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聖女は魔王のいない異世界で婚活をする  作者: 久沢陽雲
皆の足湯

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ローズの買い物

 王都の外れにある町ブルリナ。

 そこにジョイアグリュックとユミト、ウィルの家もあった。

 王都に住まなかったのは自由を守る為で、義務さえ放り出さなければ良いと王は言った。

 王の言う義務とは勇敢な勇者一行もこの国を守れということであり、それは今も何かあったら共に戦えということで剣を持ち続けるのもその為であった。

 人は本当にのほほんとなるくらい今は平和に暮らしているが、ほんの少し前までは常に緊張と隣り合わせだった。

 だからその疲れを癒してくれるという謳い文句のある物や場所はかなり栄えていた。

 昨日ローズと一緒に行った山の麓にある足湯や公衆浴場のある村もそうだ。歩いて半日もしないほどで行けるから剣を置いて行っても良いということはなく、ずっと手元にあるようにしておきたかった。だが、このブルリナだけは違う。

 ユミトがあるからかやたらと強者が集まり、常に心は緩やか気味だった。武器を家に置いていても安心しきることはなかったがまあこのくらいなら……と少しの甘えは許された。何かあったら攻撃魔法が得意な魔法使いで共に魔王を倒した仲間であるバリーに守ってもらえば良い。その間に自分は家に行き、剣を取って戦う。良い作戦だろう? と言ったらバリーはこの魔法書に書いてあるテレポートというのを今も孫の代になっても開発し続けている魔法使いの家があります。今度一緒に行って教えてもらいましょう! と自分の楽を得る為に言って来たが、お生憎。ウィルは魔法を使うことができなかったのでそれはもう一人の勇敢な勇者一行と呼ばれるサイラスと行ってくれと言えば、そのサイラスはブライアンは行くと言ってたぞ? その魔法使いの家の孫娘がかなりの美人で評判なんだと――その話にウィルはガックリと来てしまったがそんなのに付き合うくらいならとあの日、久々にジョイアグリュックに行ってみればあの聖女ローズが居たのだ。

 自分のことを元聖女だと言っているがそれは間違いだとはウィルは言わない。だけどオーウェンのようにもしない。

 俺はあの娘を守るよ、その為に強くなったんだから――と平気で恥ずかしげもなく言えるくらいそれは本気だった。

 だからローズが買い物に付き合ってくれと言ってくれば喜んでそうするし、何でもしてやりたいと思う。

 そういう意味では自分はブライアンと似ているのかもしれないけれど、その気持ちの程度は大きく違うからウィルは後ろめたさもなく清々しい気持ちで宿屋を出て、朝からずっとローズの買い物に付き合っている。たまの休みも良いだろう? と帰ったら言うつもりだが、足湯の件は昨日ローズがやっと決めた激安宿の部屋に入るなり、自分の部屋をその宿で取り、部屋に入るなりその部屋にあった紙と鉛筆で殴り書きでバリーからもらっていた伝書鳩が出る魔法陣の紙を開き、伝書鳩を出し、その伝書鳩にその紙を託してみたがちゃんと届いただろうか。それさえもまだ確認できていない。

