機的な状況になっており、その危機を乗り切るために私達は強い協力関係を築き上げてきたのです」
岐部総理大臣は国会中継などで見るように、言葉を選びながら話していた。が、その表情と声には力があり、一層の説得力を持っていた。
「じゃあなぜ【敵】になったんですか! おかしいじゃないですか!」
勇夫には難しいことはわからない。もちろん情報を全て知らされているわけではないから判断のしようもなかった。だが【危機的な世界情勢】と言いながら、今戦っているのは日本と、鷹城率いる【敵】だ。世界で戦争が起きているわけではないのだ。
「そこは僕の身の不徳の致す所……としか言いようがないね。こちら側も一枚岩じゃなかったという事さ。今も、多分僕は命を狙われている」
鷹城は淡々と語った。画面のノイズが増してきていた。
「【敵】は現在、筑波基地を拠点として、南西方面に進軍を開始しています。速度はきわめて遅いですが、進路上には市街地もあり、早急に対応しなければなりません」
御殿場輝尚防衛警備大臣が、柔和な中にも芯の通った声で、現状を報告した。状況は最悪に近い。
「そこで、あなた方にお願いがある。もちろん、強制ではない」
五十畑がまっすぐに六人を見渡した。
「【Tシリーズ】に搭乗し、【敵】戦力を撃退してもらいたいのだ」
「そんな……!」
瀬里奈が声を上げた。ある程度予想は出来たことだった。ここに集められた時点で、うすうすわかってはいた。しかし、軍が実際に素人の民間人を、いきなり実戦に出すなど許されるのか。
「もちろん、軍が全面的にバックアップする! サポートをする! 何があろうと……」
大榊が堪えきれずに口を開いた。このような形で、罪もない被災者を戦場に送り出すことなど、大榊の矜持が許さなかった。しかし、多くの国民に危機が迫っていたし、他には手段がないのだ。大榊はまさに断腸の思いであった。
「そんな事、俺達に出来るわけがないでしょう! 俺達は軍人じゃないし、素人なんだ! あの機体の操縦だって出来るわけじゃない。それに、倉科だって、華夕ちゃんや瀬里奈さんも、女性ですよ! そんな事させて平気なんですか!?」
勇夫は激高していた。何の権利があって俺達を、倉科を戦場へ放り出すって言うんだ。
「……私は、かまいません」
頼造が口を開いた。




