↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幻想律ブレインアート  作者: 明空


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/18

第3話 船の中で

「良い嫌味だったね。」


 白石が笑った。


「え?嫌味か、あれ?」

「安全運転だったとか、連れてきてくれて…とか、嫌味じゃない?」


 確かに、そう言われればそんな気も…。


「怒らせたか?」


 素直に感謝を伝えたかっただけなのだが。


「大丈夫でしょ。気にすることないわよ。」


 サユが伸びをしながら言った。


「早く行きましょう。あと一回の乗り換えで万別街よ。」

「えー、あと一回あるの?またこれやるの?」

「今度は、起きているよう頑張ります……。」


 拓郎さんが恐縮したように頭を下げた。俺達は次の電車のホームに向けて歩き出した。しかし、サユの先程の姿について触れる人はいなかった。


 幸い、次の電車は何だか途中止まったものの、一時間ほどで目的地についた。やはり、先程の電車の車掌が特別だったらしい。

 ホームには、初めて万別街を訪れる方はこちら、と、標識があった。

 それを辿っていくと、検査室が現れる。


「まだ若いんだから…。」

「仕事探してるなら、私たちが面倒みるよ。」


 ここは最後の勧誘だ。だけど、もう、ここで止まるような俺ではない。

 白石、拓郎さん、サユは、脇目も振らずに、歩いていく。検査室の中までは、彼らもやってこなかった。

 男女別の検査室に入らされ、全裸にされて、穴のまた穴まで見られる。

 謎の溶液につけられて、洗われる。

 血をこれでもかというほど取られてへとへとになる。

 全てが終わった時には、立ち上がる元気もなかった。

 貸してもらえた松葉杖をつきながら、歩いていると、前方に白石が見えた。


「よう、お前も終わったのか。」


 背後から白石に声をかけると、彼女はビクリと肩を震わせて、振り返った。


「ああ、うん、終わったの。」

「お前も裸にむかれたか、あれやばいよな。」

「あ、うん。」


 珍しく歯切れが悪い。顔を見ると、少し赤くしていた。いくら白石でも、女の子にズケズケ聞くことじゃなかったか。


「なるほど、これはこれで面白いな。」

「…なにが?」

「いや、なんでも。」


 こいつにもそんな感情があったのか。


「他の二人は?」

「分かんない。まだだと思う。」


 そんな話をしていると、遠くから松葉杖をついた覇気のない男の姿が見えた。

 なんだか、酷く小さくなったような気がする。


「わあ、皆さん…。こんにちは。」

「…大変だったな。」

「身体がぼろぼろだと言われました…。検査がどんどん増えていって…。最後の方は何が何だか…。お前が行くのは病院だと……断りましたが。」


 拓郎さんは苦笑した。


「サユは?」

「ここにいるわよ。」


 横からひょっこりと顔が出てくる。顔色は良さそうだ。


「皆、揃ってるわね。ほら、行くわよ。船が出ちゃう。」

「船?」


 まだなにか乗るのか。


「万別街は湖に囲まれてるの。連絡船が一日三回出るんだよ。」

「じゃあまた妨害があるのか?」

「ないわ。連絡船は万別街との共同運営だから、彼らが妨害なんて、チンケなことさせない。」


 廊下を歩いていくと、外に出た。

 風が強い。船の音が聞こえる。辺りには、自衛隊と思わしき制服を着た人達が歩いていた。

 ここは日本の終わり、万別街への玄関口だ。

 松葉杖を返してから、連絡船と書かれた看板に従い、船に向かう。もう、たくさん歩かなければいけないなんてことは無く、直ぐ側に発着場があった。ここで、検査の時預けた手荷物も返してもらう。あの老人から貰った金は没収されるかと思ったが、血まみれのまま返ってきた。