 けれどそれよりも今はローズだった。

 何かあるとするなら一番に危ういのは彼女であり、あの場に居た者達だが、ローズよりは皆強そうな冒険者達だ。心配はいらないだろう。それで少しは強くなれば良いとも思う。

「どうしたのですか? つまらないですか? 私の買い物って」

「いや、考え事だ。今度はその淡い青色のワンピースにしたんだ」

「ええ、似合わないですか?」

「いや、その髪色によく似合ってるよ。でもさっきのやつの方が良かったかな……」

 ローズのミルクティー色の髪を見てウィルは言った。

「そうですか……」

 この感じだとまだ迷っている。

 どうでも良いような気もするがローズはそうではないらしい。

 やっとこローブを脱いで聖女らしくなるかと思えばそうではなく彼女は普通の人になるべく努力をしている。

 時にその栗毛が羨ましいです――と何故かウィルの髪色をローズは褒めてくれたがそれが何だって言うのだろう。

 こんな普通の髪色のどこが良いのかよく分からない。

 そういえば、サイラスが言っていた。

 女の子の買い物はとにかく長い――と。

 服を一着決めるのに何分かかるのだろう? というくらいなのにローズと来たら、けろっとこれが良いでしょうか? そうですね! とお店の人がそう言えば何でも買いそうになる所をウィルはもっとよく考えてみよう! と止める役をやっていた。それでもう昼近くになろうとしている。

「あんなババ臭いのは似合わないと思うよ」

 あれからもう一軒、合わせて三軒目になる店を出てからウィルはローズに言った。

 それは一人の男としての意見だった。

「聖女の証だった白い服から君が好きな淡い色の服にするのは素敵な考えだとは思うけど」

 ――ユミトの仕事、できるものがあれば何でもやります! でも今はお金がないのでお借りしたいのです! そう言われたのは昨日の美味しいデザートを食べ、宿に戻って自分の部屋に入ろうとした時のこと。

 別にローズにお金を貸すのは良い。それより彼女に貸すというよりはあげたいくらいなのにそれはダメだと彼女が言うからそうはしないが、彼女は今できる限り普通の人になろうと務めている。

 でも、全然できていない。

 彼女の感覚はまだないのだろうか。

 ずっと決められた中に居て、自由を知っていないのだろう。

 自分の好きな色があってもそれが必ず自分に似合うとは限らないというのも知らずに育ったのだと思う。

 彼女には強いこだわりというのがないように見えた。

 普遍的なものを愛する心は持っていても、個人の好みはあまり見えて来ない。

 行き当たりばったりは自分も同じだが、そこまでじゃないとウィルは思っている。

 今もローズはこのお店は良さそうです! と入った店の人と一緒になって似合う服を見つけている。

 好きな色があって、その服を着たい! と最初は言っていたがそれがあまりにも似合わなくて落ち込んで今は失敗しない服を選んでいる。

 いつか、彼女はその服を着て誰かと楽しく出かけたりするんだろうか――そう考えるとウィルは少しイラっとした。

 ユミトの仕事は今もこの世の安定の為にあった。

 自分達勇者がいることで少しは安心して出来ると思い込む輩もいて少し困るが、人には困っていなかった。

 どこよりも難易度が高く、報酬額もそれによってかなり良く、誰かの為に役立っていると思えるこの仕事こそ自分の天職だと思う者もいるくらいで、ローズのような者が手出しできる仕事は少なかった。

 そんな中でもあの件をローズに話したのはウィルの勘だった。

 何となく彼女ならば解決してくれるだろうと思ったからだ。

 最初に近付いたのは本当に感謝の意を示したかったからで次第に彼女ならばできると思ってしまった。

 そして、自分は彼女に最高級の宿に泊まれるだけの額を手渡したはずなのに彼女はこの地で一番安い宿に泊まると言った。

 それは今後の事を考えてだろうが、それにしてももっと贅沢をしても良いんじゃないか? と思ってウィルは彼女がどうでしょうか? と言って見せて来る服に一喜一憂していた。

 これは贅沢なんじゃないか?

 俺の方がそれを味わってどうする?!

