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聖女は魔王のいない異世界で婚活をする  作者: 久沢陽雲
皆の足湯

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4/4

足の指先だけで

 問題があるらしい足湯近くの場所に着いたとウィルが言うので、ローズはローブのフードを目深まぶかにかぶり、足元は靴だけが見える長さだった為何もせず、ローズはべったりとウィルに付いて歩いた。

 きっとおかしな所はないはずだが、こんな身なりで人前を堂々と歩くにはまだ勇気がいる。

 ウィルはそんなローズの心を読んだのか何も言わずに前を歩いて行く。

 いつもはオーウェンが隣に居て、守っていてくれたが今はもういない。

 自分から離れたのだから当たり前だ。

 あのオーウェンが壁になってくれていたのだと今更気付いた。

 いつも居る場所は安心するのにこうして知らない所を歩くとすぐに心細くなる。

 それでもそれなりにしか知らないウィルが居て良かった。

 いや、ウィルがこの話を持ち出して来なければ今頃今日休む所を探して時間を潰して今日を終えていただろう。

 これはある意味自分にとっての最初の冒険なのかもしれない。

 婚活とはまた違った楽しみになるとはとても思えないけれど。

「あそこだ」

 とウィルが言った。

「あの足湯にも名前はないけれど、皆が使うから『皆の足湯』って呼ばれている。分かっていると思うけど靴は脱いで素足でお湯に入ってね。腰掛けて入るとこれまた気持ち良いんだ」

 もう入っているかのような顔をして言う。

「ウィルは入ったことがあるのですね」

「ああ、当然。よく入ったよ。戦い疲れた後とか最高だ。温泉は身体を癒してくれるからね。湯治は良い。まあ、聖女である君に治してもらうのが一番だろうけど」

「私のは魔の力に対してのみです。普段のものには全然反応しません。だから今こうなんですけど」

 落ち込むローズにウィルはこれはいけないと慌ててその場で靴を脱ぎ出した。

「ここからですか?」

「いや、そう! だって早く入りたいだろ? それで早く帰って、もっと美味しい物を食べて早く寝よう!」

 それが一番だ! とウィルは素足で走って行く。

 ジャリジャリそうな地面の道は痛くないのだろうか? そんな疑問を持ちながらローズはウィルが適当に置いた靴と靴下の近くで自分の靴を脱ぎ出した。そして、靴下を脱いだ。何だか恥ずかしい。

 手はいつも出しているからそうは思わないけれど、足はいつも隠しているからだろうか。

 自然に出来たという少し小さめの足湯の所には何人かが居た。

 ローズはそそくさとウィルの隣に腰掛け、その足湯に右の足の親指だけ入れようとした時だ。

「何かあったらすぐに言ってくれ」

 小声でぽつりと早口にウィルが言って来た。

 まさか、本当にそんな事があるわけない。だって、ウィルは普通に今、この足湯に入っている――と思い直し、その右の足の親指から全部の足を入れようとした時だ。少しのお湯が右の足の親指に感じられた瞬間、そこを発端に一つの波紋が素早く足湯全体に広がり浄化された。

 その証としてその波紋は僅かに黄色く光っていた。

 ローズが何か言う前にそれは終わっていた。

 だからこの普通そうな人達が何も知らずに今もこの足湯に入り続けているのは普通の事だった。

「あ! と君は言ったね?」

 ウィルは少しの間の出来事を見逃してはいなかった。

 あんなに気分良く入っていたのに、何も感じなかったわけではなかったのか。

 さすが勇者。

「ええ、言いました。でもきっと空耳かと思うくらいの声の大きさですよ。それなのにあなたはそれさえも聞こえたんですか?」

 浄化されたお湯はただのお湯だろう。効能はもうないかもしれない。

 では、このお湯の効能とは何だったのだろう? それを考えると少し恐ろしくなる。

 ローズは考えるのをやめた。

「やっぱり、このお湯は何かあった」

 ウィルはローズにしか聞こえない声で言った。

 周りに人は居てもそれなりに離れて座っているのであまり気にならないだろう。

「誰が見ても気にはしないだろうさ。そんな出来事だった。けれど、俺は違う。やっぱり君の白い足の指先が少し入っただけで反応し、このお湯がただのお湯になったわけは君が浄化をしたからだろう? 魔の力である魔力に反応したんだ。君は言ったね、私のは魔の力にしか反応しないって」

