残念な魔女達
ローズの仮交際一回目が終わった直後の夕方、のこのこと勇者と呼ばれる男二人が鬱蒼とした森の中を歩いていた。
この先にあるのはあの魔物やモンスターを結婚相談所に引っ張り込んで来た張本人である魔法使いの女、略して『魔女』と自分のことを呼ぶデドタルのエマが住んでいる家兼その結婚相談所『デドタル』であり、エイダンがローズに話していた物を売っている場所でもあった。
「しかし、それにしてもですね、ウィル。私が来る意味はありましたか?」
「バリーは魔法使いだろ? 何か話が合うんじゃないか? 魔法使い同士で」
そんな理由で自分は選ばれたのか?! とバリーは内心呆れつつ、怖い相手ではないと腹をくくっているウィルに少し興味を持った。
「まあ、大剣を持って来ないで短剣な所は評価できますが、あのエマですよ? あなたの正義感は素晴らしいですが、ここまでしますか?」
「まあ、短剣なのはそのままで来てしまったからだけど。でも、ブライアンならそうする。けれどバリーしか暇そうなのがいなかったから連れて来たんだ」
「それも理由の一つですか?」
「ああ、さっきのじゃ満足してなさそうだからな」
まあまあ言うようになったではないか? それにエイダンとのお見合い前は少しばかり苛立っていたように見えたが今は比較的落ち着いている。
これもローズの為ならという所なのだろうか。でもだ――。
「私はこれでもいろいろと忙しいのですよ? あなた方がやらない事をやったり、ジョイアグリュックの方だって私の方が多くやっています」
「だから連れて来たんだろ? 今後ローズのような者を出したくない。バリーは出ても良いって言うのか?」
二の句が継げないように言って来た。
なかなかやるではないか? と思えど、気乗りはしない。
バリーはウィルに再度言ってみることにした。
「相手はあの魔女なのでしょう? 打ち負かされますよ? また」
「言葉を変えたって同じだ。やっぱりブライアンも連れて来た方が良かったか? でも、ブライアンが居たら話にならないだろうしな……」
少しばかり怒った! けれどまた落ち着き出した。
彼の沸点は近頃弱々しい。
それに確かにずっとその魔女とブライアンは喋っているだけになりそうな気がする。
それだけ相手はだらしのないグラマーな女性だ。
そしたら、こちらの話ができそうにない。
(はぁ、ブライアンの女好きも困ったものですね。それ以外は良いので、なかなか切れないのですが――)
などと思って歩くバリーとは違い、ウィルはてくてくと意志を持って歩く。
まだ先は長いのかよく分からない。
自分が連れて来られた理由を今一度整理してみよう。
そうすることで多少の暇潰しにもなる。
本人に確認する為にもバリーは声に出して言う。
「えっと、何でしたっけ? 帰るエイダンの後ろからローブを目深に被って『ちょっと良いか?』と声を掛けて、まるで今まで出会ったことがない人のようにして『その左腕の魔石のブレスレットはどこで買ったんだ?』と質問したら簡単に『あー、それならあの森の奥にひっそりと住んでいる昔ながらの大きな家の所の魔女から買ったんだ。皆買ってるよ、密かに有名だからな』って言われたんでしたっけ?」
「そうだ」
その声はいつになく低く重い。
それだけ看過できない事なのだろう。
あまりウィルは魔石に興味がないし、必要ともしない。
今も服の中にしまい込んで見えないようになってはいるが、その首にかける薄ピンク色の魔石のネックレス以外はきっといらないと言うだろう。
それでも彼は魔力感知やら多少の魔法関係なら何なくできるのは少しの才能を持っているからだろう。中には完全に治癒魔法でさえも無理で反応せず、その怪我や病気に苦しみ、聖女にしか頼れない! という者もいるから、聖女様は特別なのだ。
それにどこを探しても聖女様はもういない! と嘆く者がいないのもそれと同じようにその力を持つ者が少なからずいるということで。
