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モエモン  作者: 野生
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(3)

「さてと、行くか」

 短く言葉を切り、皆人が手札に目を落とす。《リフレクトシャッター》の効力はもう持たないが、手札のカードは充分だ。

「マジックカード《戦場に立つ主君》発動」

 カードの効果により、皆人の身体がバトル用にリメイクされる。

「続けて、《傷つきし配下》発動」

 いまだ上昇し続けている皆人のFPが、さらに勢いを増加。皆人の身体もそれに応じて力を増幅させる。

「さらに、装備カード《草薙剣・月鈴げつりん》を俺自身に装備」

 戦場に木霊する凛とした鈴の音。柄頭に二本の鈴を提げた日本刀が、皆人の腰に据えられる。ゆっくりと《月鈴》を引き抜く皆人。わずかな反りを伴った刀剣における至高の一太刀が、《リフレクトシャッター》に当たり弾ける火球に、その銀の刀身を緋色に染める。

「三分……」

 皆人がカードを引き抜く。

 カードを確認しないまま、皆人はディスクのスロットにそのカードを差し込んだ。

「マジックカード《覚醒》発動」

 カードの発動に突如として辺りが暗くなり、皆人のディスクからカードに描かれた蒼と紅の二対の龍が雄叫びと共に競うようにして天に昇る。

 燃える咆哮が全ての音を切り裂き、その猛々しさに戦く風が錯乱したように吹き荒れた。

 天を駆け、辺りを支配する二対の龍。その黄金の瞳に、戦慄の戦場に置いて一人静かに佇む皆人が映し出される。今一度、天を仰ぎ、吠える龍。その双龍が再びその主の元へ降りてきた。皆人の身体を、蒼と紅に輝く二体の龍が包み込む。

 螺旋を描き中心へと収縮する二対の龍。

 砕け散る皆人の仮面。

「く、くくくくく。あっははははははははっ!」

 突然、渦の中心から狂ったような哄笑が湧き上がった。まばゆい閃光を放ち、二対の竜が何かに飲み込まれる。そこには片手で顔を覆い、体中から燃え上がるようなオーラを噴出する皆人が立っていた。

「皆人殿っ!?」

 皆人の変貌に、伊吹が眼を見開く。そこにいたのは伊吹の知る皆人ではない。

 狂気に染まる相貌を手で覆い、激情に任せ声を吐き出し、辺りの大気を震撼させる。まるで龍の咆哮を思わせるその哄笑に、吹き荒れていた大気が怯え、その場から暴風となって逃げ去った。伊吹たちの前に現れたのは、皆人が殺していた皆人の本能そのものだ。

「あははははは、はははははははぁはぁはぁ。……ニッ」

 内から湧き上がる感情をなんとか抑え、皆人が黒山に向けて口を開く。

「おい、黒山」

「な、なんだ」

「ぷっ、何ビビってんだよ、お前?」

 動揺する黒山を嘲笑し、皆人がついに《月鈴》を構えた。その構えは、伊吹と対峙した時のような正眼ではない。《月鈴》を握る右手をだらりと下げ、いつでも踏み込める重心でありながらも、その姿はあくまで自然体。

 その構えの名は無形むぎょうくらい

 皆人が祖父から学んだ神天林心流の構えだ。

「俺の……」

「キャロルーっ。撃てーっ!」

「はぁーい。ご主人様ぁ」

「おいおい。最後まで言わせろよ」

 やれやれと肩を竦ませる皆人に、息つく暇もない火炎の連弾が降り注ぐ。火の玉が《リフレクトシャッター》に遮られたが、止まない火球の雨に《リフレクトシャッター》の壁にヒビが入る。しかしそんなことは歯牙にもかけず、皆人は悠長な口ぶりで続けた。

