(4)
「は? おまえ。なんで、こんなところに?」
喉もとに刃を突きたてられ、顔面蒼白になった黒山が伊吹に質問する。
黒山の目の前には、いつの間にか接近した伊吹がいた。
「答える必要はないでござる」
黒山の質問を一蹴する伊吹。
伊吹接近のタネは、皆人が《神威一声》と共に使った《影走り》のカードによるものだ。
「さぁ、勝負は着いたでござる。早く指輪を渡し、あのカラクリを引っ込めるでござるよ」
凄みを利かせて黒山に降伏を促す伊吹。満身創痍ではあるが、身体能力の低そうな黒山くらいならどうにでもなると伊吹は読んでいた。
だが、伊吹の考えはキャロルの特性をよく知る者にとって限りなく甘かった。
「くっくくくくく」
「な、何を笑っているでござるか」
突然、悦に入ったように笑い出す黒山。一瞬その異様さにたじろぐ伊吹の眼が、カッと見開かれた。左腕に走る鋭い痛み。続けて腕から流々と流れる鮮血。
深くはない、しかし、浅いとも言い切れない。
「きゃはははは。残念でした、おねーちゃん」
油断。それは、伊吹の方だった。
伊吹の腕を切り裂いた正体は、黒山の肩に乗っていたあのキャロルの使い魔クミュだ。
「くっ。確かに油断したでござる。まさか、使い魔がこれほどの動きをするとは」
悔しげに唇を噛みながら、伊吹が黒山を牽制しつつクミュの方を向く。
しかし、伊吹の考えは根本的なところでずれていた。
「ぷっ、あはははは。まだ気付かないの、おねぇちゃん? あたし、使い魔じゃないよ? 使い魔のクミュちゃんは、今あっちで戦ってる方」
「な? どういうことでござるか?」
「だぁーかぁーらぁーねぇー」
楽しげにナイフを振り回すクミュ。その顔が、これ以上ないまでに恍惚に歪んだ。
「あたしが、キャロルってこと」
言葉と共に動き出すキャロル。キャロルのナイフと伊吹の《睡蓮》がぶつかり合う。
「な、何を言っているでござるか? お主はクミュであろう。拙者を騙そうとしても無駄でござるよ」
「あぁーん、もう。わかんないかなぁ。じゃーあ。おバカなおねぇちゃんのために、あたしが優しく教えて、あ・げ・る」
キンキンっと、二人の少女の間で刃物が交差する。
「いーい? あたしね、おねぇちゃんみたいに馬鹿力じゃないから、普通に戦っちゃうとすぐ負けちゃうの。だからね、普段はクミュに一番前に出てもらってるんだよ。ほら、そうすれば誰もキャロルに攻撃しないでしょ。でもね、キャロルも本当はこうやっておねぇちゃんと遊びたいんだよ。だからね、遊ぶ時はちょっと弱くなってからにするんだ。こんなふうに、ねっ!」
人形と大差ない身体のキャロルが放った一振りに、伊吹の《睡蓮》が弾かれる。
伊吹自身が思う以上に、身体の消耗は甚大だ。重心・角度・柄の握りから速度まで、キャロルの動きは素人のそれに違いない。それでも衰弱した今の伊吹にとって、それは十分脅威になりえた。
「あはははは、よっわぁーい!」
「このっ!」
踏み出せぬ一歩。繰り出せぬ一太刀。
思い通りにならない体に、伊吹が悔しげに歯を噛みしめた、その時だった。
「なっ!」
大地を揺るがす轟音が、激しく伊吹の耳を打った。伊吹が眼の端で、その音源を捉える。大地に拳をめり込ませる巨大なカラクリ。そこに、皆人の姿が見当たらない。
「ヒャッハッハハハハハハ。やったぞ、ついに、ついにあの神崎を倒した」
耳を打つ、敵の主の不快な叫び声。
だが――伊吹は知っていた。
「あれ? おい、なんでお前まだ消えないんだよ」
敵の主が自分を指さしてくる。
「あれれぇ? おねぇちゃん、なんで消えないの?」
黒山の言葉にキャロルが続く。
