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第二話 虚数時空間防衛隊、出動!

『虚数時空間防衛隊』とは、日本の虚数時空間を守るために組織された部隊である。隊長の山崎良平、隊員の坂井陽太、石川美佳の3名からなる。

 虚数時空間防衛隊が結成されてから1ヶ月が経とうとしていた。無機質なコンクリートの壁に囲まれたトレーニングルームでは、陽太と石川さんが激しく打ち合う肉体のぶつかる音と、床を蹴る鋭い足音が響き渡っていた。額から汗を滴らせ、荒い息を吐きながら戦闘の訓練をしていると、山崎さんが現れた。


「山崎さん、おはようございます」


 2人が息を整えながら声をかけると、険しい顔をした山崎さんがゆっくりと足を踏み入れた。ただならぬ気配を察し、陽太と石川さんは動きを止め、自然と背筋を伸ばす。


「おはよう。2人とも、少し手を止めてこっちへ来てくれ。話がある」


 重苦しい沈黙を含んだ山崎さんの声に、陽太と石川さんは顔を見合わせ、緊張の面持ちで歩み寄った。


「1つは悪いニュースだ。たった今入った情報によると、ついに敵国もタキオンの確保に成功したらしい。我が国の時空防衛にとって、これは計り知れない脅威だ。いつ何時、非常呼集がかかってもいいように、いつでも出動できる準備を整えておいてくれ」


「はい!」


 山崎さんは僅かに表情を緩め、もう1つの言葉を続けた。


「もう1つは良いニュースだ。虚数時空間研究室で開発を進めていた、タキオンの性質を応用した新型の武器と装備品の一部が、ようやく実戦配備の基準をクリアしたらしい。今から一緒に見に行こう」


 3人は足早にトレーニングルームをあとにして、地下深くに位置する虚数時空間研究室へと向かった。重厚な防護扉が自動で開き、部屋の中に入ると、白衣を着た藤本博士が複雑なモニターの数々と向き合っていた。


「藤本博士、おはようございます。完成したという武器と装備品を見せてもらえますか?」


 陽太が期待と不安の入り交じった声で尋ねると、博士は緩慢な動作で振り返り、モニターから目を離した。


「おはよう。よく来てくれたな。……これらが、我が研究室の総力を挙げて完成させた武器と装備品じゃ」


挿絵(By みてみん)


++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++

(1)虚数センサー : 虚数時空間に侵入した者が近くに居れば反応する。

(2)虚数グラス : 虚数時空間に居る者を特定できる。

(3)虚数銃 : 虚数時空間に居る敵のみを攻撃できる。銃弾が敵に命中すると大規模な虚数電流が流れ敵を感電させる。

(4)虚数ボディスーツ : 虚数時空間での運動機能を著しく向上させる。

++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++


「(1)虚数センサーは今、日本全国に設置中じゃ。しかし、これだけでは誰が虚数時空間に居るのかは分からん。(2)虚数グラスを掛けて見ることで、どの人間が虚数時空間に居るのかが判別できる。対象は半径50メートル以内に居る人間じゃ。(3)虚数銃は、敵を攻撃するための武器じゃ。しかし、日本では虚数時空間に侵入しただけでは犯罪にはならん。よって、この虚数銃には殺傷能力は無く、銃弾を敵に命中させて虚数電流を敵の体に流すことによって感電させ、気絶させるためのものじゃ。(4)虚数ボディスーツは、虚数時空間での運動機能を著しく向上させるものじゃ。これらの武器や装備品は全てタキオンの性質を使って作り出したものじゃ。現実世界で使用してもこれらの効果は得られないので気を付けてくれ」


「すばらしい。ありがとうございます、藤本博士。よし、2人共、これらを使って訓練再開だ」


「はい!」


 これらの武器と装備品すべてに虚数単位『i』のデザインが施されていた。




 それから1ヶ月後、山崎さん、陽太、石川さんの3人で訓練をしていると、突然、トレーニングルームに耳をつんざくような甲高い警報音が鳴り響いた。壁面の非常灯が不気味な赤と白の光を交互に明滅させ、部屋全体を緊迫した朱色に染め上げる。虚数時空間に何者かが侵入したことを知らせる合図だった。


