030
凍りついていた。炎が打ち消され氷の世界が広がる。火柱が物言わぬ氷柱となり銀色に固まるグラウンドに三体の仮面の男が眠る。鳥肌が立った。寒さのためか予期せぬ事態に拒絶反応をしめした肉体のせいか、いずれにしても緑の柱にいたわずか数分で状況は一変していた。
「京也」
腕の中に白い息をはずませいきなり姫野が飛び込んできた。触れ合う頬が温もりを離さないようにぴったりとくっつく。
「よかった無事で」
言葉と伴に耳もとに甘い香りが漂った。
「生徒会が奴らと闘ってくれている」
いっそう強く京也を抱きしめる。
「保坂先生も助けにきてくれた」
保坂が氷を自在に操ることは知っていた。まさか呪いを凍らせるほど強力だとは考えもしなかった。
「マリアをワスレに預けることもなかったか」思う京也の心を取り戻すかのごとく、姫野が目を閉じて唇を近づける。ダメだ。マリアの顔が浮かぶ。京也は目を閉じ、思考と相反する行動を取っていた。
赤のリングが点滅する。光を発する度に締め付けられる小指にずきずきと痛みがはしる。苦痛に目があくと吊り上った黄色い目をした姫野が、剥き出しの毒牙で動けない獲物に襲いかかろうとしていた。
「発動・と、止まれ」
捕獲から逃れるため使った力にストップをかけた。
炎の壁が広がる。
判断を誤れば焼け死んでいた。
幻覚。
振り返ると、姫野が伸ばした首をゆっくりと京也に傾ける。黄色い鱗を体に纏った爬虫類が、炎に負けない赤い舌を小刻みに出し入れしていた。
「ダイヤおしかったな」
「だまれ、クローバー」
シルクハットの男と炎を操る男が現れる。三人が京也の正面に並び立った。
「ダイヤのチャームから逃れるとは、さすがキングの弟君」
スペードがしゃべる。面白くないのかクローバーがシルクハットからダーツをとりだし京也の心臓目がけて投げるモーションを繰り返す。
「面倒くさいから、殺そうよ」
「キングには、不慮の事故と報告すればいい」
スペードが両手を合わせた。炎の壁が先端にいくにつれ丸みを帯びだし上空をふさぐドーム型になる。
「お任せします」
それが合図となりダーツが投げられた。
緑のシールドがダーツを弾く。
「いでよ。クリュエル」
ダイヤの召喚に仮面の男が次々にグラウンドに現れる。
「お前が、術者か」
許せない。
ミミを殺し、姫野を侮辱する行為。
「緑のブレスレットよ。運命に立ち向かう武器をくれ」
京也の怒りが沸点に達した。シールドが解けると、京也の右手にシャムシールが握られる。三日月型の剣が炎を反射して燃えさかっていた。
「ブーフー」
呼吸音に自然に体が反応した。気づけば視界を遮る仮面の男を一刀両断にしていた。互い違いになった上半身と下半身が黒い煙と化す。軽い。あまりの剣の軽さに驚く。軽量と一言で片付けるには惜しいぐらいの武器。
京也は舞った。無数のダーツをくぐり導かれるままに体を動かす。獅子の尾を思わせる剣の残像があっという間に残り2体の仮面の男を切り捨てる。ローブに刻まれた傷から黒い煙があがらぬうちに、次の標的にシャムーシールが唸る。
スペードが触れることの許さない領域を瞬時に展開した。
寸前で剣が止まり一呼吸入れる京也。
「発動」
手から炎が吐き出される前に剣が移動した先は、ダイヤのもとだった。
京也がダイヤの首をはねた。
肉を切る感触も感じさせない刃先に血さえまとわりつかない。にやりと笑ったままダイヤの首がずり落ちていく。瞬間、ダーツの嵐と炎の槍が京也の頭上で交差した。剣が変形してシールドに変わる。ふたつの災害をやり過ごすと、焼けただれた首を抱え再び姿を現すダイヤがいた。現実に幻覚がブレンドされ区別がつかなくなっていく。余韻をひきずる京也を残しダイヤが消滅した。
残りふたり。
炎は収まる気配を見せない。出口を塞げるドームが京也の能力を制限している。それなら逆手にとって打って出るしかない。運命に立ち向かっていくために。
「発動」
スペードの背後に現れた京也。
「私の防御の前では無駄ですよ」
「あんたもワスレと同じだな。」
炎に包まれるより速く京也が叫ぶ。
「発動×300だ!」
超高速回転を始めると竜巻が起こった。小円から大円に一気に拡大する竜巻が、ドームごと炎を吹き消す。回転し続ける巨大な円がグラウンド一杯のスペースまで行き着くと京也はひとり超高速回転から離脱した。なおも回転を止めない竜巻が、障壁をつくり永遠に時を刻む。
「スペードに何をした」