「じゃあ、改めて言わせてもらうぞ。俺の……」

 途切れることなく続く炎弾の被弾で、ついに砕け散る《リフレクトシャッター》。

「勝ちだっ!」

 その透明な破片の中を、皆人は満面の笑みを湛えて飛び出した。

「ひぃっ!」

 短く悲鳴を上げる黒山。その恐怖が、彼の理性を追い越して口から飛び出た。

「キャ、キャロル。早く、早くそいつをやっつけろ」

「はぁーい。ご主人様ぁ」

 キャロルは新しいおもちゃを与えられたかのように無邪気な笑みを零した。

「いっけー。スーパーバドちゃん。いっぱいいっぱいファイヤーボール流星群」

「GYAOOOOOOOOOO」

 主に従い、ドラゴンが口から青き炎の火球を次々吐き出す。その数は、伊吹に放ったものの軽く三倍。だが、眼の前の炎幕に、皆人は怯むどころか鬼神の如き闘気を爆発させた。

「はっ。上等だっ!」

 覚醒し力を得た、いや、昔の自分を取り戻した皆人にとって、目の前の火球はすでに恐怖ではなかった。降り注ぐ火球の飛礫は、ただ一発でさえ皆人を捉えることはない。

 火球の初弾を、地を這うほど身を低くして潜り抜ける皆人。足が活路を嗅ぎつけ、二球目の炎を瞳に映す皆人の身体が右へ流れる。三球目は、頭上から。皆人は無視。皆人の後ろ髪を熱風で撫ぜた火球が、地面に突き刺さり群青の爆弾と化す。

 その爆風が吹き付けるころには、皆人はすでに遥か彼方だ。背後に爆発を残し、一つの弾丸となって地を駆ける皆人。業を煮やしたドラゴンがひと際大きな火球を吐き出す。

 その青炎が作り出す影が皆人を飲み込むが……

 チリン――。灼熱の戦場に響く、清涼な鈴の音。

「オラァァァーッ!」

 続くのは、炯炯と双眸を輝かせる皆人の雄叫びだ。青炎の火球に向け、皆人が渾身の力で《月鈴》を掬い上げる。灼熱の火球はくす玉のように真っ二つにされ地面に激突した。

「まだまだ、行くぞッ!」

 火球を切り裂き、双脚のバネを限界まで収縮する。解放されるエネルギー。馬鹿正直に突っ込んできた皆人に対して、ドラゴンが旋回する。轟風を纏い、横手から叩きつけられる竜の尾。一閃。尾の真ん中あたりから先っぽが、ただの布と綿になって宙を躍った。

 瞳孔の開いた皆人の双眸が、ドラゴンの頭部を捉える。戦気を存分に湛えた相貌をドラゴンの顔に向け、皆人の体が跳ね上がった。柔らかいドラゴンの体を幾重にも踏み台にし、瞬く間に顔の高さまで跳び上がる皆人。

「よくも、俺の伊吹をかわいがってくれたな」

 憤激を言霊に変え、一切の猶予を与えず《月鈴》の刃を横に薙ぐ。激情を込めたその一太刀はドラゴンの目を作っていた二つの大きなガラス玉が真っ二つに斬り飛ばした。四つの欠片となって吹き飛んだボタンの破片が太陽の光を反射しながら宙を舞う。

 すぐ近くで驚愕に目を丸くするキャロルを横目に、皆人はドラゴンに追い打ちをかけた。

 いったんドラゴンの右肩に降りた皆人は、《月鈴》を突き立てドラゴンの右腕を、さらに刀を返し、首を続けざまに切り落とす。

「GYAAAHAAAーッ」

 断末魔を叫びながら宙を舞うドラゴンの首。崩れるドラゴンの肩から飛び降りる皆人は、そのままついでとばかりに《月鈴》の切っ先をドラゴンの胸の真ん中にねじ込み、そのまま自重を利用してドラゴンの腹を解体しながら落下した。

