第14話 捜索②
「で? そろそろ話をしないか。」
食事も一通り終わった後、俺は切り出した。
「話? 何のだ?」
篠崎は満足そうに満腹の腹をさすり、煙草をくわえながら尋ねてくる。
「サユを探すための話だよ。」
「ああ。だが何の話をするんだ? 何か手がかりでもあるのか。」
「それは…。」
白石と拓郎さんを交互に見るが…二人とも不発そうだ。
「何か…意見は…。」
「…彼女の家を探すのはどうかな。鍵をこじ開けて入れば、何か手がかりがあるかも。」
「…無理だな。あいつの家は無限城だろ? あそこは大家の許可がいる。次はいつ現れるか分からない場所だ。」
「それじゃあ…あの子の行きそうな場所を探す?」
行きそうな場所。飲食店だろうか。だがそんな場所でのんびりしているはずもない。俺たちは、彼女のプライベートをほとんど知らないのだ。
黙り込んでしまった俺を見て、篠崎は煙を吐き出しながら言葉を継いだ。
「俺たちも個人的に調べてたんだ。そしたらこいつがヒットしてな。」
彼は懐から一枚の写真を取り出した。写真はマグショット――逮捕された時の証明写真だ。
赤いシルクハットに赤いコート。黄色のネクタイをしめた、痩せた男が写っていた。
「運び屋クルル。そのサユとやらが本当に向こうのエージェントなら、こいつが逃走に手を貸している可能性は高い。」
「本当か? 根拠は?」
「とある筋からの情報だ。ソースは言えない。だが、西側と東側を股に掛ける本物の運び屋なのは間違いない。人でも、モノでも何でも運ぶ。痕跡をほとんど残さず完璧な仕事をする奴だ。西側に渡るならこいつ以上の適任はいない。」
「でも、写真だけで見つけるのは難しいんじゃない?」
「居場所も掴んでいる。あとは行くだけだ。」
行くだけなら簡単だ。情報を一から集める必要も、探しまわる必要もない。
だけど、ここまで都合よく事が運ぶと逆に怪しんでしまう。篠崎たちの目的は何なのだろうか。
「そこまで掴んでいるなら、自分たちで行ったらいいんじゃ…。」
「言ったろ、興味ねえんだよ、指名手配の依頼には。」
あくまで俺たちのために集めてくれた情報だということか。篠崎は、そこまでお人好しな人間だっただろうか。分からない。俺たちと彼らの間に、そこまでの義理はない気がする。けれど、本当は情に厚い男なのかもしれない。
「えっと…じゃあ、その人を訪ねて『サユちゃんを返してー』って頼むの?」
「まあ、そうなるな。」
「それで…返してくれるのか?」
「くれるかもしれないだろう。お前たちはあいつの知り合いなんだから、接触の余地はある。あくまで堂々と行くんだ。『隠し事はありません』という体でな。そうすれば向こうも態度を軟化させるかもしれない。」
「なるほど…。拓郎さんはどう思います?」
隣を見ると、すでに酒瓶を五、六本空けている男の姿があった。
「…そうですね。これしか情報がない以上、行ってみる価値はあるかと思います。」
しかし、拓郎さんは至って普通に会話に交ざってくる。相変わらず酒には異常に強いようだ。
「白石は?」
「私はまあ、どっちでもー。」
「じゃあ決まりだな。近くまで連れて行ってやるよ。」
結局のところ、大事な話は数分で終わり、あとの二時間はひたすら飲み食いしていただけの部屋を後にする。会計は篠崎が持ってくれるようだ。伝票を受け取るまで内心ヒヤヒヤしていたが、彼が明確に「ここは俺が持つ」と言ってくれて初めて胸を撫で下ろした。
帰り際、店員から一人一つずつ鍵を渡された。
これで一見さん卒業らしく、次からはいつでもこの料亭に来店できるらしい。伝票の数字を見る限り、俺たちが自力で来られる機会はなさそうだが。
白石が去り際に気になったのか、店員の頭に被せられた紙袋をひょいと持ち上げた。
そこには髪の毛がなく、目もなく、耳もなく、口は固く縫い合わされ、鼻は削ぎ落とされた痕がある――そんな惨烈な顔があった。
これが、極秘を約束する店の正体。
白石はさっと紙袋を戻し、見なかったことにしたらしい。
転移が終わると、見覚えのない場所に出た。
周囲には人が行き交っている。すでに篠崎と御門の姿はなかった。あとは自分たちで何とかしろということだろう。
端末で地図を確認すると、確かにクルルのアジトからほど近い場所だった。地図を頼りに進んでいくと、大通りから少し折れただけで人通りが途絶えた。
古いビルが立ち並ぶ、薄暗く細い路地だ。
進んでいくと、シャッターの降りた商店街の無残な跡地が見えてきた。そのうちの一角が目的地だった。
以前は活気のあふれる場所だったのだろうか。既に死に絶えた商店街には人一人いない。
目的の古いビルにも一応インターホンが付いているが、生きているかは定かではなかった。シャッターも黒ずんで錆びつき、開くかどうかすら分からない。
「とりあえず、鳴らしてみるぞ。」
正面から堂々と行けというアドバイスに従い、俺は躊躇なくボタンを押した。
ピンポーン、と寂しげな音が静まり返った街に響く。
さて、どうなるか。