「まあ、そうですね」

「そうするとやっぱり何かしらがあの魔王の復活か何かを企んで、人の生命力でも吸い取ってどうにかしようとしていると考えるのが妥当だ。できれば、あの公衆浴場に君が入ってくれるのが一番だけど、そのお湯も今となってはもうただのお湯かもしれない。また時が経ったら復活するか? それも考えられる。けれど俺はまたこんな思いをしたくない。それに今度はきっと俺が入れない公衆浴場になる。これ以上の危険を君に任したくはない。何かあったら守れない」

「ならば、あなたのように強い女の人を私に付けてはどうでしょう?」

「やってくれるのかい?」

「あなたが望むのなら」

「いや、望まないよ。そんな事を俺はしたくない。それにこれ以上深追いするのは危険な事に思えて来た」

 それは自分が相手を傷つけられず、何かあったら邪魔になってしまうからだろうか。

「守られてしまうのがいけないのでしょうか?」

「いや、君は本当に本来通り守られるべきだ。同じお湯なのだからそうなる。きっと相手も気付く。この俺さえそれには気付かなかった。それを気付いて浄化させた君の力は本物で、今もある」

 にこっとウィルが笑顔でローズを見た。

「笑うことではないと思います」

「そうだね、でも、嬉しいんだ。君がまだちゃんとした聖女であると分かったから!」

 そう言ってウィルは足湯から足を出し、立った。

「さあ、君もその足湯から離れて。何かあったら大変だからね」

「他の皆さんは?」

 ちらっとウィルは辺りを見て言った。

「こうして誰も攻撃して来ない所を見ると、相手は様子見か何か仕掛けられない理由でもあるのかと思う。このただのお湯に気付かないわけはないから、何かあると思うんだけどね。まあ、これ以上はユミトの仕事だろうし。君には任せたくない」

「じゃあ、この足湯前に言っていた宿に泊まるお金も頂けないのですね」

 今夜は本当にどこに泊まれば良いのか? この夕方手前の時間から新たに探すのはさすがに厳しい。昨日と同じ所に寝るのは少し難しい。何故なら昨日は林で野宿をしたから。空の様子を見れば、今は暑くも寒くもない気候で良いのだが、雨が降りそうな感じがする。匂いがそう示している。

「困った顔はしないでくれ。浄化代は出すよ。それと浄化をしたから敵になりそうな奴のことが分からなくなったんじゃないか? とか思わないでくれよ?」

 全くそんな事を思ってはいなかったが、言われればそう思う。

「そうでしたね、その可能性がありました!」

「ふっ、全然別の事を考えていたんだね。やっぱり君は今を生きてる」

 それがそんなに面白かったのだろうか。微笑するウィルにローズは少しプイっと横を向きたくなった。

「君に危険な事を押し付けてしまったかもしれない。けれどもうそうしたくはない。あのオーウェン様だってそうだ。君を守ることが彼の仕事で彼の幸せだったはずだから」

「そうでしょうか?」

「そうだとも。こんなに可憐な君を危険に冒す奴は頭がイカれてるね」

「じゃあ、ウィルは?」

「まあ、少しイカれてたかも。簡単だと思っていたから。こんなに複雑だとは思わなかった。裏に何かあるのは少し感じていたけれど。こうまで隠して来るとは思わなかった。剣があっても何も役に立たない、こうなるとね」

