029
「ワスレ。いるか」
京也は叫びながら円形状の部屋に飛び込んだ。入口付近でワスレを見つけ瞬時に移動する。クリスタルの前に姿を現した訪問者に、浮かびあがった目玉が親しみを込めてくるりと回る。
「京也じゃないか。目の色が青いが大丈夫か」
顔色を心配せず、目の色の心配かい。突っ込みを入れたくなったがやめた。視界に映り込むものすべて青みかかっているのは事実だ。
「ワスレ、マリアを頼む」
「えーーー」
「どうした」
「恐ろしい獣と一緒にいるなんて無理、食われてしまう。すぐに連れ出してくれ」
「そんなこと言うなよ。あとでグルグル回してやるから」
「本当か!」
「頼むよ。安全な場所はここしかないから」
ワスレを転がしながらご機嫌をうかがう。
「よし、3回で手を打とう」
「手なんかないじゃないか」と思ったが京也は言葉を飲み込む。ワスレとバカな会話を続けたかった。だが連中が呑気に待っていることはありえない。すぐに緑の柱に入り込むことはないとしても、遅かれ早かれここにも来るだろう。ワスレの力があれば連中とも互角以上に渡り合える。しかし、これは京也の運命。決着は京也自身でつける必要があった。後ろ髪魅かれる気持ちに鞭を打ち、グランドへの最短ルートを探しだす。
「発動」
言い残して京也が消える。
ワスレがそれを確認するとトーンを下げる。
「もう、いいぞ」
反応するようにマリアが起き上がった。
「あんた誰」
「吾輩はワスレ、柱の審判を司る者のひとりじゃ」
「ふーん」
興味なさげに答えるマリアが、円形状の部屋を物色しはじる。クリスタル以外特別なものはない。手についた砂を払いのけた。
「顔に似合わず、なかなか過酷な運命を持っておる。どうじゃ審判で」
鋭い眼光が向けられた。
恐怖で言葉を失い縮こまったワスレが視線を泳がせる。
「だから言うたんじゃ。獣は嫌じゃと」
やっと絞りだした声を唸り声が呑み込む。
「食い殺すよ」
「すみましぇん」
しゅんとして転がり落ちるワスレをマリアがキャッチした。
「能力のこと何か知っている」
「階段を3秒で上る能力のことを言っておるのか」
最初はマリアもそう思い込んでいた。階段を早く上り下りできる単純な能力。
別の思いが心に渦巻く。5階から先に飛び降りた者に、後から飛び降りた者が追いつくことなんてあるのだろうか。死ぬ気で飛び降りた。階段はないし、魔道具の力を借りてもおおよそ不可能なはず。いや絶対に物理的に不可能なのだ。なのに、京也は追いついた。
「少し覚醒したみたいじゃが、本来の力を使ってはおらん。まだまだじゃ」
「本来の力?」
「目に見えるものだけが現実だと思うか」
「あたりまえだろ」
砂上に並んで座る獣とボール。
「亡くなった人を思い続けていると、ふとした瞬間、その人の声を聞いたり存在を近くに感じたりすることはないか」
「だから」
「誰もそれが現実ではないといいきれない」
ワスレが言葉を捜しながら話す。
「ただ見えないだけ。そうじゃないのう。見ようとしていない。見る方法を忘れただけかのう」
「ばかばかしい」
「真の力は、もっと先にある。それに気が付いた時、京也はどうなってしまうかのう」
「意味不明」
「その時は主が支えてやれ」
「なんで」
「京也にとって主が一番大切な存在だからかのう」
「殺すのに……」
「そうか」
マリアはワスレを膝にのせ、京也がすり抜けた壁をずっとずっと眺めていた。




