五 推移。
7:30。
勇夫は食堂で朝食のスクランブルエッグをつついていた。
結局昨夜は与えられた部屋に戻る気になれず、談話室のソファで眠った。勇夫は一人で眠れる自信が全くなかったのである。頼造が勇夫の気持ちを汲んだのか「談話室でもう少し話さないか」と誘ってくれたのがありがたかった。二人は特に話すこともなく、借りてきた毛布に包まり眠りについたのだった。
腹は減っているのだが食欲が湧かない。勇夫は朝食のトレイに向かってため息をついた。
「勇夫君、おはよう。早いわね」
瀬里奈の声に、勇夫は顔を上げた。瀬里奈の後ろに智美がついて来ている。智美は昨夜、瀬里奈の部屋に泊まったのだ。
「速水君、おはよう」
智美が小さく手を振る。二人は勇夫と同じテーブルに朝食のトレイを置いて、座った。
「昨夜は良く眠れた?」
瀬里奈はそう言いながら、クロワッサンを指でちぎる。
「仮眠程度ですけどね。談話室で頼造さんと話してて、そのままソファで寝ちゃったんで」
「へぇ~。どんな話してたの?」
瀬里奈が小首をかしげて勇夫の顔を覗き込む。勇夫は一瞬どぎまぎして目を反らした。
「いやっ、あの……、たいした事じゃないっすよ。これからどうなるんだろうとか……」
「ふ~ん?」
勇夫はなんとか気を落ち着かせようと、砂糖とミルク増量のカフェオレをがぶっと一口飲み込んだ。カラカラに乾いた喉を熱い液体が通り過ぎていくのがわかる。味はさっぱりわからなかった。
「それより、瀬里奈さんたちはどんな事話してたんですか? 倉科、瀬里奈さんとこに泊まったんだろ?」
「うん」
智美は軽く返事をすると、オニオンスープを口に運んだ。
「何を話したかは、秘密。ふふ、ガールズトークなんだから、男の子は知らなくていい事なの。ね、智美ちゃん」
「ね、瀬里奈さん」
二人は顔を見合わせていたずらっぽく笑った。だめだ、この連合軍は、とてもとても俺なんかが敵う相手じゃない。
勇夫は心の中で白旗を振った。
8:12。
金富が食堂へ現れた時、勇夫は味わう余裕もないまま朝食を終え、智美、瀬里奈と食後のコーヒーを飲んでいた。
勇夫にも少し余裕が出来てきてはいたが、積極的に話に加わることはやはり難しかった。瀬里奈と智美が楽しそうに話しているのを見ていて、時折話が振られた時に答えるくらいが関の山だ。
「ここにいましたか!」
声を上げながら金富が三人のテーブルへ来た時、勇夫は正直少しほっとしていた。
「金富さん、どうしたんですか?」
金富の表情からは何も読み取れない。いい知らせなのか、悪い知らせなのか……。
「ちょっと大変な事になっていましてね、みなさんにお集まりいただいているところです」
「大変な事? ここでは言えない話、ですか」
瀬里奈が金富を斜めに見上げて言った。一瞬、金富の視線が座っている瀬里奈を上から下まで舐める。
「そうですね。重大な話ですので、当基地の司令室までご足労願えますか」
ますますただ事ではなかった。軍関係者ですら一部の者しか入れないはずだ。民間人がそのような場所へ行くほどの事態とはどういうものなのか。
三人に浮かんだその疑問を口に出したのは瀬里奈だった。
「でも金富さん。司令室と言ったらこの基地の中枢でしょう? 私達のような民間人が入れる場所ではないんじゃないですか? 機密なんかもあるでしょうし」
「通常時ならその通りです。伊藤さん」
金富はあっさり答えた。
「ですが、現在は【通常時】ではありません。機密と言うならば、今はあなた方と、あの機体が最重要の機密です」
「やっぱり、あの機体が関係してるんですね……」
智美が言った。昨夜は、自分達のパイロット登録を解除するという話だった。それがうまくいっていないという事なのか――。
「ここで詳しい話を聞くわけにはいかないんでしょ? 勇夫君、智美ちゃん、行きましょう」
そう言って、瀬里奈は立ち上がった。
勇夫は正直、行きたくなかった。自分達にとってろくな事態でない事は容易に予想できた。しかし、瀬里奈に続いて智美も立ち上がった事で、勇夫の覚悟は決まった。どんな事態が訪れようが、倉科を守る。危険な目には二度とあわせない。
勇夫は智美に負い目を感じていた。
昨日、あの時、告白しようとしなければ。いつものようにそれぞれが家に帰っていたら。今頃はテレビを見ながら、学校がつぶれてしまった事に驚いていただろう。「やっべー、帰るのが遅くなってたら巻き込まれてたよ絶対!」などと呑気な事を言いながら、突然の休暇を喜んでいたかも知れないのだ。
俺は、責任を取らなければならない。
倉科を、これ以上危険に晒してはいけない。
勇夫は、決意を込めて立ち上がった。
8:30。
司令室には五十畑と補佐官、大榊、宮司、金富、そして勇夫たち六名が集まっていた。壁のモニタスクリーンには、統幕本部からの映像、そして、ノイズが入って見えにくいが、鷹城の映像が映っている。
勇夫は統合幕僚長をはじめとする防警軍幹部の顔は見たことがなかったが、防衛警備大臣や総理大臣の顔はテレビで見て知っていた。そんな偉い人達の会議に自分達が出席していることが不思議でならない。
しかし、そこで語られた事は勇夫にとって衝撃的すぎ、今自分が国のトップと対面していることを忘れさせるのに充分だった。
・防警軍筑波基地が【敵】の侵攻を受け、奪取された。
・【敵】は防警軍の無人機に反乱を起こさせ、自らの戦力として取り込んでいる。
・【敵】と防警軍無人機の連合部隊に対し、防警軍の戦力では全く歯が立たない。
・【敵】に対抗できる可能性を有するのは【Tシリーズ】の他にはない。
朝霞分屯基地司令である五十畑空将補が淡々と語った現状である。勇夫は受け止めきれず、頭が真っ白になっていた。