 ドラゴンの首無しの胴体が、重々しい音を響かせながら大地を揺らし粉塵を巻き上げる。

 すたん、と何事もなく着地する皆人を、ハラリハラリと舞い落ちる綿が白く染め上げた。

「テメェは……、まぁ、いいだろ。気が向いたら相手してやるよ」

 楽しげに、炯炯と輝く皆人の眼光が上空のキャロルを貫く。

 そのあまりに好戦的な笑みに、恐怖を感じるはずのないキャロルに戦慄が走った。

「ご、ご主人様。こいつ、やばいよぉ」

「わ、わかってる。お、ぉぉ、落ち着け」

「お前が落ちつけよ」

 焦りでろれつが回らなくなってきた黒山を、皆人が再び嘲笑する。

 それは最近の皆人には考えられないほど、感情を乗せた笑みだった。

「このヤロぉー。馬鹿にしやがってぇーッ」

 皆人の笑みを受け、黒山の焦りが再び怒りに変わる。

「キャロル、あの女だ。女を使え」

「ご主人様、あったまいいぃー。動け、マイドール」

 キャロルの指揮を受け、意志無き剣宮の体が再び動き出し、未だ体力の戻らない伊吹の喉元にその細い指先を突き立てた。

「う、がっ。……剣宮殿」

 剣宮が操られていること、そして、自分が拘束されたことに伊吹が悲痛な呻きを漏らす。

「あーっはっはっはっはっは。どんなもんだ。ばーか、カッコつけてんじゃねぇぞ」

「やったね、ご主人様」

 形勢逆転とばかりに、大声を上げはしゃぐ黒山とキャロル。

「つまんねぇーこと……」

 しかし、その行為は皆人の怒りの劫火にガソリンを注いだだけだった。

「してんじゃなぇーぞっ。ザコがっ!」

 愚行という名のガソリンが、怒りを爆発させる。天を貫き、大気を引き裂く憤怒の咆哮。そこに込められた覇気をまともに受けた黒山の身体が蛇に睨まれた蛙の如く硬直した。

 皆人の体を取り巻くオーラが、その気迫に呼応し一層吹き上がり砂塵を巻き上げる。

「おい、九王」

「やっと名前覚えやがったな、この野郎っ!」

 皆人の声に、上空で気を窺っていた九王が興奮気味な笑みを浮かべながら身構えた。

 勢いよくディスクに叩きつけられる二枚のカード。皆人が声を張り上げる。

「マジックカード《神威一声かむいいっせい》発動。行け、九王。思う存分鳴き狂えっ!」

「カァァアァァ――――ッ」

 万物を捉え、森羅を掌握し、魂を揺るがす九王の声が四方三里に木霊する。

「ゥ……ぁ……」

「剣宮殿!」

 その声は剣宮を呪縛から解き放った。よろめく剣宮の体を、慌てて支える伊吹。

 その気配を背中で感じながら、皆人は四肢の筋肉を緊張させ、黒山に向かって構えた。

「はぁぁぁぁあああああぁぁぁッッッ!」

 腹の底から吐き出された気合に、張り詰めていた空気がより一層緊張しビリビリと振動する。皆人の力は、すでに最上級カードの戦闘力に達していた。

「ば、化け物っ!」

 皆人の覇気に圧倒される黒山が恐怖に声を震わせる。もう後先を考えている余裕はない。

「キャロル、総力戦だ。こうなったら数で、数で一気に畳みかけるぞ」

「はぁーい、ご主人様」

 自分のポイントを確認しつつ、黒山はカードを切った。

「マジックカード《トイ・ボックスMAX》」

 カードのイラストのおもちゃ箱が上空に具現化。

 それは今までに皆人たちが見てきたおもちゃ箱よりもはるかにでかい。

「でってこーい。私のお友達。必殺トイ・パレード・エクスタシー」

 キャロルが満面の笑みでポーズを決め、二度三度とステッキを振るう。巨大なおもちゃ箱の蓋が開き、中からぬいぐるみや等身大の着せ替え人形、おもちゃの兵隊がわらわらと皆人に向けて飛び出してきた。視界を埋め尽くすおもちゃの兵。

「……ニィ」

 その軍団を前にして、皆人の唇はこれ以上ないほど吊りあがった。蓄えた力を解放する。

その瞬間、皆人が立っていた地面が大きく抉れ、弾け飛んだ。

「オラァァァァアアァーッ!」

 雄叫びを上げ、気を練り上げ、皆人が自らの体を一つの砲弾とし軍隊の中に投げ飛ばす。

 軍隊の最前線で急停止する皆人。体の推進力のすべてを集中させ薙ぎ払われた《月鈴》の一撃に、最前線で銃を構えていた木製のおもちゃの兵がバラバラになってスクラップと化す。飛び散る木片の中で笑う皆人。引き戻した腕を刷り上げ、前方から鋭い牙を覗かせていたライオンのぬいぐるみの頭を縦に両断。続けて左手からナイフを構え飛びこんできたウエディングドレス姿のマネキンの首を左手で捉える。バキッという破砕音。剣道で鍛えた強烈な握力にものを言わせマネキンの首をへし折ると、皆人はガラクタと化したソレを思いっきり前方へ投擲した。

 仲間を薙ぎ倒すマネキンを踏み台に、その背を砕きながら皆人が突然上半身を逸らす。

 皆人の顎先をレイピアの切っ先が撫ぜた。戦闘の興奮に猛るの双眸が、横手からの強襲者の姿を捉える。掬い上がる、《月鈴》の銀の軌跡は、レイピアを持つクマのぬいぐるみの腕を切断。さらに皆人は掬い上がる《月鈴》の反動をそのままに身体ごと足を跳ね上げ、クマのぬいぐるみに爪先を捻じり込む。あまりの威力に、ぬいぐるみの布地が破れ、糸が千切れ、中の綿が飛び散った。皆人に注がれる無数の殺気。空中では身動きが取れないと読んだ兵隊人形が、一斉に得物を投げつける。

