第7話 異界
連れてこられた先は、薄暗い店の中だった。棚には、商品がずらりと並べられている。
どれもこれも物騒だ。
剣、槍、刀、鎚…。武器屋か。
「ここで好きなのを選べ。」
「でも高そう。」
「支払いは俺持ちだ。」
篠崎が財布を取り出して言った。
「そうなのか。じゃあ、選び放題だ。」
白石は意気揚々と店を見て回る。
拓郎さんは申し訳なさそうに「半額は払う」と篠崎に交渉していたが、篠崎に面倒くさそうにされ、適当な刀を一本放られた。
「お前はこれだ。」
「…これは…」
拓郎さんは刀を抜き、戻し、再び抜き…を繰り返し、すっかり気に入ったようで篠崎にお礼を言った。感動のあまり土下座しようとしていたのは流石に止めた。
「お前も早く決めろ」とせっつかれ、俺も適当に店内を見て回る。
本当ならば使い慣れた銃がいいが、ここには置いていないようだ。
「私、これがいい!」
白石が何かを抱えて戻ってきた。それは布の掛かった大きな物。篠崎が布を取り去ると、鳥籠が出てきた。中には一羽の鳥がいる。
ピヨ。
ひよこのような鳴き声で、愛らしく瞳を揺らす。その鳥は鮮やかな青い羽を纏っていた。
「ブルーバード。高いわね。」
「ペットも置いてあるのか。」
「戦闘用の幻獣だよ。そこの刀の十倍はするな」
篠崎はため息をついた。
「まあいいか。買うって言ったしな。で、お前はどうするんだ?」
隣で白石が飛び跳ねて喜んでいる。
俺は篠崎に急かされ、改めて店内を見回した。
大量の武器が並ぶが、どれもが古典的なものだ。最新設備はもちろん、火薬を使うものも一つもない。まるでファンタジーの武器店のようだ。
理由は知っている。
異界では、精密機器等の文明の進んだ器具は壊れてしまう。
その影響は街にも波及していて、今でも書類や手紙が多いのはそのせいだ。
異界内では特に顕著で、銃ですら暴発するという。
使いやすいのはナイフか。それか、小さな盾とか。
色々悩んだ挙句、小振りのナイフを選んだ。小振りと言っても、大きめの包丁くらいのサイズはある。
篠崎は全員の選んだ武器をまとめて買い物を済ませた。一番安いのが俺のもので、白石の鳥の百分の一の値段だった。
「ありがとう。」
礼を言うと、篠崎は手を振って気にするなと言った。
「それじゃあ、次は薬屋だな。」
暗転。
光が灯ると、そこはまた違う空間だった。もはや移動の衝撃にも慣れてきた。
今度は店の中ではなく、外だ。目の前には確かに『薬』と書かれた看板がかかっている。
薬屋と言うには些か怪しすぎる外観だ。ボロボロの木造小屋で、廃屋と言われても信じてしまうだろう。
「ここの店主は知人なんだ。」
篠崎が言いながら扉を押そうとするが、鍵がかかっているのかビクともしない。
「…休みか?」
「あの子、まだ寝てるわね。昼過ぎないと起きてこないわよ。」
「…たく、あいつは…」
篠崎は深く肩を落とした。
「まあ…薬は後回しでいいか。」
再びの暗転。気がつけば、目の前には巨大な施設が建っていた。
無機質なコンクリートの建物。
「唐木巣は異界でありながら、一つの観光地でもあるのよ。」
御門が言った通り、広いロビーには人が絶えず行き交い、案内板の前では初めて来たらしい若者たちが地図を覗き込んでいる。
篠崎は迷いなく奥へ進み、一つのゲートの前で立ち止まった。
「ここから先は、許可された者しか入れない区域だ。」
彼が端末をかざすと、ランプが緑に光る。
短い電子音とともにゲートが静かに開いた。その先はロッカールームになっていた。
男女で入口が分かれ、更衣室も兼ねているようだ。
「向こうで。」
篠崎が女子側を指差すと、白石が御門に連れられて一緒に入っていく。
俺と拓郎さんも男子側へ入った。入口には大きな赤文字で注意書きが貼られている。
――この先、電子機器類持ち込み禁止。
高度な文明機器は内部で暴走、あるいは崩壊する危険があるため持ち込み禁止だ。
端末、イヤホン、モバイルバッテリー。
身につけていた電子機器を一つずつロッカーへ預ける。
身軽になってロッカールームの奥へ進むと、最後に荷物検査が待っていた。
鞄をX線検査機へ通す。ピッ、と短い警告音が鳴った。
止められたのは篠崎だった。
「少々失礼します。」
検査官が鞄の中を探り、小さな金属製のライターを取り出した。
「ライターが駄目なのか?」
「最近、禁止になったんです。」
検査官は苦笑した。
「爆発事故がありまして。」
そんな単純な仕組みのものまでダメなのか。
そう思っているのはきっと、この場にいる全員だった。何層で起きた事故なのか少し気になったが、聞いても仕方がない。
「預かっておきますね。」
篠崎は諦めてライターを渡した。