まあ、聖女ローズはそんな力を持つ者の中で一番強く、魔王を討伐するのにも協力的で大変優秀な方でしたが、まさか、こんな未来になるとは思ってもなかったでしょうし、ウィルだってあの時はこうなるとも知らなかったでしょうし、人生というものは不思議なものだと思って、さらに少しばかり行けば、それなりに大きな家が一つ見えて来た。
古くからある石積みの家のようではあるが、ちゃんと手入れがされており、綺麗で感心する。
「ここですかね?」
「ああ」
その木の扉を何の躊躇いもなく、ウィルはコンコン! とそれなり良い音で叩いた。
中から急に慌ただしい音がし出した。
今日は結婚相談所が休みなのだろうか。
それとも何かしてるのか。
出て来る間にバリーはエマの情報を自分の頭の中から引き出す。
確か彼女は二十九歳。
口癖は『これでもまだ二十代なのに!』だった気がする。
そんなどうでも良い事しか思い出せないが、厄介さは折り紙付きだった。
誰もしない事をする。そしてそれを利用し、生きている。
それは必要最低限の事でもそうだった。
ジョイアグリュックをやることになったと挨拶をした時にエマが魔王が倒された後の心配を常にしていたのでこうなっただけだと話して来た時、そんな事の為にそれを入れたのか? とバリーは思ってしまった。
同じ魔法使いとして情けない。
それでも需要はあると言われれば、ぐうの音も出ない。
それを裏付けるように彼女の所のデドタルは他の結婚相談所よりもそういう魔物やモンスターが多くいて、それはそれは麗しい感じのもいた。
確か彼女の所にはエルフの男もいたっけ――。
開かれたドアに意識を持ってかれた。
やはり、いつものだらしのないグラマーな格好のエマ!
「あら、やだ! 誰かと思ったらしばらくぶりじゃない! 名前は確かー」
思い出さなくて良いとウィルは改めて名乗った。
「ジョイアグリュックのウィルとバリーだ。今日は少し話があって来た」
「へー、何?」
あからさまな態度の変化。
「不快にさせたなら悪い。約束はしてないもんな。それだけ急用だったんだ。あなたの所で魔石のブレスレットを売ってるだろ? それについてだ」
「あー……分かったわ。中に入って。こんな所でしたくない話でしょ?」
物分かりが良いとウィルはスタスタと中に入って行く。
何と不用心な! とバリーが思わなかったのもエマに襲われそうな感じが全くなかったからだ。
「お茶はいる?」
「いらない」
「そちらは?」
「いりません」
「そっ」
何とも無愛想だ。
「お好きな席に座って、話を聞きましょう。お客様かと思って、ちょっとバタバタしちゃったけど違ったわね」
そんな嫌味を少し言われたのにウィルは気にせず言う。
「今日は誰もいないのか?」
「そうね、今はいないわ。でも、私の所は夕方以降が多いのよ。これでもまあまあな広さがあるでしょ? 五、六人は入るわ。まあ、中央のその長机は邪魔だから捨てようとは思ってるのだけどね。作業台として残してあるのよ」
「作業とは?」
良い質問ね! とエマは質問をしたバリーを見た。
「あなた達が言いたいであろう物を作るのよ! そこでね」
明らかに態度がまた変わった。
今度は調子良さそうな感じだ。
「アタシはてっきり、人以外の者達に人の言葉を授けるな! と言われると思ったわ」
「え? 言葉を授けるって……」
これまた良い質問ね! とエマはバリーを気に入ったかのようににっこり笑って見た。
「デドタルに入ってくれた特典としてやっているのよ。敵意の代わりに『人の言葉』を、金銀財宝の代わりに『人の知恵』を授けて何が悪いのかしら? その方が婚活が上手く行くならそれで良いじゃない。あなた達だって伝書鳩の魔法陣を入ってくれた人達にだけ使わせてるじゃない。それと同じよ」
でも規模が違う。
それに人の言葉や知恵を授けても上手くそうなるとは限らないし、それを悪用しないとも言い切れない。
エマはそこまで考えてやっているのだろうか?
