第2話 終点の簒奪者 後編
夜になった。
皆、疲れからかうとうとしだして、別々の座席に行き、タオルケットをかぶって横になった。サユは持っていないようだったから、余っていたのを貸してあげた。
車内には食料自販機もトイレもあるとはいえ、ベッドやシャワー室はない。不快な環境にうんざりする。
白石とサユも、ぐっすりと眠っていた。
拓郎さんも、先ほどまでは起きていたが、今はすやすやと寝息を立てている。
夜になってもまだ着かなかった。あと、何回停車するのだろう。ゆっくりと流れる車窓の景色を見ながら思う。このまま、永遠に着かないのではないだろうか。
スピーカーから小さく音楽がかかりだした。どこかで聞いたことのある曲だ。BGMのつもりだろうか。聞いていると、少しだけ眠たくなってくる。もう今日は着かないだろうし、眠ってしまおう。そう、横になろうとした時、目の前に人がいた。
「…お前。」
「おはよう。」
白石は、まるで幽霊のように、いつの間にかそこに立っていた。
「何してんだよ。」
「…ジムノペディ第一番。私、この曲好きなの。ゆっくりと苦しむように、眠っていけそうだから。」
「…そういう名前なのか。」
ゆっくりと苦しむ。そうだろうか、俺には安らぎしか感じなかった。
「二人とも眠ってる。車内はつらいよね。この列車は、昼間はわざと不快な振動を起こすように設計されている。夜はぐっすり眠れない?振動モードが二パターンあるんだろうね。多少速度を速くしてもそうそう起きないように。」
「…何が言いたい?」
「だからさ、」
白石は言葉を切った。
「もう着いたよ。」
その瞬間、アナウンスが早口で何かを話す。そして。
全ての扉が開いた。
「な…!」
『この列車は終点です。この後、十秒後に特別特急○○行きに変更されます。』
終点?着いた?いつの間に?現在地点は把握していたはずだ。いや、そんなことはどうでもいい。十秒後と言ったか。○○行き?帰る気か!!
「おい!早く出るぞ!」
「うん、分かった。」
白石は飄々と歩いて、扉へと向かう。俺は走って、外へと。
その視界に、拓郎さんとサユが映った。
「…起こさなきゃ。」
「あと五秒だよー。」
分かっている。でも、見捨てられない。
「拓郎さん!!サユ!」
扉に走りながら大声を上げる。
残り三秒。空いている扉に滑り込む。振り返るも二人はまだ起きていなかった。
「起きろ!二人とも!!」
『扉が閉まります。ご注意ください』
目の前で、扉が閉まろうとする。無我夢中で扉の間に体を挟む。扉が俺の体にあたる前に停止し、開き始めた。
そうだ、扉は人がいれば開くのだ。当たり前のことを忘れていた。突然のことだったから。寝起きの頭が冴えてくる。扉に体を挟みながら、必死に叫ぶ。
「起きてくれ!くそ、おい!白石、あいつら起こして来てくれ!」
「はーい。」
白石が扉をくぐろうとした時、扉がもう一度閉まりかける。白石はそのまま通ろうとして、何故か諦めて一歩下がった。
「危ないよ。」
その言葉通り、扉は勢いを弱めず、俺の体を挟み込む。
「ぐはっ…なんで?」
そこまで痛くはない。だが、ものすごい力で俺の体をつぶそうとする。今ならまだ、体を引くことはできそうだ。しかし、そんなことをしたら扉が完全に閉まってしまう。
「安全装置を切ったね。徹底的にやるつもりみたい。」
「くそ、嫌がらせかよ。」
「何を言ってるの?嫌がらせだよ、最初から最後まで全部。」
白石は何をいまさらと笑った。
「で、どうするの?大声で呼び続ける?でも、体も限界じゃない?」
骨がミシミシと音を立てている。なんとなく分かる。たとえ骨折しても、この扉が緩まることはないだろう。絶対に、二人はこのまま連れて帰るという意思を感じた。どうしてそこまで。そんなに国は俺たちに、万別街に行ってほしくないのか。
「いや、そうじゃないな。国じゃない、たぶん人だ。」
俺は監視カメラの方向を見て声を上げる。
「おい!お前!見てるんだろ?今までのはいい、だけど、これはどう考えてもやりすぎじゃあないのか。人死にが出るぞ!お前の個人的な恨みで人を殺してもいいのか?なあ?!」
扉の圧は下がらない。むしろ強くなっているように感じる。返答もない。二人もまだ起きない。諦めかけたその時、スピーカーから男の声が聞こえた。
『人殺しはお前たちをあの地獄に送り込んでしまうことをいう。その意味では、私は今から車内の二人を殺してしまう。私を人殺しにしたくないのならば、二人とも、今すぐに列車に戻るべきだ』
扉の開く音がした。俺が挟まっている、その横の扉だ。
『さあ、そこの女性の方。電車に忘れ物をしたのではないかね。あなたが電車に入れば、そこの男も楽になるだろう。でなければ、閉まりかけている電車の扉に体を突っ込む愚か者は両断されても仕方あるまい』
「うーん。人質を取られちゃあ仕方ないなー。」
白石は電車に戻ろうとする。
「待て!戻るな!そこでじっとしてろ!」
「うん、わかった。でも、早く決断しないと体が真っ二つになっちゃうよ。」
その時、俺の隣で空いていた扉が閉まった。革のように分厚いゴムの縁。そしてもう一度開き、そして閉じる。それだけだ、だが、音がおかしい。
ジャキン!