検査を終えて外へ出ると、御門と白石が壁にもたれて待っていた。
「ライターもダメらしいぞ。知ってたか?」
御門は何も言わず、小さな箱を投げてきた。それはマッチだった。
「当然。」
「……いつの時代だよ。」
篠崎は苦笑しながらマッチをポケットにしまった。
「じゃあ、行こうか。」
さらに奥へ進む。
しばらく歩くと、大きなエスカレーターが見えてきた。
周囲では探索者たちが談笑しながら下っていく。俺たちもその流れに乗った。
長いエスカレーターを降り切ると、そこは巨大な地下駅だった。
地下とは思えないほど広い空間。
ホームには大勢の探索者が並び、柱には大きく『13』と書かれている。
十三番ホーム。
かつては特定の手順を踏んだ者だけが辿り着ける幻の駅だと噂されていた場所。
そのホームからしか行けない異界――唐木巣。
この電車がどこから来て、どこへ帰っていくのか、今でも誰も知らない。
というのは、事前にサユや篠崎から聞いていた話だ。
遠くで発車ベルが鳴った。
レールの向こうから、一両編成のレトロな電車がゆっくりと滑り込んでくる。
扉が開くと、探索者たちは慣れた様子で乗り込んでいった。
俺と拓郎さんも空いている席に腰を下ろす。扉が閉まり、電車は静かに発車した。途中駅はない。ただ、窓の外だけが少しずつ現実から離れていく。
黒い森。上下の分からない崖。空中を漂う光の粒。見たこともない異彩な景色がゆっくりと流れていく。
もっとも、外を見続けることは推奨されていない。長時間眺めた結果、精神を病んだ例がいくつも報告されているからだ。注意書きには『自己責任』とだけ書かれている。
もう一つ、有名なルールがある。
最初から電車に乗っている『乗客』には、絶対に話しかけてはいけない。
何者なのかは分からない。話しかけた者がどうなったのかも、はっきりとは記録されていないのだ。だから誰も話しかけない。
幸い、今日の車両にそれらしい怪異の姿は見当たらなかった。
特にすることもなく、車内を見渡す。
向かいでは新人らしい探索者が緊張した顔で剣を握り締め、隣では別の探索者が新聞を読んでいる。
篠崎と御門、そして白石の三人は、警告も気にせず窓際に立ち、外の景色を眺め続けていた。二人は兎も角としても、本当に彼女は恐れ知らずだ。
十分ほどで、電車はゆっくりと速度を落とした。
唐木巣駅。
扉が開くと、一斉に人々がホームへ降りていく。俺たちもその流れに続いた。
ちなみに、この駅で降り損ねた人間は、そのまま元の十三番ホームへ戻されるらしい。
戻った人間は口を揃えて言う。
「何かが少しだけ違っていた」と。
それが何なのか、ただの勘違いなのかは誰にも分からない。
ホームは出店と人でごった返していた。
簡易食料やコンパス、地図にキャンプ用品。色んなものが売っている。ただし全て相場より少しだけ高いらしい。
露店には目もくれず、篠崎は駅の出口へと足早に歩みを進めた。
駅から外へ出ると、一瞬で景色が変わった。そこは一面の田園地帯だった。
昔のこの国の田舎の風景が広がっている。写真でしか見たことのないような、遠くの山の麓まで続く田んぼ。そこには異様な数の案山子が刺さっていた。
空は先ほどまで晴れやかな青空だったはずなのに、ここではどんよりとした橘色の夕焼けが広がっている。
「このエリアでは、時間は常に夕暮れ時で固定されているんだ。」
篠崎が歩きながら説明する。
あぜ道を歩いて通ると、立ち並ぶ案山子たちが一斉にこちらへ向かってギギギと身体をねじ曲げた。目玉のない顔が、確かに俺たちを追っているのが分かる。
けれど、地面に深く突き刺さった彼らがこちらへ足を進めてくる気配はない。
「こちらからちょっかいをかけない限り、奴らは安全だ。」
確かに、遠くの畦道では案山子に向けて魔法や矢を放っている探索者の姿が見える。動かない標的だから、遠距離攻撃の練習に丁度良いのだろう。
遠くから響く攻撃音を聞きながら、まるでハイキングでもするようにのんびりと歩く。
暫く歩くと、山が近づいてきた。重苦しく鬱蒼とした森が見えてくる。
森の入り口に佇む赤い鳥居をくぐった瞬間――じっとりと肌にまとわりつく熱気とともに、耳をつんざくような蝉の鳴き声が辺りに響き渡った。
見上げれば空は快晴。燦々と強い日差しが降り注いでいる。
ここは夏で固定されたエリアだ。
蝉の凄まじい合唱の中、巨木の陰から何か『白いもの』がこちらを覗いているのに気づく。それもまた、関わり過ぎなければ害のない怪異なのだろう。
不気味さに背筋を寒くしながら、見て見ぬふりをして白い石の散らばる土道を進む。
その先には、古びた小さな祠が見えていた。