「何も起きないね。」
二分ほど待ってみたが、誰も出てこない。人の気配すらしない。
ビルは不気味に静まり返っている。情報はデマだったのか。
そう思ったその瞬間、建物の奥から空気を震わせるような重苦しい咆哮音が聞こえた気がした。
「あ、ダメなやつだね。」
白石がぽつりと呟く。そして、瞬時に俺と拓郎さんの手を掴んで力任せに走り出した。
「何を――」
直後、目の前の鉄製シャッターが内側から爆発するように弾け飛んだ。
「伏せて!」
爆音とともに鋭いシャッターの破片が周囲へ飛散する。その一つが俺の頬を薄く掠めた。
痛みより先に、破壊の渦の中から飛び出してきた『それ』に視線を奪われる。
車だった。古めかしい真っ赤なオープンカー。その運転席には赤い服を着た細身の男――そして助手席には、見慣れた白髪の少女の姿があった。
オープンカーはシャッターを突き破って路地へ躍り出ると、激しいスキール音とともに一度だけ停止し、プッと挑発的なクラクションを鳴らして凄まじい加速で走り去っていった。
その去り行くリアタペストリーを、俺は呆然と眺めていた。
「追わないの?」
白石に問いかけられて、ようやく俺の思考が追いつく。
「待ってください、追うならこれで――」
拓郎さんが懐から何かの鍵を取り出そうとする。
「それも待って。後にした方がいいかも。」
それも白石が制した。
直後、ビルの中から再び激しい爆発音が響いた。
白石が素早く前に立ち、念力のバリアを全開で張る。ビルの中から放たれた『何か』がバリアに激突し、甲高い音を立てて地面に転がった。それは地面でモゴモゴと気持ち悪く蠢いた。
「…バッタ?」
白石も弾き返したものの正体を見て驚きを隠せない。俺の位置からはよく見えなかったが、それは銃弾などではなく、巨大な昆虫だった。
バッタ…なぜ虫が飛んでくる?
「虫…なんで…っ!」
思考を整理する時間は与えられなかった。
立て続けに響く爆発音。そして、バリアに次々と叩きつけられる銃撃――いや、猛烈なバッタの弾幕。透明な空間の壁が攻撃を防ぎ留めるが、やがてみしりとガラスに亀裂が入るような嫌な音が響いた。
「やばっ!」
白石がその場から間一髪で横へ跳躍する。バリアが粉々に砕け散る甲高い音が響き、突き抜けた弾幕が背後のビルを無残に削り取った。
彼女のバリアが破られるのを見るのは初期の頃以来だ。ここ最近は二十層の強力な魔物でも破られることはなかった。つまり、相手はそれ以上の化け物ということだ。
攻撃がふっと止む。拓郎さんはいつの間にか刀を抜き放ち、俺もナイフを強く握りしめた。
「…二人はさっきの車を追って。私はあいつを足止めする。」
「だが――。」
「多分、拓郎さんじゃ相性が悪すぎる。」
確かに、拓郎さんは強いが、あの広範囲の変質的な弾幕を全て斬り払うのは困難だろう。俺に至っては足手まといにすらならない。
「…分かった。すぐに追いつけよ!」
「ご武運を。」
「うん、二人もね。無理しちゃダメだよ。」
そう言って、白石は即座にルルを召喚した。青い鳥は俺と拓郎さんの襟首を掴むと、力強く空へと舞い上がる。
追撃のバッタが俺たちへ向かって跳び上がってきたが、白石が咄嗟の念力で叩き落とした。
遠ざかっていくルルの影を見送り、白石は煙の燻るビルの暗がりを見据えた。
真っ暗なビルの破れ目から、小柄な人影がゆっくりと歩み出てくる。
「…敵は三人。ただ、お生憎様、条件が少々面倒いですわね。」
聞こえてきたのは、思いのほか可憐で幼い声だった。現れた人物もまた、十歳前後に見える少女だった。
ゴシック調の漆黒のドレスを身に纏った、人形のように整った容姿の少女。街を歩けば間違いなく視線を奪われる愛らしさだ。だが、誰も近寄ろうとは思うまい。なぜなら。
彼女の頭部やドレスの陰から、無数の『何か』が溢れ出し、地面へと飛び降りる。それらは脚力を溜め、一斉に跳躍した。先程から何度も聞いていた爆音が響いて、白石が咄嗟に張ったバリアに激突し、ベチベチと地面に転がる。
鈴虫の鳴く音が聞こえる。蝉の鳴く音が聞こえる。その他にも、無数の不快な虫の羽音と鳴き声が、周囲一面から沸き起こっていた。
視界をハエの大群が飛び交う。皮膚に大きな蚊が止まるのが分かったが、白石の体表を覆う念力に阻まれ、血を吸うことはできない。
足元を巨大なムカデが這いずり、壁を真っ黒な何かのかたまりが蠢いて伝っていく。刺すような甘腐った嫌な匂いが周囲を包み込んだ。
あっという間に、周囲一帯が虫の海と化していた。
「…いい趣味してるね。」
白石が短く讃辞を送ると、少女はくすりと優雅に微笑んだ。
「ありがとう。みんな喜んでいるの。『新鮮なお肉が食べられる』って。」
「そう。でも、食べられちゃうわけにはいかないんだよね。」
その言葉を皮切りに、虫たちの羽音が耳を潰さんばかりに膨れ上がった。
少女はスカートの裾を上品に持ち上げると、礼儀正しくお辞儀をした。
「ロータス所属、アリア。少しの間、お相手していただけますかしら?」




