第8話 異能
晴れ渡る空を見上げる。
連れられるままやってきたが、いつの間にか異界にいる。
あれだけ憧れ、ここに来たかったはずなのに、実感がわかない。
何故だろうか。
森の中をはしゃぎ回る白石を見て思う。
こいつはこんなに楽しそうなのに。
俺の視線に気づいたのか、彼女が俺を見る。
「どうしたの?楽しくない?」
「…いや。お前は楽しそうだな。」
「うん。ピクニックみたい。この辺でお弁当でも食べたいね。」
呑気なやつだ。
「久しぶりだな、お前みたいなやつは。」
篠崎が苦笑する。
「こういうタイプは早死するか偉大になるかの二択だな。」
「こいつは直ぐ死ぬよ。」
「私は長生きだよ。だって女の子だもん。」
よく分からない理由をほざきながら、白石はその辺の木々を触りまくっている。
彼女が木を触っていたときだった、ふと、彼女の隣に真っ白な何かが立っていた。
それは綺麗な白ではなかった。
腐敗した死体の脂身のような、生々しく濁った白。
人間の姿を模しようとして失敗したかのような、輪郭の定まらない肉塊だ。目も鼻もない顔の表面が、皮下で無数の虫が蠢くように引きつっている。そこからは生温かく腐ったような臭気が漂っていた。
それが、木に触れていた白石の手へ、ヌルリと濡れた自分の手を重ねようとする。
「離れろ。」
篠崎が石を投げつけた。しろいものは、それを避けて何処かへと去っていく。
「大丈夫か?」
「うん!さっきのはなに?」
白石は無事のようだ。触られていたような気がするが。
「あれに特に害はない。触られても問題ない。」
篠崎が俺の心配を払拭してくれた。
「あれは、しろいものと呼ばれてる。さっき通った鳥居のこちらがわ、夏の森のエリアの中からでてこれない。大人には近寄らないが、子どもがいれば近寄っていき、手を引いて何処かへと連れ去ろうとする。ただ、それだけの獣だ。」
それだけとは、十分危険な気がするが。
「私、子供ってこと?」
白石が不満そうに零す。
「あいつらは大人と子供を背丈でしか把握できない。女性は連れ去られやすい。」
確かに、御門は女性にしては背が高いし、ここで一番背が低いのは白石だった。
「付いていかなければ問題ない、害のない獣だが、だが放っておくと増殖する。かといってこいつらにベテランの探索者が時間をかけるのも無駄だ。というわけで。」
篠崎は懐から紙を取り出した。
「新人の訓練に使われるんだ。チームで一体。殺してみろ。」
初めてのクエストが始まった。
「近接戦闘異能の基本を教えておく。近接五種だ。」
篠崎は森に向かう。
少し進むと立ち止まった。視線の先にはしろいものがいる。
「まず、ステルス。気配を消す異能だ。自分に自信のない奴が得意だ。」
篠崎が歩いていく、しろいものは気づかない。その距離はどんどん縮まっていき、僅かな数十センチに、だけどやつは気づかない。
篠崎はやつの真横で声を上げる。
「このように、実力差があればまず気づかれない。声さえも通らない。更に。」
わざと、しろいものに触れた。
奴は目もない顔を篠崎に向けた。
彼を捉えるなり逃げ出そうとするも、なぜか足が動かない。やがてパニックを起こした奴は、鋭い爪のような肉の突起を振りかざした。
しかし、その攻撃は篠崎の身体を虚しくすり抜けた。何度攻撃しても、そこにいるのに当たらない。
「ここまでがステルスだ。次に。」
篠崎はすり抜けていた手を固め、奴の身体を直接掴む。離そうと暴れるも意味をなさない。篠崎はそのまま奴の腕を力任せに引きちぎった。
ギギャアアアアッ!
耳を塞ぎたくなるような凄惨な絶叫が森に響き渡る。
「これが強化。次。」
今度は手をかざすと、触れていないのにもかかわらず、しろいものの身体が目えない力で宙に浮いた。
「これが念力。そして。」
篠崎が指を鳴らした瞬間、宙に浮いていたしろいものの姿が消えた。
直後――俺たちの頭上、数メートルの空間に『しろいもの』が転移して出現する。
ぶチョリ。
重力に従って落下した奴は、気味の悪い音を立てて地面に叩きつけられた。二三度けいれんし、その後、二度と動かなくなった。
「これが空間移動。後は透視があるが…今回は使わなかったな。じゃあ、以上五つを活用して、この森にいるしろいものを一体倒してみろ。気をつけろよ。普段は大人しいが殺そうとすれば反撃してくる。」
篠崎は木の上に飛び上がった。
「俺はここから見てるから。まあ死なない程度に頑張れよ。」
そして、篠崎と御門の姿が見えなくなった。
ステルスを使ったのだろう。
残された俺達三人は…顔を見合わせた。
「…どうする?」
「私が囮になるのはどう?」
白石が一番有効そうな方法を提案する。
「まあ…確かに俺達では捕まえられないし、向こうから来てもらうのがいいかもな。」
「ですが、危険です。」
拓郎さんが難色を示す。
「…反撃しない限り、害はないし大丈夫だよ。」
「ですが、もし、攻撃されればこちらは身を守る術がありません。」
つまりは、異能ってどうやって使うんだ…という。
「拓郎とか、俺の場合は、強化?で、刀とかナイフを強化して切れば良いんだよな。」
「そうですね。」
「…拓郎さん、できそうか?」
「そうです…ね。」
拓郎さんがじっと、考え込む。数十秒目を閉じて。
「…できるかもしれません。」
「まじか…。」
「私もできるよ。」
「お前は…そうだろうな。」
正直なところ俺はできる気がしない。
というか、まだ、ここに来たばかりで、異能が使えるようになっているのか。
「どうしたら異能が使えるんだ?」
「確か、異界に近づいた人間は身体に変調をきたすそうです。その影響で脳が変異し、幻想を現実にすることができるようになるそうです。」
「もうできるのか?」
「どうでしょう?鍵は使えましたけど…。」
「ねえ!」
二人で悩んでいると、白石が叫んだ。
「もう来てるけど?」
しろいものが、彼女の隣に座っていた。