「あれでしょう? 金額が高い! って言いに来たのよね?」
「まあ、そうだが……」
あのウィルが少し押されている気がするのはそのエマの言い方のせいだろうか。
少し高圧的だ。
「あなた達が言って来ようとしているその魔石だって、誰かにとっては必要なお守りになるし、そのお礼にそれに見合った対価として、あなた達が言う高額なお値段になっているの。そのどこが悪いのかしら?」
胸糞悪くはならないが、何とも残念で嫌な考え方だった。
だけどそれだけでなく、他の人にも広めようとするのもどうなのか。
「それで話は終わり?」
「いや、この際はっきり言わせてもらう。ここで売ってる魔石のブレスレット、それをジョイアグリュックに関わる全ての者に売らないでほしいんだ!」
「それだけ?」
「ああ」
「そう。でも生憎それを売ってるのはアタシじゃないの。妹のヨランダが売ってるの」
「え?」
男二人して声を揃えて驚いたのを見て、エマはおかしそうに笑い出した。
「そうよねー、だからアタシ言ったじゃない? アタシのお客様じゃないって」
まだおかしそうに笑い続けるエマは思いもよらない事実を告げた。
「そこにひっそりと居るでしょう。部屋全体が暗いからあまり分からないのは良いことだとこの子が好むのよ」
どこだ? と見なくても本当に部屋の片隅に居た。
椅子に座らず、突っ立っている。
その姿を見れば誰だって、うわ! 居たのか!? と一瞬は驚くだろう。
そのくらい上手く暗がりに隠れていて、その姿があまり分からないようになってはいるが目がその暗がりに慣れれば問題ない。
そして分かるとさらに目を疑い、驚くほどその姿は美しくないと分かる。
正に悪い魔女というような長く伸びた前髪で両目は見えないし、痩せ細っていてエマよりも陰気な感じだ。
果たして彼女と話はできるのか? そんな判断が必要な感じの妹をエマはハキハキと紹介する。
「こんな見た目だけどもヨランダはまだ十九歳なのよ! 魔石をこよなく愛しているわ。ちなみにアタシはこのカー子ちゃんを愛してる!」
そう言うとどこからともなく一羽の黒い毛が大変美しい烏がエマの肩にやって来て、愛しそうにエマがカー子ちゃんのあらゆる所を撫で出した。
可愛がっているのだろう。
魔女らしい。
というか、それならこの妹も魔女なのだろう。
こういう所は知らなかったとウィルとバリーは冷ややかにそれを見て、妹のヨランダを見る。
彼女はもじもじとしているだけで一向に喋ろうとはしない。
これでは埒が明かない。
そう思っていると意を決したのか、ヨランダが口をパクパクし出した。
話す準備運動をしているようだった。
きっとここにブライアンが居れば、優しく導いてあげたのだろうが。
「話せるか?」
口火を切ったのはウィルの方だった。
何ともその言葉は優しくないが口調は普段より柔和な感じ。最近よく苛立っていたとは思えないほどの本来の彼らしい感じに安堵したのかヨランダはポツリと喋った。
「ごめんなさい」
それが精一杯みたいだった。
でもそれで良しとしないのはその手が物語っていた。
まだ言いたいと手がもじもじとしている。
だから、何も言わずに見守る三人をようやく信頼したのか、その手を止めてヨランダは話し出した。
「あまりに人嫌いな為、そういう商法しか思い付かず、反省はしているが、本当にこの石は貴重で手に入りにくく、価値がある物でそういう値段でも全然良いと思うう!」
と一気に急に早口で興奮気味に言ったかと思うとぷっつりとまた黙ってしまった。
それっきりもう何も動きもしない。
ウィルは困ったようにバリーを見た。
そうされても困るのだが、仕方なくバリーは助け船を出す。
「彼女は?」
エマは普段通りという感じで答えた。
「とても緊張しているのね、あまり男性とは話さない子だから」
話さないにしても程がある。あのローズでさえまあまあ喋るというのに彼女と来たら、自分の話だけして終わってしまう感じだった。
「もうきっと何も喋らないわよ。でも、そうね、これは少し問題だから後でアタシからも注意しとくわ」
「そうしてもらえるとこちらも助かる」
それで話は終わりに見えたのにずっと気になっていたのかエマが興味本位に聞いて来た。
「何故わざわざお二人でいらっしゃったのかしら?」
その問いにウィルは平然と答えた。
「嫌がらせの為だ」
「え、ウィルー?!」
何を言っているんだ? と少し青くなってあたふたとバリーが叫んだ。
それ以上の事を言わないウィルにエマは沸々とまた笑い出した。
「あはははは!」
傑作だ! と言うかのようにこの状況を楽しんでいるのであって、その意味は分からないだろう。
だからこちらがそれに乗ることはない。
毅然とウィルは言う。
「それでは失礼する」
椅子から立ち上がると、エマもにっこりとした。
「あら、そうしていただけると助かるわ。もうじき来出すから」
それはエマの客である魔物やモンスター達のことなのだろう。
夜間営業が中心なのもそれが理由だと思われるし。
「バリー行くぞ」
「はい!」
何故かバリーは緊張した様子で言った。
何をそんなに怖がっているのか? それともバリーに嫌がらせをする為だったと本音を言うべきだったのか。
「あ……」
ウィルは外に出ようとしたのに立ち止まって、二人の魔女を見た。
「本音を言えば、貧乏人を巻き込むなと言いたかったんだ。お金のない奴からは金を奪わないでほしい」
「心得たわ」
うんうん! とヨランダも首が取れそうなほど激しく頷いていた。
「ありがとう!」
その心からのウィルの爽やかな笑顔にヨランダは思わず面食らってしまった。
この素敵男性はどこから現れたのだろう!
