四 【敵】の指導者。
「現在、防警軍整備中隊の分析班が、例の機体を分析しています。ですが、登録されたパイロットにしかコクピットを開ける事も出来ないため、分析が進みません。そこで、機体のコクピットを開けていただきたいのです」
大榊は一樹の態度を気に留めていなかった。民間人である一樹は、大榊が守るべき対象なのだ。軍に対して偏見を持つ人々から罵声を浴びせられる事も少なくないが、それでも大榊は、全ての国民を守ることにいささかの疑問も持った事はない。
「私はかまいません。今すぐですか?」
頼造はそう言い、少し表情をゆがめながら立ち上がった。
「是非、そう願えれば」
大榊が言うと、続いて智美が立ち上がった。
「そうしたら、私達のパイロット登録は解除してもらえるんですね」
勇夫と瀬里奈も立ち上がった。
「もちろんです。パイロット登録解除の上、皆様にはお帰りいただく事になります。ただし、香川さん、伊藤さん、真島さんはご自宅が被害範囲に入っておりますので、しばらくはこちらでマンションを提供します」
「なぁ、断ったらどうする? テロリスト認定か?」
一樹が壁に寄りかかったまま言った。無礼ではあるが挑発的ではない。単に他人の気持ちを慮る気がないのだろう。彼は自分がどう思われているか、相手がどんな気持ちになるのか、そんな事には一切興味がないようだった。
「断る? なぜですか?」
大榊が一樹に向き直った。
「質問に質問で返すなよ、軍人さん。あれは俺が見つけたんだ。俺がどうしたって自由だろ? 俺もアレにはすごく興味があんだよ。軍に横取りされる筋合いはねえ」
一樹は相変わらず壁に寄りかかったまま平然と言い放った。大榊がどう出るか、おもしろがっているようでもある。
「君がテロリストの類でない事はわかっている」
大榊はあくまで穏やかに言った。
「そして、分析とパイロット登録解除への協力は、強制ではない。断る事も可能だ」
一樹は唇をゆがめて笑った。
「別に断るつもりはねーよ、軍人さん」
そう言って壁から身体を離す。機体に対して興味があるのは事実だった。しかし、それを自分の物としたところで何になると言うのか。持っていたところでどうする事も出来ない。邪魔なだけだ。
「あの機体のコクピット開けりゃいいんだろ。とっとと済ませようぜ、軍人さん」
一樹は全ての興味を失ったいつもの顔で、当然のようにそう言った。
翌朝。5:47。
仮眠を取っていた大榊を起こしたのは五十畑空将補からのコールだった。
「大榊航空壱尉、至急司令室へ。緊急事態だ」
五十畑の声音が、尋常ならざる事態が起きていることを物語っている。
「現在、統幕と回線をつなぎ、善後策を検討中だ。急げ」
五十畑がそう言った時には、大榊は既に上着を着終わっていた。
「直ちに出頭します」
一体何が起きたのかすぐにでも聞きたかったが、大榊はぐっと堪え、自室を飛び出した。筑波方面で何かがあったに違いない。防警軍の中でも規模、設備ともにトップクラスを誇る筑波基地である。万が一の事が起きるとは到底思えなかった。しかし、ただ事ではなかった五十畑の様子、また、統幕とホットラインをつないでの対策会議。大榊は最悪の事態が起きている事を想定し、覚悟を決めた。
大榊が司令室に入ると、五十畑とその補佐官、そして宮司が既に着席しており、大画面に統幕の幹部達が映っていた。統合幕僚長、大臣官房審議官をはじめ、防衛警備大臣、そして総理大臣の顔もある。大榊はかかとを鳴らし、敬礼の姿勢を取った。
「航空部首都防衛師団第一大隊第一中隊長、大榊弘明航空壱尉であります!」
「壱尉、ご苦労。座りたまえ」
五十畑の指示に従い、大榊は宮司の隣席につく。
「大榊、宮司の両壱尉に来てもらったのは、現場にも今回の件について理解している者が必要だと考えたからである」
大榊が着席するのを待って、統合幕僚長が口を開いた。
とうとうこの時が来た。大榊は緊張に少し身を固くした。何が起きているのか、そしてその意味も解らないまま大榊は必死に対応してきた。これからは状況を把握し整理した上で、より適切に対処できる。大榊は続く統合幕僚長の言葉を待った。
「まず第一。筑波基地が陥落し、【敵】の手に落ちた」
統合幕僚長の言葉は、大榊の想定を上回っていた。筑波基地の破壊、壊滅。それが大榊が想定した最悪の事態だった。だが現実は、筑波基地が【敵】の手に渡り、敵戦力となってしまったわけである。
筑波基地は最新鋭の整備施設、そして製造工場まで備えている基地であった。作戦の第一段階としては最高の戦略だと認めざるを得ない。
しかし、その【敵】とは一体誰なのか。
「統合幕僚長、その【敵】というのは何者なのですか?」
「それは僕が答えよう」
大榊の質問に応じたのは、そこにいる誰でもなかった。
スクリーンの右側にウインドウが現れ、割り込んできた声の主を映し出した。丸い眼鏡をかけ、くわえタバコで無精ひげ、という風体。全くこの場にそぐわないいでたちだった。が、目の輝きは理知に富んでおり、奥底にある深いインテリジェンスを感じさせる。
「この方は……?」
「鷹城明博士だ。光が丘の不明機【Tシリーズ】の開発者。そして……」
大榊の問いに答える統合幕僚長の言葉に、鷹城が割り込んだ。
「そして……今回の事件の発端となった【敵】の指導者さ」
大榊は言うべき言葉も見つからず、ただ【敵】の指導者を名乗る鷹城の顔をみつめていた。