「しゃらくせぇっ!」

 飛来物を迎え撃つ《月鈴》の刃。その銀の軌跡をなぞるように火花が散り、甲高い音が断絶的に木霊する。弧を描く皆人の口元。振るうたびに手に馴染む《月鈴》。皆人の動きが更に一層加速した。

 右下方の手榴弾を叩っ切り、返す刀で左後方のナイフを弾き落とす。灼熱を纏う銃弾を《月鈴》を振るう反動で間一髪交わし、捨て身とばかりに飛び込んできたコミカルなダルマは、その真っ赤な体を引っ掴み、空の彼方へと思いっ切り投げた。星になるダルマを眼の端で捉えつつ、着地した皆人は次の獲物に狙いを定める。《月鈴》の刃を寝かせ、突く。一体、二体、三体、四体。まん丸の団子を模したぬいぐるみが次々に串刺しになった。

「できた。団子四兄弟」

 出来上がった串刺し団子を掲げ、子供のように笑う皆人。その腕が振るわれると、剣に突き刺さっていた団子たちが無残な姿となって宙を舞った。

 今の皆人の相貌と所業を見ていると、果たしてどっちが悪者か分からなくなるほどに、その豹変ぶりは驚くべきものだ。

 再び動き出す皆人。狙うは、一番手前にいたピンクの犬のぬいぐるみだ。横手から殴り付けるように振るわれた《月鈴》は停滞なくぬいぐるみの胸部をすり抜ける。

 異変が起きたのはその時だ。

「んなっ!」

 今しがた屠ったぬいぐるみが内部から膨張し歪に膨らむ。耳を裂き、眼を焼く大爆発。皆人の視界が激しい烈火に覆い尽くされる。慟哭のような爆破音が大気を震わせ、莫大なエネルギーを伴った爆風が辛うじて顔面を両手でガードした皆人を後方へ吹き飛ばす。

 背中を地面に打ちつけた皆人の両腕の制服は、その爆発により無残な姿になっていた。

「痛ってぇーなぁ」

 皆人は身体のバネを使って飛び上がり、両腕の状態を確認する。ギリギリ許容範囲のダメージで両腕は健在だったが、黒ずんだ皮膚に二度目は無さそうだ。

 油断なく包囲網を狭めてくる玩具たちを十分に警戒しながら、皆人の双眸が離れらところに立つ黒山、その右腕に装着されたディスクを捉える。

 皆人が発動されたカードを捉えるよりも早く、黒山自らがその手の内を明かしてきた。

「はっははははは。どーだ、トラップカード《コメットボム》の威力はすごいだろう」

「あはははは、お兄ちゃん。これでもう、私のお友達を攻撃できないでしょ」

「トラップカードを自分からバラしてどうすんだよ。初心者か、お前は?」

 吐き捨てるように言って、皆人は再び人形たちに向き直る。

「ボム……爆弾……ねぇ」

 おもしろそうに呟く皆人の目前で、玩具たちが飛び上がる。爆弾を内包した敵の陰に、薄い笑みを漏らし、臆することなく迎え撃つ皆人。右手から水鉄砲のような物を持つ男の子の人形の喉元に、《月鈴》の切っ先が滑り込む。傷口を広げるように抉りながら《月鈴》を引き抜くと、先ほどのぬいぐるみのように男の子の人形が膨張した。

 皆人の口端が不敵に吊り上がる。

 膨張から爆発までの有るか無いかの刹那。皆人の左手が神速で動き、手近にいた手足の生えた不気味な魚の人形を鷲掴みにし、発光する男の子の人形目掛けて投げつけた。空中で錐揉みする二つの玩具が眩い光に包まれ、大気を焼き尽くす業火へと生まれ変わる。

 吹き上がる、黒煙と爆風。

 皆人は爆発の火を瞳に移し、更に強襲を掛けてきたパトカーのラジコンをその炎の中へと蹴り飛ばした。空中に浮かぶ黒煙が、さらに内部からの爆発に吹き飛ばされる。

 その最中、ようやく黒山の数にモノを言わせた戦略が実る時が来た。

 絶え間なく動いていた皆人の動きが鈍る。その足に実寸大の美少女フィギュアの長い手足が絡みついていた。密接した状態のため、太刀を繰り出すのを一瞬躊躇う皆人。失策。動きの止まった皆人へ、玩 具たちが二重三重に飛び掛かってきた。辺りの景色が、幼稚なオモチャたちに埋め尽くされる。