 ずっと白い服ばかりだったローズの白以外の色の服は何でも新鮮にウィルの心に響いた。

「あ! そうだ――」

 何です? と言うローズを連れて久しぶりにウィルは王都に向かった。

 こちらの方が彼女には似合うだろう。

 きっと彼女が近寄りたくない場所は避けて、ウィルは王都中心部から少し南西の大通りにある古そうな服屋『プベルス』の前に来た。

「ここは……」

「君も知っているだろう? 君が聖女だった頃に何度も君の服を任されて来た所だ」

 そんな事もご存知なんですね……と冷ややかな目でウィルはローズに見られたが動じない。

「違うからな、たまたまここで先日俺は新しい服を作ったんだ! その時、店主が言っていたんだよ。それが光栄だったって」

「へぇーそうなんですね……」

 絶対今ローズはウィルを良く思ってないだろう。だが、それでも良い。

 幼い時から聖女ローズの服を作って来た所だ。変なことはしないだろうし、ローズの希望も快く受け入れるはず! それに今はオーウェン様とは関わりがないと言っていた。安心だ。お金はローズに渡した額では足りないとなれば、自分が出せば良い。何よりここは自分でも着ることがないだろうと思っていた琥珀色を勧めて来て、あれよあれよという間に自分に似合う服を作ってくれた所だ。任せられる!

 頼もー! とは言わなかったがそういう気持ちでウィルはローズを連れて店に入った。

「いらっしゃい――」

 と言葉を失ってローズを見つめ続けるこの店の店主の娘さんはやっと調子良く言った。

「少々お待ち下さいね!」

 愛想笑いなんか残して店の奥に引っ込んだ。

 間違いだったろうか?

 でもここは居心地が良いし、ローズもきっと何か気に入るものが見つかるはず。

 そう思って店内をざーっと見ているローズを見ていれば、ひょこひょことこの店の店主である初老の男性が出て来た。

「これはこれは、先日の勇者様に……聖女であったローズ様、何用ですかな? 今日は」

 この言い方だとローズが元聖女だと知っていそうだ。

 先日の時とは違う感じ。

 やっぱり間違えたか――。

「はい、お茶でございますー!」

 と、この嫌な感じをぶち壊すがごとく、店主の娘さんがアンティークのお上品なピンクのお花模様のティーポットとそれとセットの二つのティーカップを持って来て、そこの椅子にお座り下さい! と断らせない勢いで案内し、その椅子近くの木のテーブルの上にティーポットを置き、自分含めて四人で話し合うことになってしまった。

「今、母は用事で出掛けておりますが、絶対断らないと思います!」

 まだ何も言わないのにそんな事を言われた。

 確かこの店主の奥さんは先日行った時は居て、この娘さんのようによく喋る人だった。年齢はこの初老店主と同じくらいで娘さんはまだ二十代くらいだろう。

「勇者様がこちらに来られたのは仕事仲間の方から聞いたとおっしゃられておりましたが聖女様は何用で?」

 わざわざそんな所からか、ウィルはキャリーから聞いてこの店を知ったが、ローズはそうではないと思っているらしい。いつもローズが居る所へ行っていて、一度もこの店にはローズは来たことがないと寂しそうにこの店主は語っていたが。