「触れられないなら、回り続けてもらうだけ」
「ははは。面白い」
クローバーが不気味に笑った。めまいがして膝をつく京也を超えシルクハットが投げられる。飛んだ先には、体を十字架に貼りつけられた姫野がいた。拘束され身動きがとれない。両手、両足、胴体、首に巻きつく皮が熱の余波で縮まり五体をさらに締め付ける。縛られた箇所が紫色になり、うっすらと血が流れている姫野にシルクハットがかぶさった。
「抵抗すればあの女を殺す」
ダイヤの幻覚と疑う京也に声が届く。
『ごめんなさい京也』
赤のリングが光る。
姫野に間違いなかった。
「ブレスレットをよこせ」
言う通りにするしかない。外した緑のブレスレットをクローバーに投げつける。
「それから、赤のリング」
考え込む京也に、クローバーが指を左右に揺らした。
「チッチッチ、見えないからといって指示に従わないならあの子の指を全部切り落す」
本気だろう。京也は小指から赤のリングを外しグラウンドに捨てた。輝きを失ったリングが空しく転がっていく。
「ゲームをしよう。ダーツゲーム」
クローバーが手をたたくとダーツが両手にそれぞれ5本ずつでてくる。赤が五本に青が五本。ダーツの針は異様に長く本体と同じかそれ以上ある。
「あの子に向けて矢を投げる。3本には毒がある。1本なら致死量には届かないけど3本くらうとどうかな。死ぬかな? 死ぬよね」
ダーツを混ぜ合わせながらケラケラ笑い、話を続ける。
「君が体で受け止める。簡単だろう。能力を使うとシルクハットが爆発するよ」
一方的に説明を終え、下を向いて顔を上げたクローバーに黒い目隠しが施される。
「始めるよ。準備はいいかい」
返事を待たずして一直線に飛ぶ赤いダーツが京也の肩をかすめていった。背後から姫野の悲鳴がこだました。
「ダメ、ダメ。受け止めないとあの子死んじゃうよ」
二本目の赤のダーツが飛ぶ。軌道を予測して右に動くと肩に突き刺さった。ダーツの長い針が時間をかけて体内に吸収され消える。痛みがねじ込まれた。
「ラッキーだね。毒ではないみたい」
その後もダーツが投げられた。左腕。右足。五本目が左ひじにめり込む。途端にグラウンドに倒れ込む京也。息ができない。心臓にながれていく血液が毒を運ぶ。左ひじはだらりと垂れ完全に機能を失い、神経の伝達を阻害して動かないただの物になった。
ゲームを楽しむクローバーが続けて6本目のダーツを投げる。倒れた京也を通りすぎ遠方で聞こえてくる悲痛な叫び。
「ダメダメ。立たないと」
七本目のダーツが、左ひじを無理やり持ち起き上がる京也の胸に突き刺さった。胸の筋肉が硬直する。肺に痛みが充満した。動けない。仰向けに倒れた京也に軽い痙攣が始まる。
「3本残っているのに。仕方がないな」
クローバーは京也に馬乗りになると目隠しを取った。
「3本同時に投げるから。安心して、残りは全部毒入りだから」
目を見開きうれしそうにしゃべるクローバー。最初から姫野を殺すつもりだった。おそらく京也と一緒に、そしてマリアも殺される。
ここまでか。あきらめかけた京也の右手に冷たい何かが触れた。
「あう。ああ」
言葉にならない言葉を発する京也。
「何だって、聞こえない」
「ああ……」
「命ごい? かっこわりな。大きな声で言えよ。助けて下さい、だろ」
「……」
京也の口もとにクローバーが耳をそばだてた。
「くっああああああああああーーーー」
叫ぶクローバーの顔が蒼白になった。
京也の右手に握られたドリル型の短剣がクローバーの心臓を突き刺していた。屋上からグラウンドに「く」の字に曲がり落ちていった短剣。短剣は意志を持ち手を離してもなお回転しながら目標を駆逐していく。
断末魔の叫びに満足して短剣が止まると、クローバーも息絶えた。短剣を通してながれ落ちる大量の生暖かい血液が、体に染み込み毒を中和させていく。全て流れ出るのを待たずしてクローバーは塵になり宙に浮遊していった。
「ごめんなさい」
十字架が消え、姫野がフィーリング魔法を必死でかける。傷が治っていく快感が京也に伝わった。竜巻から解放されたスペードの思念が京也の脳裏に響く。
『決着をつけたければ青の柱にこい。私たちはそこでお前を待っている』
不敵な挑戦状。
青の柱。
未来。
「姫野さん、巻き込んでごめん」
謝る京也の左小指に姫野が赤のリングをはめた。
『そんなことない。ありがとう、助けてくれて』
心を優しく包み込む言葉を噛みしめ、京也は姫野の手を強く握り返した。