 皆人は即座に不利を判断すると、《月鈴》を左手に持ち替え、空いた右手でディエルディスクのホールドボタンを押す。ディスクに映し出される、皆人の手札。

 皆人は人形たちが身体に纏わりつく寸前に、その中の一枚を発動した。

 オモチャたちに埋め尽くされる皆人。蟻の這い出る隙間もなく、さらにこの人形たちは爆弾付きだ。後方からその様子を見ていた黒山とキャロルが愉悦に微笑み、戦況を見ながら移動していた伊吹の表情に緊張が走る。

「今だ、キャロル。一気に吹き飛ばせ」

「了解でぇーす。ご主人様ぁー」

 上空のキャロルがステッキを握る手に力を込める。

 だが、彼女の爆発の合図の寸前にその変化は起きた。皆人に積み重なるオモチャたち。その上空が黒い雲に覆われたかと思うと、滝のような豪雨が吹き荒れたのだ。

「え、ええ、えええぇっ?」

 眼を丸くするキャロル。深い濃雨となった水のカーテンが、地を叩きつける幾千の音を響かせながら皆人たちの姿を覆い隠す。

「な、何をしたんだ?」

 黒山は一瞬の戸惑いの後、自らのディスクで皆人が発動したカードを確認し、その醜悪な表情をさらに歪めた。

「やられたっ!」

 呻きのような怒号を吐き出し、それでも一塁の希望を託した支持をキャロルへ送る。

「キャロル、急げ。早く爆発させるんだよ」

「わわわわ。怒らないでよ、ご主人様」

 慌ててステッキを握る腕を人形たちへ振り下ろすキャロル。

「BOONM」

 可愛らしい破裂音がキャロルの口から吐き出される。

 その声は激しく降る豪雨にかき消された。

「な、何で爆発しないの?」

「教えてやろうか」

 慌てるキャロルへの返答は、積み重なったオモチャたちの中からだ。その声に、魔法のように現れた雨雲が、幻のように消える。それが現実だったことは、大きな水溜まりを作った地面と、雨に濡れ、湿気を吸い不発となったオモチャたちが雄弁に語っていた。

 突如、オモチャたちの山から太陽の光を反射する螺旋の斬道が迸る。その斬撃の衝撃に破壊されたオモチャたちは、その斬道を追うように大きな螺旋を描いて吹き飛んだ。水柱を上げながら地面に叩きつけられるオモチャの残骸が、三つ目の螺旋を地面に作り上げる。