金属と金属がぶつかるような音だ。まるで……。
「ギロチンみたいになってるよ。」
「…嘘だろ?」
横目で、隣の扉の戸先が刃のように鋭利になっているのが見えた。まさしくギロチンの様相だ。
『通称、ギロチンモードだ。万別街のシーカーどもに対抗するため導入された。確実に業務に支障をきたすものに対して執行される。あと一分以内にお前が諦めるか、電車に戻り大人しく帰るかせねば、次は私がお前を挟んでいる扉をギロチンにする。さあ、決断を下せ』
高らかに笑う、この電車の主。彼は本気だ。本気でここまでやっているのだ。理解できない、だが、それをするだけのものが万別街にはあるのだ。
「俄然、行きたくなってきたな。」
『減らず口を!この、終点の簒奪者の名に懸けて、お前たちを万別に行かせはしない!!』
終点の簒奪者……。そうか、こいつがそうなのか。ネカフェで見た、万別に強い恨みを持つ車掌。その恨みの原点は分からない、きっと何かがあったのだろう。だが、俺は行かなければならない。そうだ。俺も、皆も、行かなくちゃいけないんだ。
「お前ら起きろ!!!いつまで寝てんだ!!寝過ごしてんじゃねえよ!!!!」
カラカラになるまで声を張り上げる。体力ももうない。だけど諦めない。
「拓郎さん!ブラック企業から逃げ出すんだろ!こんなとこで寝てんじゃねえよ!それでも社会人かよこのボケが!!」
扉の圧が強くなる。もう、体力も残っていない。それでも二人は起きない。何故?なんだか俺も眠く……。
「…何か撒いてるね。」
白石が言った。
「薬…か?」
「多分。ここまで騒ぎになって起きないのもおかしいし。」
「そう、か。」
もう怒る元気もない。このまま、挟まれて死ぬのだろうか。サユはここの生まれだと言っていた。このまま降りられなくてもいつか戻ってくるだろう。拓郎さん…は、どうだろうか、ブラック企業に捕まってしまうかもしれない。そうしたらまた、電話を三コール以内に取る生活に……。
「あ。」
ふと、思いついた。
「白石!お前、拓郎さんに電話かけられるか?」
「…電話番号知らないよ。」
「あ、そうか。でも、そうだ、着信音だけでいい。着信音を最大にして、拓郎さんのそばに!」
「あ!そういうことか。でも、上手くいくかな。」
「狙い通りいかなくてもアラーム代わりになるかもしれない。早く!」
白石は端末を操作して着信音を流す。そして、扉の隙間から拓郎さんに向かって端末を投げた。今の時代、着信音のデフォルトは皆一緒だ。着信音を変えていない限り、きっと拓郎さんは。
ガン。拓郎さんの近くに端末が落ちる。見事なコントロールだ。無機質な音楽が流れる。
ワンコール、ツーコール、スリーコール。
気が付けば、端末を耳に当て、拓郎さんは立ち上がっていた。直立不動で、背筋を伸ばして、そこにいた。
「はい、お世話になっております。私……。」
途中まで言いかけて、我に返ったようだ。辺りをきょろきょろと見まわしている。そして、扉に挟まれている俺と目が合った。
「…え?」
「よう、おはよう。できれば、早急に、ちょっと手伝ってほしい。まじ、そろそろ…限界…。」
「わ、分かりました!!」
拓郎さんは慌てて、扉を開けにかかる。力を込めて、左右に押し開こうとする。しかし、拓郎さんが目覚めたことに車掌ももちろん気づいたのだろう。扉の力はさらに強くなっていく。
「く、くそ…。」
「待ってください!私!降ります!!」
拓郎さんがそう宣言するも、それで解決するなら世話はない。だが、俺たち二人がかりでようやく、扉はちょっとずつ開き始めてきた。