 お手上げと言った感じでウィルはローズの手を掴んで立たせた。

「皆に言うのですか?」

「いや、混乱は避けたい。こうしてここに居たってその人達の会話は聞こえない。それは向こうだって同じだ。ただこのお湯をこうした奴は違うだろうけど、出て来るという気配が全くないからここには今居ないんだろう。だからそっとしておく。一応ユミトの仕事をする奴をここで探しても良いけどね、その時間はまた後にするよ。まずは君を安全な所に連れて行きたい」

 それは本心だった。

 私に何かあってもウィルは困らないだろうし、また新たな聖女が現れるのではないか? とも思ったのに。

「ありがとうございます。その心があるだけで私は嬉しいです」

 こんなにも心が温かくなるのは何故だろう?

 人の心はこんなにも温かで優しいものだと触れさせるのは何の教えだろう。

 太陽は優しいとかそういう事ではない。

 人は簡単に裏切るけれども、またその心を救ってくれるのも人の心だ。

 嬉しい、嬉しいと自分の心が悲鳴のように叫んでいる。

 本当にウィルが居て良かった。

「まあ、お金は俺の財布から出すからちょっと後になりそうなんだけど……」

 そう言ってウィルは頭を掻く。

「良いのですか? それは!」

「まあ良いよ。バリー達だって納得するさ。君をないがしろにする方が怒るだろう」

「そうなのですか……」

「ああ、バリー達も俺同様。君を尊敬してる。だから、君と共に何か出来ることを喜んでる」

 それはウィルもなのだろう。喜んで何かしてくれるのも本当に有り難い。

「ありがとうございます! こんな私に!」

「いや、そんな礼を言わないでくれ! 俺の勝手なんだから!」

 そう言ってウィルはまだお礼を言わせてほしいと言うローズを止めさせた。

 皆、自分の疲れを癒すのを止め、こちらを見出した。

 いけない! その視線でローズは正気に戻った。

 聖女としてちゃんとせねば! と急にまともになった。

 いけない……気を抜くとすぐにこうだ。普通の人になってしまう。それが良いとオーウェンは言っていたけれど、ウィル達の前ではそうしたくない。

 ちゃんと聖女でいたい。そう思ってくれるのならば尚更。

「ただ、君は少し力が入り過ぎてると思う。もうちょっと肩の荷を下ろしたら? 疲れるだろう」

 ウィルに言われたくないとローズは言う。

「けれど、これが私です。少しくらいの我慢は必要です。あなたがおっしゃってくれるのには嬉しいですが、ちゃんとした聖女でいることが義務だと思っていましたから」

「でも今は違うだろ? 君は一人の女の子になろうとしている。そして聖女よりも君は結婚を選ぼうとしている。その力がないと思っていたから。でも本当はあった。君はどうする? と聞いても良いかな? 君はまだ続けるのかい?」

「ええ、私は魔の力がなければただの人なのです。だから続けます、婚活を。あなたが心配しなくても大丈夫なように」

 それはこの場に居ないオーウェンに向かって言ってるようだった。

 心配されなくても大丈夫。一人でも大丈夫。そう思いたかった。

「そうかい、じゃあ、俺も登録するかな……」

「何故?」

「君が無茶をしないように見張る為?」

「じゃあ、ウィルはキャリーさん側に居れば良いのでは?」

「それはそうなんだけど」

 ごにょごにょとウィルは言うが、それは聞き取れない。

「何か言ってます?」

「いや、何も!」

 前を歩くウィルはもうこちらを向かなかった。

 顔が赤くなってるとか何か反応があるかももう読み取れない。

 それでも良いと思ってしまった。

 このままウィルの家に行き、お金を受け取って、自分は少し楽になる。

 それで良い。今夜はそのままウィルが言ってたようにしよう。

 少しくらい贅沢がしたい。

 ウィルに甘える気はないけれど、時々こういうのも良い。

 そう思えた自分が少し誇らしかった。

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