今までの硬いイメージから一転、晴天のような霹靂。
突然の光の訪問に眼前に眩しさが一気に広がり、目がやられた!
「うっ!」
「どうした?!」
突然の苦しみようにエマより先にウィルが床に崩れたヨランダに駆け寄った。
するとさらにその光から逃れるようにヨランダは逃げようとする。
「え? 何で?」
「幻滅はしないで下さい……」
それだけ言ってヨランダは気を失ってしまった。
「俺? 何かした?」
困惑するウィルがバリーを見る。
「これが本当の嫌がらせですね」
「え?」
意味が分かってない彼を見て、またエマはくふふふふ! と笑い転げていた。
あー、おかしい! 笑いすぎで出た涙を指で拭きながらエマは言った。
「魔女に好かれるのも楽ではないでしょう」
そんなことを言われても困るのだが。
「え? 好かれる?」
「そう、乙女の心は夏の空と同じなのよ!」
意味が分からない。
それはバリーも同じだった。
秋の空ではなく?
でもそれは言えなかった。
このエマにまた言い出せば、何が返って来るか分からないからだ。
機嫌が良いうちに帰ろう。
二人の男はまたてくてくと鬱蒼とした森を歩いて行った。
二人が居なくなって、客が帰った後の深夜になってようやくヨランダは目を覚ました。
「あら、やっと起きたのね?」
エマが自分の顔を覗き込んでいる。
「あの……あの人は?」
「あの人? ああ! ウィル? バリー?」
どちらかしら? とエマはニコニコといじわるなことを言う。
「う、うぃ……」
「うい?」
ぶんぶん! と首を横に振り、それを否定する。
「分かったわよ、ウィルでしょ?」
もう分かっているんだから! とエマはヨランダのベッドに腰掛けた。
だからヨランダは正直にポツリと言った。
「あたし、あの人のファンになる」
「あー、分かったわよ。ファンね……、え? ファン?!」
「そう、応援したいの」
それは恋心よ……と言おうと思ったのにあらぬ方向へと行った。
きっとヨランダはそういう子。
普段は大人しい性格で人を攻撃することもない。
誰かから奪おうとするのも嫌がるくらい。
「そうね、アタシもあなたを応援するわ。やっと魔石以外に人を好むその心に祝福を」
二人の魔女は残念だけれどもお互いを思う心はあった。
それにヨランダは普通に食べて太れば平均体重になり、その前髪を切れば、とても綺麗なその名の通りのスミレ色の瞳を露わにさせる。
それが嫌で前髪を作っているのではなく、ただ単に太陽の光が苦手なだけだ! と言い張るが、これを機に太陽を好きになってもらいたい。
そして外に出て、他の事にも興味を持ってほしい。
明るい世界を少しでも知って、生きて行ってほしい。
それが今ならできる。
魔王がいた頃にはできなかったこと。
「今日も作るの?」
「……今日はやめとく。いや、でも作ろうかな? 恋のブレスレット……より、友情ブレスレットとか作った方が良いかな?」
そんなことを思うようになってもその値段は相変わらずなんでしょうけど。
「そうね、それも良いかもね!」
姉妹魔女は今夜も明け方まで起きている気満々だった。




