第6話 仕事選び
「さて、仕事を探すわよ。」
サユが一番やる気を出している。それはそれとして。
「一つ聞いていいか?」
「何?」
「その鍵、何?」
「何って、鍵だけど。」
「空間移動できる鍵ってことか?」
「あーなるほど。普通の鍵は扉を開けることしかできないのよね。」
サユは納得したようだ。
「この街の鍵は、扉を開ける以外にも、自分の頭で想像した場所に行けるのよ。」
「まじ?」
「まじ。」
「すごーい。どこにでも行けるってこと?」
「ううん、自分が行ったことがあって、その空間の管理者の許可を得ていることが条件よ。執政院はこのエントランスまでなら誰でも行けるわ。無限城も、みんなならもう行けるはずよ。」
「…その鍵、どこで貰えばいいんだ?」
「…想像すれば創造できるわよ。まあ、今はまだ難しいか。」
「あ、できた。」
白石がさらっとそう言った。その手には鍵がある。
サユは目を丸くして驚いた。
「凄い! 初めてなのに……。」
「えへへ。」
俺も「鍵、出てこい」と念じてみるが、手には何もない。それが当たり前なのだが…。
拓郎さんも同じようで、少し安心した。
「じゃあ、想像力の足りない二人にはこれをあげるわ。」
サユの手には、いつの間にか鍵が二本握られていた。
「失くしたらまたあげるけど、いつかは自分で作れないと駄目よ。」
「分かった。ありがとう。」
「ありがとうございます。」
鍵を握る。普通の鍵にしか見えないが…。不思議な力をまだ感じ取れないだけなのだろうか。
「じゃあ、仕事を探そー。」
白石は受付に駆けていく。
「お仕事下さいな。」
「はい。どのようなお仕事がご希望ですか?」
受付の人は慌てることなく、手元の書類に目を落としながら問いかける。
「そうですね、安全で、残業がなくて、好きな時に休めて、給料が良い仕事かな?」
そう言って、白石は俺の方を振り返った。
「ね?」
「あ、ああ…」
俺は肯定しようとして――自分がなぜこの街に来たのかを思い出した。
俺は、強くなりたいのだ。誰にも害されない強さが欲しいのだ。
「いや。危険があっても成長できて、異能が使えて、強くなれる。そして金も稼げる……この街らしい仕事がいい。」
白石は、少しだけ寂しそうに笑った。
「てことで、そんなお仕事ありますか?」
受付の人は優しく微笑んだ。
「それでは『異界の探索者』はいかがでしょうか。危険ですが、異界に直接潜るため異能にはすぐに目覚めます。依頼内容によっては一攫千金も夢ではありませんよ。」
「じゃあ、探索者になる。」
「かしこまりました。では、外道院でのご案内になります。」
「はあ…そういうことなら、こっちで預かるわ。」
サユは連れてきた意味がなかったと、呆れたように息を吐いた。
「拓郎さんは?」
「私もそちらで話を伺いたいですね。」
「なによ、結局みんな一緒? ほんと、呆れちゃうわね。」
そう言いつつも、サユはどこか嬉しそうだ。
「じゃあ行くわよ、外道院へ。」
鍵が回る音がして、周囲の景色がぐにゃりと歪んでいった。
外道院。それは異界に関する全てを管轄する組織だ。
『道を外れた理を理解するには、道を外れるしかない。そして、道を外れていることを理解しなければ、破滅へと導かれるだろう』
これは創設者の言葉…らしい。
故に、外道院。
道を外れながら、それでも理を正そうと足掻く者たちの集まりだ。
外道院は、言ってはなんだが少し変わった者が多い印象だ。
荒くれ者、おかしなマントを被った者たち、何かを叫び続ける者、どう見ても人間ではない異形。
サユからも事前に「気をつけるように」と言われていた。
これぞ万別街、といった風情だ。
外道院を進んでいくと、また受付があった。
万別街だというのに、役所の雰囲気はどこも同じのようだ。
今度はサユが話を通し、書類が確認され、俺たちの名刺(身分証)が発行される。
「はい。それではあちらにある依頼ボードから依頼をお受けください。皆様は『赤鉄級』ですので一番左のボードになります。それでは、いってらっしゃいませ。」
「これで終わり?」
「一応、先輩探索者の手ほどきを受けることができる指導プログラムがあります。受講されますか?」
紙を渡される。そこには探索者の名前と指導プラン、そして金額が書かれていた。
どれも驚くほど高額だ。
『スタンダードプラン』――その名前を見て、俺は船での出来事を思い出した。
えっと、たしか……篠崎仁。
ポケットから貰っていた名刺を取り出して、机の上に置く。
受付の人は目を見開いた。
「その方でしたら、こちらになります。」
『スタンダードプラン 一日 五百万』
この書類の束の中でもトップクラスに高額だった。
あの人、確かスタンダードプランって言っていたよな。
まさか、あのイヤリングのお礼が五百万に化けるとは……。
「えっと…ちょっと約束してるんだ。」
「少々お待ちください。」
受付の人が受話器を取り、電話をかけた。数コールで繋がり、電話口から男の声が聞こえてくる。
その声は次第に近づいてきて――。
「ああ、ほんといい買い物したよ、お前。」
背後から直接声が聞こえた。
振り返ると、篠崎仁と、あの女性が立っていた。
「よう、ここまで来たか。じゃあ行こうか。そこの連れどもも一緒でいいよ。」
「あ、おう……ありがとう。」
「ありがとー!」
言っている間にも、仁はさっさと歩き出す。サユと拓郎さんは何が何だか分からずに混乱している。白石も事情を知らないはずだが、楽しそうについていく。
俺も慌てて追いかけた。
「あんた、いつの間にかあの二人と知り合ったの!?」
サユが小声で耳打ちしてきた。
「船の上で……落とし物を拾ってあげたんだ。」
「落とし物って、あの二人の……!?」
「強いのか、あいつら。」
「強いなんてもんじゃないわよ! 外道院でも十本の指に入るわ。それに……」
サユは言いかけ、ぎゅっと口を噤んだ。
「それに?」
「……ううん、何でもない。」
「なあサユだっけ? お前も一緒に行くか?」
篠崎が振り返って声をかけてくる。サユは首を振った。
「ちょっと…用事があって。ごめんなさい。」
「そうか。」
篠崎は気にする様子もなく、何もない空間に手をかざした。するとそこに、歪んだ丸い穴が現れた。
「鍵は使わないの?」
「慣れてきたら鍵はいらないよ。思うだけで、念じるだけで移動できる。さあ行こうか。」
白石と拓郎さんが真っ先に飛び込み、俺も後を追う。
何度目かの空間転移。振り返ると、サユは寂しげな、けれど優しい笑顔で手を振っていた。




