お金を受け取って
あの足湯のあった場所からまた戻って来たら、疲れてしまった。
こんなに移動する日は久しぶりだ。
ウィルにお金を少しもらって、安い宿屋に一泊することが出来た。
この恵みはいつか返そう。そう思ってその宿屋の食堂に行けば何故かウィルがそこに居た。
「ウィル?」
「やあ、来たね。調子はどう?」
「大丈夫ですが」
さっきまで一緒に居たのだから分かっているだろうにそう訊いて来るのは何故かローズは気になった。
「ウィルは帰らなくても良いのですか? もう夜も遅い時間になりますよ?」
「ああ、ちゃんとローズがご飯をモリモリ食べるか心配でね。見守ろうかと」
適当なことを言っているのではないか? と思ったが、ローズがちゃんと食事を頼むのを見るとウィルは笑って言った。
「よしよし、君にお金を渡した甲斐があるよ」
そんなことで喜ぶのは変だ。
他に何かあるのか探ろうかとローズは考えた。
「ウィルも何か食べますか?」
「そうだな……大丈夫、適当に頼むし。君に渡したお金から出してもらおうなんて思ってないよ。気にせず使ってくれ」
そう言うとウィルは宿屋のおばさんにビーフシチューとパンと水を頼んだ。
空いてる席に向かい合ってローズとウィルは座った。
少しすると木製の長テーブルにローズとウィルが頼んだ物が運ばれて来た。
一気にそこは華やかになった。
何品かあるだけでこんなにも食卓は豊かになるのだとローズは思った。
ちらっとウィルがローズを見て来た。
「何ですか?」
「何でもないけどさ。こうやってまだそのローブを着ているのは何故だろう? と思ってね。別にもう平気じゃないか? あそこは山の方で寒くてもいけないと思っていたからそれを渡したけれど。聖女である証の白い服は隠すことはないだろう?」
それは自分がまだその力を使えると彼の前で示せたからだろう。だけど――。
「良いんです、この格好が気に入ったからこうしてるんです。冷めちゃいますよ? それ」
「そうだな、君が頼んだ魚料理も美味しそうだ」
「そうですね、お肉も良いなとは思いましたが、あんまりこってりした物より今はさっぱりした物が食べたくて」
「そうか、俺は君と食事が一緒にできるのが嬉しい。夢みたいだ」
それは憧れの聖女と食べれるから? と訊くのをローズは飲み込んだ。
そんなことを言っても無意味だろうと思ってしまったからだ。
言わずとも分かることは黙っていよう。それが楽な方法だ。
「ウィルは爵位を持っているのですよね?」
「ああ、ナイトだ。騎士だよ。誰でも何かしらすごい事をしたらもらえるやつだ。君も本当はもらえたものだ」
「良いんですよ、私は。それより大事なものがあります」
「何だ?」
人の笑顔です。そう言いたかったが躊躇った。
彼に言っても良いのだろうか。
「いえ、あなた方の幸せです」
それは似てるようで違うものだった。
ウィルはふーん……とも言わずローズの顔を見た。
嘘は言っていない。
けれど何だか心が苦しくなる。
「正統派の聖女も良いけれど、君の本心を聞きたいな」
「どうして急にそんなことを言うのですか?」
「顔にそう書いてあるからだ」
きっぱりとウィルはそう言った。
「人の心がウィルは読めるのですね」
「君の顔が嘘を吐かないからだ」
そう言って、ウィルはビーフシチューを一口スプーンを使い飲んだ。
「まあまだな」
それは近くにいる宿屋のおばさんの機嫌を損ねてしまうんじゃないかとローズはハラハラしたがそんなことはなく、夜の食事は終わった。
あまり楽しいものではなかったのはウィルが真面目にしていたからだろう。
そうならないようにローブを着ていたのに。
オーウェンが側に居た頃は聖女は何かと困る事が多いからと一般人とは一緒に食事をさせてもらえなかった。
一目見れば癒しを! と求めて来て、それを相手にしていると満足に食事を取れなかったからだ。
「あー、お腹いっぱいになった! とは言えない量だったからどこかに行こうか? ローズ」
「え?」
急な誘いに驚く。
「家に帰るのではないのですか? ウィルは」
「まあ、それも良いけれど、たまには君とゆっくりしてみたいなと思って」
長年連れ添った夫婦でもないのにそんなことを言うのはおかしい。
少し笑ってしまった。
「君の笑顔が一番良い。それが今の俺にとっての癒しだ。何かに怯えてる顔よりもそっちの方が良い」
「私もそう思います。誰かの笑顔が一番良いです。月が綺麗ですよ!」
「そうだな。今夜は雨が降るらしいけど、こんなに晴れていたら降らなさそうだ」
「そうですね」
何故だろう、ウィルと一緒に居て初めてこんなにも心が躍っている。
久しぶりにちゃんとしたご飯をいっぱい食べたからだろうか。
それで心が満たされていて、こんな風になっているのだろうか。
食堂を出て部屋に戻る為の廊下の窓からそう思えるなんて不思議だ。
「ウィル、私は今夜どうなるでしょうか?」
「どうにもならないよ。ただ美味しいデザートを食べる為にちょっと外に出てまたここに戻って来て、君の部屋のふかふかのベッドの中に入って良い夢を見て、また明日も元気に生きるんだ。それが待ってると思えば不機嫌にもならないだろ? 大丈夫。デザート代は俺が出すし、今夜は俺もここに泊まるから」
「何故?」
「少し、気になる事があって」
それ以上ウィルは言わなかった。
「私に何かあるといけないと思っていませんか? でしたら、大丈夫ですよ。誰も私をあの聖女とは思っていないと思いますし」
「まあそれはそうなんだけど、あの聖女が魔王の印だった黒色を着ているなんて誰も思わないしね。でも君は今着ているんだ。少しは自覚した?」
「はい、でも黒色は悪い色ではありませんよ。何かを隠してくれます」
「そうだ。だからだよ。何かあったら俺はどうにかなってしまうだろう。預かっている気分はないけれど、それに近しい思いはあるよ。あのオーウェン様が大事にしていた君だ。何かあったら困る」
そんなにもオーウェンの事をウィルが知っているとは思えないけれど、少しずつそのオーウェンから離れる為にも自分は変わらないといけないと思った。
「ウィル、少しお願いがあります」
「何だい?」
「明日付き合ってくれませんか? 私の買い物に」
「良いけど、荷物持ちかい?」
「いいえ、意見を聞きたいんです。あなたのようなお友達は初めてなので少しどきどきしますが」
「俺もドキドキする――というか、友達かぁ――」
この落差は何だろうと一瞬ローズは思ったが、ウィルはその気持ちを奮い立たせたようで言った。
「じゃ、行こうか! 夜のデザートは別腹だ!」
オウ! とはローズは言わなかったが、何だかいつもの明るいウィルに戻ったようで嬉しかった。




