第5話 内見
「おーい。」
白石の声が聞こえる。誰かを呼んでるのか?
「おーい、起きろー。置いてくよ。」
振動が世界を揺らす。そうか、呼ばれているのは。
「俺か。」
「あ、起きた。お客さん、寝てたらダメですよ。良い物件は苺一会、美味しい苺は腐るのも速い。ですよ。」
目の前には喋るうさぎがいた。そうだ。俺はこいつに攫われたのだ。
「…どうやら、このうさぎは不動産屋らしく、物件を紹介してくれるようです。」
「そうですね。そうですよ。だから早く。スピーディーに。まずはこちら。」
辺りは何もない真っ黒な空間。うさぎが鍵を空間に差し込む。そこに扉が現れた。
「八条人魔。つまりワンルーム?家賃は千五百六十時間で壱万。どう?」
「えっと、風呂とトイレ、キッチンはありますか?」
俺はまだ喋るうさぎを受け入れる段階だが、拓郎さんは流石で、もう物件に関する質問ができている。
「ないね。」
「では共同?」
「トイレはどこでもできるよ。草むらでいいのでは?お風呂は雨で、気持ちいいよ。」
「…なるほど。理解しました。」
「ここでいいね?」
「あ、いえ、そうですね…。最近、人間からの人気の高い三万以下の物件…ないですか?」
「ここも人気あるね。ここでいい?」
「別のところでお願いします。」
「そう…。じゃ、次ね。」
別の扉を開く。
「にーえるでーけー、七時間六万。」
「高いですね。あと、できれば一ヶ月での家賃を教えてほしいです。」
「…その要望、人間多いね。ごめんね、それわからない。」
「そうですか…。ちなみに、人間の不動産屋を知りませんか?」
「????私じゃ不満?踏まん?大丈夫。もっと良いところ知ってる。」
鍵を回す。
「今の広さはワンエルデ畏敬。今の家賃は百時間三千。今のところトイレあり、風呂共同。キッチンは共同。今のところは。」
一日二十四時間として、四日で百時間。一ヶ月で八千ほどか。値段はマシだろう。
「…今のところは?増えたり減ったりすることがあるのですか?」
「無限城は無限に変わる。部屋の大きさ、構成、廊下も、たまに誰も抜け出せず。怖い怖いよ、でも人気。」
無限城…そんな話をサユがしていた気がする。
「サユさんが言っていた建物ですか。」
「俺も今、思い出した。たまに出られなくなるってあいつも言ってたな。」
「内見……する……か?」
うさぎは扉の先に入り込む。これはついて来いということだろうか。躊躇しているうちに白石が入り、次に拓郎さんが入った。俺も続く。
「わ!」
目の前に便器があった。トイレか?違う。壁から便器が生えているのだ。
「こっちだ。」
うさぎは廊下をすたすたと歩いていく。ジャンプはしないようだ。
廊下からは便器以外にもテーブルや謎の銅像、果てはよく分からない生物の足が生えていた。
「…廊下の壁はあんまり触らないほうがいい。取り込まれる。よ!!」
その言葉に、触ろうとしていた白石がさっと手を引いた。うさぎは慣れた様子でスタスタ歩き続ける。
「ついたぞ、ここだここだ。」
うさぎがある一室の前で止まり、鍵を開けて、ドアを開ける。その瞬間。
「ガアアアアアァァァァァ!!!!」
謎の怪物がそこにいた。何とも形容しがたい…何かだ。
バタン。うさぎが扉を閉めようとしたが、中から出てきた触手がうさぎを掴み取り、そのまま扉の中に引きずり込んだ。
扉の中ではバタバタと激しい物音が響き、叫び声が上がり、やがて静かになる。
廊下は沈黙に包まれた。
「…帰ろっか。」
白石がそう言った。至極同感だった。しかし。
「どうやって帰る?」
来る時に使った扉はもうなかった。鍵もうさぎと一緒に消えてしまった。
ここから、出られるのか?