「敵だ! 俺はモニタールームでどの区画のセンサーが反応したのかを特定する。お前たち2人は、ただちに出動の準備をしてくれ!」


「はい!」


 山崎さんはモニタールームに行き何処の虚数センサーが反応したのか調べた。陽太と石川さんは虚数ボディスーツを着て、虚数グラスを掛け、虚数銃を装備した。すると山崎さんから虚数グラスの通信機能を使って連絡が来た。


「侵入ポイントは新宿だ! すぐに現場に向かってくれ。場所の詳細は追って連絡する」


挿絵(By みてみん)


 2人はタキオンを使い虚数時空間に移動すると、新宿に向けて駆け出した。全身を包む虚数ボディスーツは筋肉の出力を爆発的に増幅させた力を生み出し、その走る速度は疾走する自動車を軽々と置き去りにするほどだった。地面を蹴るたびに凄まじい反発力が生まれ、跳躍すれば10メートル以上の高さへと軽々と身体が宙に舞い上がる。

 2人は車道を進む車のわずかな隙間を弾丸のように縫い抜け、目の前にそびえる歩道橋の欄干を踏み台にしてさらに大きく宙へ跳ね上がり、一刻を争う現場へと急行した。現実世界の空間には、彼らの姿は影すら映らない。ただ2人がすれ違いざまに起こした強烈な気流と突風だけが、往来する人々の髪や服を揺らしていた。


挿絵(By みてみん)


 疾走を続ける二人の耳に、再び山崎さんから連絡が来た。


「最初の反応は新宿駅の中だ。次の反応は区役所付近だ。どうやら敵は東へ向かっているらしい。周辺に着いたらまた連絡する」


 山崎さんはモニタールームで2人の現在位置を示す反応と、虚数センサーで反応があった場所を見ながら指示を出した。


「反応があったのはその辺りだ。虚数グラスに反応は無いか?」


「ありません。2人で手分けして探してみます」


 2人で探していると陽太の虚数グラスの隅に、ピピッと赤いアラートが点灯した。


「山崎さん、敵を特定しました。映像をそちらのモニターに映します。他にも敵が居るかもしれない。石川さんは辺りの捜索を続けてください」


「分かった」


 山崎さんの目の前のモニターに映し出されたのは、深く被ったキャップのツバで顔を隠し、黒いナイロンジャンパーに色落ちしたジーンズというラフな出で立ちの男だった。


「坂井、バレないように尾行しろ。敵も虚数時空間に居るからお前達の姿が見えることを忘れるな」


 敵は路地に入った。


「石川、おそらく敵は1人だ。他に反応が無い。坂井の応援に行け」


「はい」


 陽太と石川さんは敵に悟られないように20メートルほど距離を取り尾行していた。しばらく尾行を続けていると突然、敵はまるで背中に目でもついているかのように、鋭く振り返った。その右手には、黒く光る拳銃が握られていた。男の銃口が真っ直ぐ陽太を捉え、火花が散る。凄まじい銃声と共に弾丸が放たれた。陽太と石川さんは道の両脇へと身を投げ出すように回転しながら飛んで銃弾を避けた。銃弾は陽太の残像を貫いた。陽太は空中で鋭く体をひねりながら、腰に装着していた虚数銃を引き抜き、体勢を立て直すよりも早く引き金を引いた。


挿絵(By みてみん)


 回転しながら放った一撃は、正確に敵の胸元を捉える。着弾の瞬間、バチバチと青白い大きな火花を散らしながら虚数電流が敵の全身を駆け巡った。


「うぁっ……」


 敵は全身を痙攣させたのち、そのまま糸が切れたようにその場に崩れ落ちて気絶した。


「敵を気絶させました!」


「よし。今から俺もそちらへ向かう。銃とそいつが持っているタキオンを奪って、動かないように拘束しておけ」


「はい」


 少しして山崎さんが現れた。


「良くやった。これからこいつを警察に連れていく。おそらく敵国のスパイだろう。しかし、今の日本の法律ではこいつらは銃刀法違反とパスポート偽造くらいでしか逮捕できない。そして強制送還だろうな。またすぐ日本に来るかもしれない。だが、日本には我々のような虚数時空間を守る存在が居ると分からせただけでも国防としての意味があるだろう」


 山崎さんが低く呟き、気絶したスパイに歩み寄ろうとした、その時だった。3人の掛けている虚数グラスは再び警告音とともに一斉に赤く明滅した。反射的に体を強ばらせた瞬間、乾いた銃声が響き渡る。


バンッ!