「くくくく。残念だったな」

 残った足下のフィギュアを踏み砕いた皆人は、口の中でくぐもった笑いを漏らした。

 水気を吸い、べっとりと額に纏わりつく前髪を軽く払い、次々に湧き上がる闘争心に双眸を炯炯と輝かせながら、先ほどの黒山に倣って自らのカードを披露する。

「マジックカード《神雨かみさめ》。このカードが発動したターン、全ての銃火器・爆弾・炎のカード効果は無効化される」

 解説を楽しみながら、小さな水柱を上げ皆人が戦場をゆっくりと歩きだす。

 皆人の周りには玩具箱から出てきたオモチャたちの残骸が散らばっていた。

 一見して、勝負は見えたかのように思われた。

「かかったな。神埼皆人」

しかし、黒山もトップ百に名を連ねる実力者。性格に難があろうとも、その力は本物だ。

「くふ、ぐふふふふ。キャロル、もう十分だろ」

「はぁーい、ご主人様」

「気持ちわりぃーな。なんなんだ?」

 低く笑いを堪える黒山に、皆人が眉間に皺を寄せる。正直、その姿は皆人の言うように奇怪でしかなかったが、黒山の続く言葉には絶対なる自信と強大な余裕が含まれていた。

「ふふ、神埼君、ありがとう。君が人形たちを倒してくれたおかげで、ようやくこのカードがさせるよ。くふ、ふふふふふ」

 不気味な笑いを浮かべ、黒山は手札にあるデッキの中で最強のカードに手をかけた。

「行くぞ。墓地の《トイ・ボックス》《トイ・ボックス2》、そしてフィールドの《トイ・ボックスMAX》をゲームから取り除く」

 嬉々としてカードを除外する黒山の濁った眼が、自らの勝利を確信し大きく見開いた。

「出て来い、《ボルテルノ・ロボWX》」

 莫大なエネルギーに、黒山のディスクが轟音と稲光を上げる。それに呼応し、上空に浮遊していた玩具箱が爆ぜ割れ、そこから紫黒い亜空間が出現した。

「あはははは、出て来い。出てこぉーい」

 上空で楽しげに杖を振り回すキュアラに導かれ、亜空間から巨影が現れる。

「おいおい。すごいなぁ」

 思わず感嘆を漏らす皆人。重々しい音と共に大地を大きく陥没させたのは、子供向けの特撮に出てきそうなブリキ製の巨大ロボだ。

「ふっふっふ。さぁ、神埼皆人。ラストターンだ」

「いっけー。テルノぉー」

「オオオォォォォォー」

 低い不協和音を上げ、動き出す巨大ロボ。

「へへへへへ。来いよっ!」

 対して、皆人は少しも臆することなく、むしろ体中から漲る覇気を一層滾らせた。

 高々と振り上がるブリキの腕が轟風を纏い、一つの鉄塊となった拳が振り下ろされる。緩やかな動きで体を躱す皆人。衝撃に跳ね上がり、身体を叩く礫は無視。轟音をチリンという鈴の音が切り裂き、《月鈴》の白刃が地面に突き刺さる腕に牙を剥く。

 鋼と鋼がぶつかり合い、甲高い音が響く。

「堅ぇっ!」

 ロボットが無傷の腕を引き戻し、今度は圧倒的な質量の蹴りが皆人に襲いかかった。受けるのは不可能。そう判断した皆人は、間断なく撤退を判断。素早く地を蹴り、横に跳ねる皆人の身体が霞む。虚空を蹴る鉄脚。

 その反対の軸足から火花が上がった。

 浅い横一文字の傷を刻み、再び後退する皆人。そこに上空から暗い影が落ちる。ソレは指を開いたロボットの掌だ。僅かに身を捻り、指と指との間に身を滑り込ませる皆人。巻き上がる風圧に、制服の裾が攫われる。

 振り上げられ、赤みがかってきた太陽の光を映す《月鈴》の刃がすぐ脇の鉄の指に牙を剥いた。狙うは指の関節だ。再び咲く火花。断ち切れない。このロボット、関節までもがかなりの強度を持っているようだ。

「ちっ!」

 笑いながらの舌打ちを残し、一旦離脱する皆人。そんな皆人を追うロボットの電光の瞳が鈍く煌めいた。皆人に走る悪寒。その答えが即座に明らかになる。

 ロボの胸部分のハッチが開き、そこからミサイルが皆人に向かって撃ち出された。

「うわぉっ!」

 今度は笑いながら焦りを口にする皆人の視界が、無数のミサイルに覆い尽くされる。

 《神雨》のカード効果は既に切れていた。皆人の表情を歪める。だが、その表情は決して絶望に染まってはいなかった。

「おっもしれぇー」

 快心の笑みを浮かべた皆人は、単身でそのミサイル軍を真っ向から迎え撃った。

 迫るミサイルより一瞬早く地に着いた皆人の足が、重心を制御し、皆人の姿勢を最良の状態に導く。鈴の音を残し掬い上がる《月鈴》。二つに割れたミサイルが、皆人の背後で大爆発を引き起こした。

爆風に押され更に加速する皆人の身体。目の前の小型ミサイルを受け流し、右手からのミサイルを信管が作動しない程度に蹴り飛ばす。前後左右から同時にミサイルが皆人を襲ったが、その爆発地点に皆人はいない。湧き上がる粉塵の中を駆け抜けた皆人は、すでに巨大ロボの足下だ。

「おっ、りゃっ」

 渾身の力を込め、皆人が《月鈴》を振り下ろす。角度、タイミング、重心、気合。そして踏み込みも申し分ない。しかし、斬れない。

 むなしく木霊する金属音に今度は黒山の声が重なった。

「ばか、ばーか。《ボルテルノ・ロボWX》の物理防御力は、モエモントップクラスだぞ。そんな爪楊枝みたいな攻撃が効くか」

「そーだ、そーだ」

 狂ったように黒山が笑った、その時。

「油断したでござるな」

「はひ?」

 黒山の笑みは突然喉元に突き付けられた《睡蓮》の刃によって、一気に凍りついた。


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