045
黒いリングをポケットにしまい、京也は階段をイメージした。見えない壁に阻まれる。大きな牢獄に閉じ込められ、京也は囚人のように身動きが取れない。切りつけられた背中の傷は、クリスタルボールが癒してくれていた。
ダイヤの術を破れば、必然的に壁も消える。甘い考えは打ちけされ、消えたのは骸骨だけ。京也は太陽が照りつける現実を受け入れるしかなかった。
「どうして」
声のする方に京也が顔を向けた。
見えない壁に歪みが発生する。銀色の歪みが大きくなり、幼い子供が通り抜けてきた。
「ココロ」
思わず口にする京也。
ココロは三角帽子にお揃いのマントを羽織、京也が触れるほどの位置まできて止まった。
「ボクの名前はハート」
ハートは、京也に腕を差し出す。
「返して」
手袋をはめた手をみつめ、京也は戸惑う。ココロではなくハート? 混乱が押し寄せる。そもそも何を返せばいいのか、それすらわからない。
「お前はココロだろ?」
「ボクのお姉ちゃんを返して」
飛び込んできたハートが、京也の胸を激しく叩く。ハートは泣いていた。
「姫野さんなら生きているだろ」
「あっちの世界のお姉ちゃんじゃない」
「どういう意味」
「今、お前が殺した相手をもう忘れたのか!」
子どもがむき出しの感情をぶつけてきた。憎悪だけが京也を捕えていた。
「ダイヤの……」
言葉が出てこない。
ダイヤは京也を攻撃してきた。
しかし、最後には命をかけ京也を助けてくれた。
姿形をそっくりに、姫野に化けたダイヤ。
あっちの世界。
パズルの1ピースが欠けていた。
京也が答えを見つけるより早く、ハートが短剣を抜く。
小さな銀色の短剣が震えていた。
「殺してやる」
よけるつもりはなかった。ダイヤが助けてくれなければ、京也は死んでいた。大切な人を失う悲しみは知っている。その怒りも京也は知っていた。
京也に短剣が突き刺さった。ハートの幼い力では、肉を僅かに傷つけるだけ。肩甲骨にあたった短剣が、砂上に落ちていく。
「すまない」
絞り出した力なき声が、ハートの抑えきれない感情に飲み込まれる。
「お姉ちゃんは京也が大好きだったのに。どうして!」
しがみつくハートの慟哭が、京也の心をかきむしる。
『どうしても、その子じゃないとダメ?』
さみしげな姫野の顔が浮かぶ。
京也がポケットのリングを取り出した。
見つからなかった、最後のピースが埋まった。