「…だいぶやばい?」
「かもな。」
「縺ゥ縺?°縺励∪縺励◆縺具シ?」
気がつけば、俺の横に何かがいた。
グレイ宇宙人のような見た目で、人型だが身体の中の内臓が透けている。それが真っ赤な目で俺をじっと見て、何かを言っている。
「縺ゅ?縲√↑縺ォ縺九♀蝗ー繧翫〒縺吶°?溽ァ√〒濶ッ縺代l縺ー隧ア繧定◇縺阪∪縺吶′縲ゅ♀遉シ縺ッ縺ゅ↑縺溘?閼ウ鬮?r蟆代@蜷ク繧上○縺ヲ縺?◆縺?¢繧後?螟ァ荳亥、ォ縺ァ縺吶?」
「白石、逃げるぞ。」
「うん、私も提案しようとしてた。」
「少しずつ、離れましょう。」
一歩、また一歩、後ずさりをする。
怪物もそれに続き、一歩、一歩近づいてくる。
「縺ゥ縺薙∈陦後¥縺ョ縺ァ縺呻シ溷峅縺縺ヲ縺ェ縺??縺ァ縺吶°??」
相変わらず何を言っているか分からない。
「俺が合図したら走るぞ。」
駆け出そうとしたその時、怪物が吹き飛んだ。
まるでロケットみたいにどこまでも飛んでいって、そして廊下の果てに見えなくなる。
「…間に合った。」
「サユ!」
白石が抱きついた。そこにはサユがいて、呆れた顔で立っていた。
「あんた達がバカうさぎに連れて行かれたって聞いて来てみれば…。」
「ありがとう。来てくれるって信じてた。」
「はい、はい。」
「どうやってここが分かった?」
「うさぎが空けた空間の穴を辿って。」
当たり前のようにサユは言う。この街では当たり前の技術なのだろうか。
「サユさん、私たち物件探しをしてるのですが…。」
「そんなのここで良いじゃない。」
サユがとんでもないことを言い出した。確かに、彼女は最初からここを紹介していたが。
「うーん、ここは危険すぎない?」
「この階にいるからよ。ついてきて。」
サユは廊下を歩き出す。
いくつかエレベーターや階段があるが全て無視し、曲がり角を曲がった。
すると、人とすれ違う。怪物ではない。普通の人だ。
「おはよう。」
サユが声をかけると、向こうも挨拶を返した。
普通の人だ。
「この階ならあんなのはいないわ。」
「この階って、階段もエレベーターも使ってないぞ。」
「階段とかエレベーターとか使わなくても階層の移動はできるでしょ?」
頭がおかしくなりそうだ。ここの常識はどうなっているんだ。
「ほら、ここよ。」
サユが案内したのは角部屋だった。表札には【らぬほせなん】と書かれている。
そして下に「空き部屋」とある。
「ここ、前の住人が死んだから空いてるの。この階層には人間しか立ち入れないから安全だし、中も広いわ。異界からも離れてるからそこまで変わらないはずよ。」
「家賃は?」
「いらないわよ。勝手に住めばいいわ。」
「いらない…ですか?」
拓郎さんがとんでもない顔をしている。確かに驚きだが。
「その裏では、誰が涙を流してるんですか?誰が残業しているんですか??」
「?誰も泣いてないけど。強いて言うなら、ここに住んでいると魔力とかをちょっとずつ吸われるわね。この城に。でも大した量じゃないから大丈夫よ。」
「それが家賃の代わりか。」
「そうよ。あ、でも問題が。二部屋しか空いてないの。一つはちょっと広いから二人くらい住めると思うけど…。」
「…だったら、私とこの人は一緒に住むので大丈夫ですよ。」
白石が俺を指差して言った。
「は?一緒に住むって…本気?」
「はい、前も一緒に住んでいましたし。」
確かに、一緒に住んでいた。こいつには契約できる部屋がなかったからだ。
「…そう。なら何も言わないけど…。」
サユは少し呆れたような目をした後、白石と拓郎さんに鍵を差し出す。
「私は別の部屋を探しても良いですよ。」
拓郎さんは遠慮がちに白石を見て言った。
「大丈夫だよ、ねえ。」
俺に選択権はあるのだろうか。別に不満ではないが。
「ああ。」
「そうですか。なら、頂きます。」
拓郎さんは鍵を受け取った。
「これで部屋探しは終わったわね。じゃあ、次は仕事を探しに行きましょう。」
サユは適当な扉に鍵を突き刺し、そして回した。
扉の先は、先程いた執政院の職業案内所だった。混雑していた人混みも、先ほどと変わらない様子で残っている。
もう、驚くことにも疲れてきた。




