第13話 捜索①
太平洋戦争終結後。
その男は、時代の闇から突然現れた。
焼け焦げになった街の隅から少しずつ勢力を伸ばし、三十年が経つ頃には、この国の政治経済の頂点にその男がいた。
国民の誰もその存在を知らず、けれどその男は国民の誰もを自由に抹殺できるほどの権力を有していた。
そして、戦後七十年。
この国は彼のものだった。
彼は政治経済には関わらず、ただ自由に研究だけを続けていた。
誰にも興味を持たず、誰にも縛られることはない。
自由に生かし、自由に殺す。
やがて全てに飽き始めた頃、異界が彼の国に穴を穿った。
それから一ヶ月後、一人の人間が彼の元を訪れる。
それが後の『万別街の王』であり、彼は王に万別街の設立を許した。
万別街設立後、彼は街の奥深くに引きこもり、『影の王』となった。非倫理的、非人道的、悪魔的な実験を数多く行い、たくさんの犠牲が出たが、誰も彼を止められない。
人々が英雄を求めた時――ついに王と影の王が激突する。
激闘の末、影の王は万別街の西側に追いやられ、街には平穏が戻った。
しかし未だに街には西側のエージェントが潜み、東側を滅ぼすべく情報を集めているという。
影の王――その名は禪魔老師。
彼は今も、この街の闇の中で生きている。
「その、禪魔老師のエージェントだって疑惑が、サユにかけられてるって話だよ」
「大変だな、あいつも」
「本当なのでしょうか…」
「…会ってみれば分かるさ」
「本人は否定も肯定もしてなかったよ」
「そうか…」
とにかく会わなければ話にならない。
だけど、探しに行くにしてもどこから探せば…。というか――。
「…聞いたのか? 本人に」
「うん、今朝電話したら繋がったから」
「なんて言ってた?」
「『あんたたちには関係ないから関わるな』だって」
「それで?」
「切れたよ。というか、あなた誰?」
『それで?』と尋ねたのは、俺たちではない。背後から突然話しかけてきた見知らぬ男だった。
彼の後ろには数人の男たちが控え、全員が鋭い眼光で俺たちを睨みつけている。
「ああ、ごめん。でも対象の足取りを追うチャンスだからさ。こんなところで話し込んでいた君たちも悪いと思うよ」
青年はあっけらかんと目的を口にした。どうやらサユの捕獲クエストを受ける気のようだ。
確かに、人目のある場所でペラペラと話していたのは不味かった。家に戻るべきだったのだ。
「帰るぞ」
俺はそう言って鍵を取り出し、転移して帰ろうとする。この数ヶ月で、扉のない場所でも鍵を使えるようになっていた。
しかし――どういうわけか、周囲の空間が固まったようにびくともせず、移動できない。
青年がニヤリと嫌らしく笑った。
「実力差があると、こういう妨害もできる。覚えておくといい。」
「ありがとう。このお礼はいつか、貴方を深海二千メートルに転移させて空き缶みたいにぺちゃんこにして返すことにするね。」
「今すぐお前をそうしてやってもいいんだぞ?」
白石と青年が至近距離で見つめ合う。お互いに一歩も引く気配はない。拓郎さんは静かに刀の柄に手を当てていた。
「そこまでだ。」
重厚な一言が、場の空気を切り裂いた。
聞き覚えのある声だ。
「…篠崎か」
青年が苦虫を噛み潰したような苦い顔をする。対する篠崎は至って飄々とした様子で、青年に向かって軽く手を挙げた。
「引いてくれねえか。」
「…………ああ。」
行くぞ、と周りの男たちに低く指示し、彼らは虚空へと掻き消えた。篠崎はしばらくその空間をじっと見つめていたが、やがてフッと息を吐いた。
「本当に行ったようだ。」
「それ、何で分かるの?」
「気配…かな。透明化して残ってるだけの時がある。お前らも気をつけろよ。」
「ああ、ありがとう。」
「どういたしまして。」
篠崎の後ろから、いつものように御門が顔を出して穏やかに微笑んだ。白石が「御門さーん」と嬉しそうに声をかけている。
篠崎は俺の手に握られた赤い紙をチラリと見ると、「場所を変えよう」と言った。
彼がポケットから鍵を取り出すのを見て、俺は少し驚いた。つまり、あの篠崎ほどの男ですら、鍵を使わなければ行けないほど特殊な場所ということだからだ。
「ここは信用できる店だ。ここなら盗聴される心配はない」
彼に連れられて転移した先は、静かな個室を備えた和食の高級料亭だった。
いかにも高そうな佇まいで、支払いが少し心配になる。
配膳に出てくる店員は全員、頭から黒い紙袋を被っており、一言も喋らない。これが『信用できる』理由なのだろう。
「凄いー! 何食べようかな」
白石はメニュー表を開いて目を輝かせている。拓郎さんはお酒を注文したくてソワソワしていたので、「まあ、頼んでもいいんじゃないですか」と言っておいた。
それよりも、もう聞かれる心配はないのだから、サユの件について白石から詳しい話を聞きたい。だが、その前に確認することが一つあった。
「…お前らは、サユの捕獲依頼を受ける気なのか?」
身を乗り出し、緊張しながらそう尋ねる。
ここで彼らが「受ける」と言ったところで、俺たちにそれを止める術はない。白石も拓郎さんも、篠崎たちには到底敵わない。彼らには自分の意思を貫くだけの実力があるのだから。
だから、これはただの確認だった。
篠崎は俺の固い表情を見抜いたのか、くすりと可笑しそうに笑った。
「俺たちはあんな依頼には興味ねえよ。」
「依頼…ね。」
白石がぽつりと呟いた。
篠崎の言葉が本気なのかどうかは分からないが、だからと言って「出ていってくれ」なんて言えるはずもない。
「じゃあ、続きだ。」
「続きって?」
「さっきの話だよ。サユと電話したんだろ。」
「したよ。で、切れた。それ以来繋がらない。」
サユの居場所を突き止めるという意味では、わざわざ場所を変えた意味はなかったようだ。
「で、お前らはこれからどうするんだ?」
「…どうしようか。」
「とりあえずご飯食べない?」
「賛成…何か食べたらアイデアが思いつくかも。」
御門が珍しく口を開くと、篠崎もその気になってメニューを追加し始めた。
拓郎さんが笑顔でお酒を注いでくれると、なんだか飲まないのも野暮な気がしてきて、俺たちはその後、二時間ほど嫌なことを忘れて賑やかに酒鉢を交わした。