「うっ……」


「坂井!大丈夫か!」


「キャアー!」


 陽太は脚を撃たれ、その場に崩れ落ちた。


「ううぅっ……」


 そして敵の気配を示していた虚数グラスの反応が、再びスッと消え去った。


「クソ!他にも敵が居たか!ここは危険だ。離れよう。石川、坂井を背負って病院へ急いでくれ。俺が周りを見ておく」


 山崎さんの切迫した指示に、石川さんは倒れていた敵を置き去りにし、すぐさま陽太の体を支え上げて背負った。痛みに顔を歪める陽太を背負い、石川さんは病院へと走り出す。山崎さんは周囲を警戒しながら、その背中を鋭い眼光で護衛していった。




 陽太は虚数ボディスーツの効果で重症にはならなかったものの全治1ヶ月のケガだった。その間は訓練も出動も休むことになった。


「山崎さん、すみません……。俺の不注意で。しかも虚数グラスを現場に落として来てしまいました」


「いや、俺が敵は1人だと決めつけて油断してしまった。お前のせいじゃない。虚数グラスは探しに行ったんだが見付からなかった。おそらく敵に取られたんだろう。同じ物を作られると厄介だな……」




 それから2週間後の深夜のことだった。それぞれの自宅で眠っていた3人の枕元で、突発的なアラートがけたたましく鳴り響いた。 3人は反射的に飛び起き、手元にあった虚数グラスのディスプレイを確認すると、虚数センサーが反応を示したことを知らせる通知が点滅していた。一刻の猶予もない。3人は慌ただしく研究センターへと集結した。


「坂井、お前はまだケガが治ってないだろ。俺と石川で出動する。お前はモニタールームから全体の状況を把握して俺たちに指示をくれ」


「はい!」


 山崎さんと石川さんは素早く装備を整え、虚数センサーに反応があった秋葉原駅へ向かった。


「山崎さん、敵は新宿方面へ向かっています」


 陽太からの報告を聞いて、2人は秋葉原から新宿方面へ向かった。すると、2人の虚数グラスが敵を捉えた。山崎さんは即座に虚数銃を抜き、逃げる敵の背中を目がけて弾丸を撃ち込んだ。しかし、敵の身体はあり得ないほどの敏捷さでひらりと真横に跳び、銃弾をかわした。


「何! かわされた! 敵もボディスーツを着てるのか?」


 その後も、2人は新宿方面へ向かって敵を追い続け、虚数銃を何発も撃ったが全てかわされた。そして、2人が新宿区役所に差し掛かった辺りで、新宿駅周辺で複数の虚数センサーが反応した。


「しまった! これは敵の罠だ! 山崎さん敵を追うのを止めてください。敵が10人以上で待ち構えています」


「何っ!」


 2人は敵を追うのを止めた。しかし、陽太は2人の後方に設置された虚数センサーにも複数の反応があることに気付いた。


「山崎さん、後ろにも敵が10人以上居ます! 囲まれてます! 逃げてください!」


「駄目だ! 敵は虚数グラスを掛けている。逃げても見付かる!」


「タキオンで現実世界に戻ってください! そして何処かのビルに隠れてください! そうすれば敵は山崎さん達を探し出せないはずです!」


 2人は陽太の指示通りタキオンを使い現実世界に戻ると、近くの雑居ビルに逃げ込んだ。しかし、ビルに入るところを敵の1人が目撃していたのだった。


 雑居ビルを取り囲む敵の数は23人。その全員が、深緑の虚数ボディスーツを着用し、虚数グラスを掛け、そして実弾入りの拳銃を装備していた。2人が探し出されるのは時間の問題だった。2人は10階建ての雑居ビルの最上階の一室に隠れていた。