その頃、様子をモニターで見ていた車掌は焦っていた。目の前にはギロチンモードのスイッチがある。
まさか、二人目が起きてしまうとは。散布していた薬品の効き目には自信があった。しかし、その効果を超えてきた。人間の生存本能、ブラック企業心と呼ぶべきだろうか。
今、ギロチンを作動させれば、確実に勝てるだろう。しかし、二人は確実に死ぬ。車掌は、人殺しをしたいわけではなかった。
「…どうしたらいい。」
その迷いが、勝敗を分けた。
「…勝った、ね。」
白石が呟いた。
「え?」
白石の見つめる先を見る。真っ白な髪、真っ赤な瞳。そして、背中からは翼が生えている。
その少女は、形容するなら、さながら。
「天使…。」
その天使……サユは、目を開けた。
「さすがに、起きたわよ!」
その瞬間、車両の全ての扉が開いた。風が吹き荒れる。羽が、大量に空を舞っていた。
サユは、開いた扉を悠々と歩いて通り抜ける。俺と拓郎さんも慌てて外に出た。その瞬間、音を立てて全ての扉が閉まった。
俺たちは外に出たのだ。
「やったね。」
白石が笑顔で俺の背を叩く。激痛が走り悶える。白石は笑っている。悪魔かこいつ。
「脱臼…したかも。」
「だ、大丈夫ですか?!すみません、すっかり寝てしまっていて…。」
「そうよ!何で起こさなかったのよ!」
髪色も茶色に戻り、翼もなくなったサユが腕を組んで文句を言う。そんな、理不尽な。そう思うもこの子のおかげで脱出できたわけだから、あんまり強いことを言えない。
「まあまあ、何はともあれ、電車を降りられたわけだからさ。」
「…そうですね、ありがとうございます。」
「結果は良しとするわ!」
釈然としないが、まあ、いいか。電車を見る。丸一日いた鋼鉄の魔城だ。まさか、万別街に入るまでにこんなに苦労するとは思わなかった。さすがだ。
俺は痛む身体を引きずりながら、車両の前方に向かって歩き出す。それを見たサユは目を輝かせて。
「お礼参りね!ボコボコにするのね!」
「しないよ。そこで待っててくれ。」
車両の数は少なかったから、あっという間に一番前まで来られた。
車掌室の扉を叩く。
「よう、車掌さん。俺達は行くよ。」
中からは返事はなかった。扉も開かない。でも、聞いているだろう。
「確かに、危険なことも多いかもしれない。でも、自分の目で見たいんだ。体験したいんだ。ごめんな、お前の願い通りになってやることはできない。でも、ここまで連れてきてくれてありがとう。安全運転だったぞ。」
汽笛が鳴る。電車が少しずつ、動き出した。
やがて電車は見えなくなった。ここからは特急だ。このまま戻っていくのだろう。それを、見えなくなるまで見送った。
マサは、先程叩かれていた窓から、遠く、去っていく駅の姿を見た。先程の若者がこちらを見つめている。そこに、かの日の息子の姿を重ねた。
昔、彼は、同じように息子を送り届けた。
「俺は、自分の目で見たいんだ。」
そう言って笑った彼は、一年後、無惨な姿で帰ってきた。誰の恨みを買ったわけではない。ただ、ありふれた、名前のない抗争に巻き込まれて死んだ。その時決意したのだ。もう、誰一人、このホームを踏ませないと。
だけどもう、辞めても良いのかもしれない。結局、覚悟を決めた若者を止めるすべなど存在しない。
マサは、帽子を取って、机に置いた。
「…行ってらっしゃい。若者よ。願わくば、貴殿の旅に幸があらんことを。」
汽笛を一度鳴らした。電車は、暗闇に包まれて、見えなくなった。