 今日の最終便である船に全員乗り込むと、ちょうど出航時刻だ。船がゆっくりと陸を離れていく。

 明るい機械都市が、暗闇に吸い込まれ消えていく。遠ざかっていく日本を背に、近づいてくる陸地に思いを馳せた。

 夜の空には月が輝く。夜の湖面は暗く沈んでいる。


「向こうに着いたら、皆はどうするんだ?」


 甲板で、湖を眺めながら、尋ねる。


「私は、取り敢えず戻って報告してから家に帰るわ。あなた達は多分、初心者講習があると思うわ。多分、無料だから聞いていきなさい。」

「そうか。ありがとう。」


 波の音が聞こえる。水面を見ると、暗い水の中に、大きな魚影が見えた。体長は何十メートルあるだろうか。

 魚影は船の周りをくるくると回っていたが、不意に水しぶきを立てて去っていった。


「私たちには聞こえない超音波で追い払ったのよ。」

「…なんだあれ、デカすぎないか。」

「異界から出てきてここに住み着いちゃったのよ。あれくらいで驚いてたら駄目よ。最もヤバいのもこの湖にはたくさんいるわ。間違っても泳いじゃ駄目よ。」

「ああ…でも、そんな気にはなれ…ない。」


 気持ち悪くなってきた。船酔いというやつか。頭がぼおっとして、何も考えられない。船には乗ったことなかったから、酔うタイプだとは知らなかった。


「酔い止め…いりますか?」


 拓郎さんから酔い止めを貰う。飲んでみるもあまり効果がない。


「中で休んだら?」

「そうしようかな…。」

「私はまだ少し外にいるね。」


 ふらつく足で中に戻る。中では、少なくない乗客とすれ違った。一体どこから来たのだろう。

 座敷を見つけて、ふらふらしながら横になる。絶妙に気持ちの悪い揺れ方、一番嫌なタイミングで揺れが起こる。


 目を瞑って寝ようとするも、吐き気と目眩で目が覚める。大人しく、寝もせず、ただ、横になる。視界が曖昧になる夢と現実の境目が分からない。そこに、キラリと光るもの。

 特に何も考えず、廊下に落ちていたそれを拾い上げた。


 それはイヤリングだ。価値は分からないが、高価そうな気がする。

 売ったら金になるだろうか。一瞬、いつもの癖でそう考えたが、ここはもう万別街の領域だ。その行動がどういう結果に繋がるのか分からない。

 拾ったのを後悔する。そのまま戻すのが良いだろう。だが、ちょうど人が通りかかって、戻すタイミングを失う。そのまま気持ち悪さが頂点に達して、座り込んでしまった。


 何人もそこを通りかかる。


 だれか何かを探している人はいないか薄目を開けて確認する。何人も何人も通りかかる。だけど、下を向いている人はいない。そうしているうちにだんだん眠くなってきた。


 一人、男が通りかかった。下は向いていない。その後の女、その視線を受けた時。


「…あなた、何か持ってる?誰か探してる?」


 突然、女が話しかけてきた。その目は、何かを探るというより、確信している目だった。


「…ああ。イヤリングを見つけたんだ。」


 あったことをそのまま言った。隠し事はできないと思った。


「ほんとか?」


 男が戻ってきて問いかける。俺はポケットからイヤリングを取り出した。


「お前のか?」

「ああ…ああ!」


 男は嬉しそうに頷いた。俺はイヤリングを男に渡す。


「ありがとう。助かった。探してたんだ。」

「そうか、よかった。」


 俺はそう言って立ち去ろうとしたが、男が引き止める。


「何か礼をさせてくれ。すまん、今手持ちが少なくて、これくらいしかないが。」


 男は懐から紙を十枚ほど取り出して、俺に渡しようとする。貰えるものは貰っておこう。しかし、この十枚がどれほどの価値なのか俺には分からない。


「…いや、それはいい。その代わり、万別街とか異界のこととか、まだよく知らないんだ。教えてくれよ。少しだけでいいから。」


 そう言うと、二人は顔を見合わせた。


「…高くついたわね。」


 女がそう言って笑った。


「うるせえよ。」


 男は不満そうに呟いた。


「…不味かったか?」

「いや、それでいこう。そうだな。落ち着いたらこの番号に連絡してくれ。スタンダードプラン分は働いてやるよ。」


 男は名刺を渡す。そこには、篠崎仁と書かれていた。


「スタンダード…?」

「いつもやってるんだ。初心者相手の説明や訓練。それのよくあるプランだ。」


 他にも色々聞きたかったが、直ぐに二人は去ってしまった。

 その後、少し眠って、起きて、暫くすれば気分もマシになったから、甲板に出る。

 まだ真夜中の湖面は相変わらず何も見えなくて、人もほとんどいなかった。皆眠っているのだろうか。


 一人、散歩がてら甲板を歩いていくと、ベンチに見慣れた後ろ姿が見える。白石だ。一人で湖をぼおっと見ているようだ。近づいていくと白石も気づいた。


「酔いはもう治ったの?」

「ああ、平気だ。」

「そう…。」


 それっきり、白石は再び湖に視線を向ける。俺も隣に座って、同じ方向を見つめた。


「…まだ、万別街に行くのは反対なのか?」

「別に反対じゃないよ。気が乗らないだけ。」

「そうか」

「でも、楽しみでもあるよ。旅行をするのは好きだもん。知ってるでしょ。」

「ああ、」


 何度か、彼女にねだられて旅行したことがあった。動物園と、温泉と、後は何だったか。


「温泉…入りたいな。」

「ああ。今日は疲れた。」


二人で、ただ、暗い湖面を見ていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。