「クソ……! こんなに早く戦力を整えて攻めてくるとは……。隊長の俺の責任だ。石川、お前はここに隠れていろ。俺はここを出て敵を誘き寄せる。その隙にお前だけ逃げろ」


 石川さんは殺されるという恐怖と、山崎さんを置いて逃げるという申し訳なさとから、返事をすることが出来なかった。

 すると、陽太は意を決して2人に話した。


「山崎さん、石川さん、そこを動かないでください。俺が助けに行きます」


「坂井、無理だ……。敵の数が多過ぎる……。それにお前はケガをしてるんだぞ。お前まで死ぬぞ!」


 陽太は制止の声を振り切り、モニタールームを飛び出して出動の準備へと駆け出した。そして陽太がボディスーツを身につけようとしたその瞬間、藤本博士が現れた。


「これを着ろ。最新のボディスーツじゃ。今までの2倍以上の機能向上が見込める。力を溜めると10倍以上にもなるじゃろう。その代わり体への負担も大きい。今のお前の体力では反動で体がボロボロになるかもしれん。しかし、もう、これを使うしか方法はないじゃろう」


 そう言って新しいボディスーツを手渡した。


「2人を、そして、日本の虚数時空間を頼む!」


「はい!」


 陽太は最新の虚数ボディスーツを着用し、虚数グラス、虚数銃を装備して2人の救出に全速力で向かった。


挿絵(By みてみん)


 敵は雑居ビルの周囲を10人で取り囲み、13人で雑居ビルの中に入り、1階からしらみつぶしに2人を探していった。そして、敵が最上階に上がろうとした時、敵の虚数グラスに陽太の反応が現れた。

 ビルの周囲にいた敵は陽太の存在に気付くと一斉に発砲を始めた。陽太にはその銃弾がスローモーションに見えた。最新の虚数ボディスーツの効果で動体視力も向上しているのだった。陽太は敵の全ての銃弾をかわした。敵は陽太の動きを目で追うことができなかった。陽太は虚数銃を使って敵を1人ずつ次々と敵を沈めていく。あと3人、陽太がそう思っていると、敵の1人が叫んだ。


「そこまでだ!」


 大柄なその男は、敵のリーダーだった。右手で石川さんの髪の毛を鷲掴みにし、左手には拳銃を持ち、石川さんの頭に銃口を突き付けていた。石川さんは涙を流して震えていた。その敵の後ろには血だらけの山崎さんがうつ伏せに倒れていた。


「動くと撃つぞ」


 残る2人の敵が陽太に近付いてきた。


「よくも仲間をやってくれたな」


 陽太は敵2人に殴られ始めた。そんな中でも、陽太は敵を倒す方法を考えながら、全身の筋肉に闘気をたぎらせて反撃の機会を虎視眈々と窺っていた。すると次の瞬間、山崎さんがすさまじい気迫で最後の力を振り絞り敵のリーダーに向かっていった。


「うおおおおおおおおお!」


 驚いた敵のリーダーは振り返り、銃を山崎さんの方に向け、撃った。


――今だ!


 陽太は抑え込んでいた全身の力を一気に解放し、敵2人を振り払うと、全力で地面を蹴り飛ばし、一瞬でリーダーの間合いへと肉薄した。リーダーは慌てて銃を陽太の方へ向け、撃った。が、陽太は体を鋭く沈め銃弾をかわした。そして、全身の虚数エネルギーと怒りを乗せた渾身のボディアッパーを突き刺した。怒りの拳を、敵のみぞ落ちに、めり込ませた。


挿絵(By みてみん)


 拳は敵のプロテクターを突き破り、内臓を揺らした。男の巨体は糸の切れた操り人形のように崩れ落ちた。


「ううぅっ…」


 陽太は瞬時に振り返ると残る2人の敵も拳で倒した。倒したことを確認すると陽太はすぐに山崎さんの元へ駆け寄った。


「山崎さん、大丈夫ですか?」


「……俺のことは良い。それより敵を早く拘束しろ……。逃がすと、また攻めて来るぞ……」


「来たらまた倒せばいい。それより山崎さんの方が心配です。石川さん、山崎さんを背負って病院まで走れますか?俺が周囲を見ます」


 そして、3人は病院へ向かった。




 山崎さんは命には別条は無いものの全治2ヶ月の重症だった。陽太も能力以上の虚数ボディスーツを使った副作用で全身の筋肉を酷く痛めており、全治2ヶ月の重症だった。2人は入院し、同じ病室で寝ていた。そして、天井を見詰めながら話した。


「もっと隊員を増やさないとな……」


「そうですね……」


「俺達しか虚数時空間を守れないからな……」


「そうですね……」


 外は青空で穏やかな暖かい空間が広がっていた。そして、平和な日常の時間が流れていた。


 日本の虚数時空間は俺が守る。陽太は決意を新たにした。


(第2話 終わり)

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