その二つの問いに、伊吹は誇らしげに、そして確信をもって答えた。
「お主、何もわかってないでござるな」
体中の気を奮い立たせて、伊吹は《睡蓮》を握る腕に全神経を集中する。
伊吹は待っていた。
チリン――戦場に響く、限りなく小さく、そしてどんな音よりも響く鈴の音。
「おいおい、誰がやられたって?」
逆境に響く、楽しげな声。重々しい音が響き、粉塵を上げ巨大ロボットが尻餅を着いた。
「な、何?」
驚き、眼を丸くする黒山。その視線の先で、巨大なカラクリの手を強靭な力で押し戻した皆人が、凄まじい勢いで地面から跳ね上がった。
伸ばされた腕を踏み台に、皆人が巨大なカラクリを駆け上がる。速いっ! カラクリの腕の一部が開き、そこから競り上がる機関銃が皆人に標準を合わせる。だが、そこから弾幕が張られる前に、皆人が放った横一線の斬撃が根元から機関銃を空へと切り飛ばした。
ああ、すごい。と、伊吹は素直に思った。
好戦的な笑み。目を奪われる剣技。他の者をも巻き込む絶大な覇気。
「喰らぇやっ!」
カラクリの目に繰り出される容赦のない刺突。皆人が腕ごと《月鈴》を突き刺した先で、バチバチとすさまじい放電が迸る。
皆人は大丈夫だろうか?
そんな伊吹の危惧は必要なかった。腕に幾多もの配線を絡ませ腕を引き抜く皆人の顔に苦痛は見られない。その顔に浮かぶのは、鬼と見間違うほどの鬼気を伴った鮮烈な笑み。
皆人がさらに跳躍する。巨大カラクリの遥か上に飛び上がった皆人が《月鈴》を垂直に突き立て、その脳天に標準を合わせた。
「オラァーッ!」
天上で太陽の光を受け輝く《月鈴》。鈍い音と激しい火花を巻き上げたその切っ先が、鍔元まで深々とカラクリの頭に突き刺さる。皆人は何の躊躇いなく《月鈴》をその場に残したまま飛び退き、そしてその《月鈴》に向けて、皆人は次のカードを切った。
「《神々の雷》発動」
《神々の雷》は《神雨》が発動した時にのみ使えるカードだ。皆人はこのカラクリのことさえ読んでいた。皆人の声に応じ、再び雲が現れ、雷鳴と共に稲妻が《月鈴》落ちる。凄まじい電圧を内部に受けたカラクリは、全身から電光を発しながら崩れ落ちた。
「三分っ!」
デッキから引き抜かれるカード。そのカードを、宙を舞う皆人がディスクに叩きつけた。
「スキルカード『IBUKI―NO5』発動。行けぇーっ。伊吹っ!」
「承知っ!」
ディスクからカードのデータが転送され、伊吹の体中に力が漲る。
「―――、――――」
人形遣いが何やら叫んでいる。しかし、すでに伊吹にはどうでもいいことだった。
カードのデータと共に転送された皆人の熱意に、伊吹の身体は過去最高潮に達していた。
皆人と共に戦えたこと、それだけが今の伊吹に全てだ。
「覚悟っ!」
敵は明確。数は二人。腰を下ろし、体は前傾へ。両足にありったけの力を込め、爆発させる。加速する体と、反比例して緩くなる周りの時間。人形遣いが最後の反撃を試みる。遅い。その攻撃が始まる前に、伊吹はすでに懐の中だ。
「峰打ちでござるよ」
意識を追い越して走る《睡蓮》が上下左右正面背後から人形遣いに牙を剥き、その体に八つの筋を刻みつける。終焉の中、伊吹の長い髪が戦場で舞い踊った。
「天地千花流 五の太刀・八重桜」
チンと音を立て、伊吹が《睡蓮》を鞘に納める。後から悲鳴は続かない。
伊吹の攻撃は完全にキャロルの許容量を超えていた。
伊吹対キャロルは、伊吹の勝ち。
「あぁー、すっきりした」
皆人の声に、伊吹が振り返る。そこには顔面を腫れあがらせた黒山と、晴々した笑顔の皆人がパンパンと手を叩いていた。
だが、――――――夢はここまでだった。