「あの、私はもう聖女ではありません」

 知っておりますとも店主は言わなかった。

「だから、私は新しい服が欲しいのです」

「それは何で?」

 と店主に代わり、娘さんが興味津々に聞いて来た。

「もう聖女の証である白い服は着られないからですか?」

 店主の厳格な言葉にローズは怯むでもなく言った。

「はい、でも今も着ているのは……」

 薄汚れてしまったその白い服を見て、ローズは言葉を躊躇った。

 こんなに汚れた服をこの人達に見せて良かったのだろうか? という思いが感じ取れる。

 お金がないから何もできないとローズは言うのだろうか、それとも何か違う言い訳をするのか。

「分かりました。オーウェン様から言われております。もしも訪ねて来たら良きに計らって下さいと」

 そうですか……沈みそうな声でローズは言った。

 そんな空間をまたしてもぶち壊したのは言うまでもなく店主の娘さんだった。

「はいはい! それでどんなのをお作りになりたいのですか?」

 別にオーダーメイドは望んでいないのですが……とは言えずにちらっとローズはウィルを見た。

 今、この店にある物の中から選びたいと言えば良いだけなのに長らくそうやって出来て来た関係だ。そう簡単には崩れないだろう。

「いえ、その……自分の好きな色、いや、自分に似合う服が欲しいのです」

 何とも弱々しく心細そうにローズは言った。

 少しの間の後、店主は大きな溜め息を一つした。

「お父さん?!」

 娘さんは客前だからと遠慮してはいたが怒った。何その態度? という感じだ。

「聖女様、いえ、ローズ様。こう言ってはなんですが、うちの店はオーダーメイドでなくともうんと高いですよ? 良いんですか?」

 そっちの心配をされたか! まあ、そうだろう。誰が見てもあの清潔清楚な白い服を着ていた頃とは違うと瞬時に察しがつく。

「その辺は大丈夫です。俺がいますから」

 そうですね、と店主はにっこりとウィルを見て微笑んだ。

 別に思い悩むほどの金額ではなかった。それは男の服だったからで女性の服となると違うのだろうか? いや、それでもローズが似合うローズの好きな色の服を作ってやることこそが贅沢だとウィルは思い直し、ぼったくりはやめてほしいと願いながら丁寧にローズの希望を聞いて行く店主の声はもうこの仕事をきちんとする者だと判断し、委ねることにした。

「やはりそれはオーダーメイドになりますね、白も入れて……」

 そうだなーと店主はローズを見ながら考える。

「淡いピンクにしましょうか」

「え?」

 それは一番初めに行った店でも試した色だった。

「ローズ様の好きな色である淡い色の中でも今はその色が似合うと思います。それでイチコロですよ」

 最後の言葉はいらないと思ったが、店主が見本として持って来たピンクローズの花を思わせるような布は一気にローズの心を掴んだようで目が少し輝いたと思われた。娘さんがそれならこれもあるわ! と出して来たのはベビーピンクで、それも良いとローズの心は踊った。

 ローズが今日試しに着ていた物は少し大人びたピンクだったが、これは本当に似合っているとまだ出来てもいない段階からウィルは思い、微笑んでしまったようで店主に「勇者様もそう思いますか」とにこやかに言われて照れるのを隠すようにウィルはローズに聞いた。

「どう?」

「良いと思いますが、本当に良いのでしょうか?」

「躊躇わなくて良い。プレゼントするよ、これは。新しい君になるんだろ?」

 ええ……と言えど、ローズの頭の中はきっとお金のことでいっぱいだろうと思われた。

 そのくらい切羽詰まっているか――。

「では、こちらも銀貨五枚でよろしいですよ」

「え?!」

 嘘だろ? とウィルは思った。

 娘さんも本気なの?! と心配そうだ。

 その二人の表情から悟ったのかローズは恐る恐る聞く。

「本来ならどのくらいなのでしょうか?」

「そうですねー、ざっと銀貨五十枚」

 それはぼったくりだー! とウィルは内心暴れたい気持ちになったが静かにしていた。

「まあ最低でも銀貨十五枚ほどなんですが、今後もよろしくお願い致しますという気持ちも込めての価格です」

 そう言うとさらさらと店主は自分のイメージするローズの服をその辺にあった紙裏に鉛筆で描いた。

「妻が帰って来たらこれよりもっと良くなると思いますが、いかがです?」

 まじまじとそれを見てローズは言う。

「やはり、正解ですね。正解です――」

 それ以上言葉がないようで黙った。

「では、お支払いは全てが出来てからにしましょうか? 何か付け足したいとかあればまたお値段も変わるでしょうし」

 いえ、これで全然良いのです! と慌ててローズは言ったが勇者様はそれでよろしいのですか? と店主に言われ、これは店主に俺の男気を試されてるー! とウィルは思い、負けられない! と言った。

「もちろんです! ローズが一番似合う服にして下さい! 金額は二の次で!」

 店主はほくそ笑みはしなかったが、よく言った! とウィルに賛辞の拍手を送った。

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