多くの冒険者が集う酒場にて
あれからすぐにキャリーさんから返事が来たようだが、仮交際一回目は会ってみて! それが終わったらそれについて話しましょうと書いてあり、仕方なく仮交際一回目はエイダンに会うことにしたが、もうすでに会う前からローズの中では断る! の一択しかないようで――。
一つ、深いため息が出た。
ユミトの二階の裏にあるバルコニーから見る景色は遠くに見える焼け野原しかない。
それでも小さな薄黄緑色の希望とも言える新芽達はいくつか顔を出していて、生きている人間達にささやかな日常の幸せをくれる。
こんな物を見るしか今の俺にはない。
いつエイダンと出会うかは分かっている。
仮交際一回目が終わった直後にジョイアグリュックに来ることになっているからだ。
それが今日。
ウィルは一人黄昏ていた。
朝方から。
「はー、見てられないですね、ウィル。そんなに嫌なんですか? 自分がまた買い物に付き合って買った黄緑色の新しい服着た聖女様を皆に見せたくないと?」
「違う、そうじゃない。バリーには分からないだろうけど、ローズが心配なだけだ。どこでどうしてるかも分からない」
「それは大変心苦しいでしょうが、一つご報告があります」
「何だ?」
「私がどうしてあなた方の前にわざわざ現れ、お茶を持って行ったか分かりますか?」
「いいや、嫌がらせだろ? 俺への」
「まあ、そう捉えていたんですね。今後の為にも少し実験をしておこうと思ったんですよ」
「やっぱり! お前、あのお茶に何か入れただろ?」
「ええ。少しばかり、今回の件まででしょうか? 私の魔力を入れさせていただきました。そんな怖い顔しないで下さいよ、ウィル。それは冗談です」
にっこりとバリーに返され、一瞬で鬼のような怖い顔から普段の顔にウィルは戻った。
ものすごく怖かった――こんなウィルは初めてだ。自分の中で冷や汗を感じつつ、バリーは面白味を持って話す。
「ウィルの前で私は聖女様の手を触れさせていただいたでしょう? その時に少しだけ聖女様の魔力をいただいちゃってましたー!」
「何だと?!」
怒っている、いやビックリしてる? よく分からない顔になったが、怒りの方が強い。
日に日にそういう事をするな! と思っているのはウィルに合ったクエストがなかなかないからだろう。
あるにはあるが、彼は行かないようにしている。
どうしてもの時だけのものにしているような気がする。そんなのは良いからさっさとそれを何とかしてほしいものだが。
「ストレスがたんまり溜まっているウィルにこれをあげましょう! その時の聖女様の魔力から作った優しい色合いの小さな結晶石ですよ」
ほら……と言って、ウィルの手の中にそのとても小さいころんとした新芽くらいの大きさの結晶石の赤ちゃんみたいなのを渡す。
薄ピンク色なのはどうしてだろう? これがローズの色なのだろうか? そんな風なウィルを見て、バリーは言った。
「ああ、可愛い! なんて可愛らしい結晶石! だからこそ可愛らしい色にしてみました!」
「何故?」
「あなたがとても気に入るかと思って」
ふっとウィルはバリーを見た。
その顔は一瞬とてもきょとんとしていたのにすぐに嫌な顔になる。
「嫌みか?」
それでもそれに興味があるようでどう使うのか? と説明を待っているようなウィルを見るのが好きだ。
きっと男色ならたまらない展開だろうけど、生憎私はそうじゃない。
心を入れ替え、今や『幸せは誰にでも等しくある』と感じている所があるくらいにはなった。
だからこれは日頃鬱憤のたまったウィルへのプレゼントだ。
「その結晶石の魔力を辿れば聖女様の所へすんなりと導かれるでしょう」
「ありがたい物なんだな、これは」
あといくつかの効果で心穏やかになったり、落ち着いたりもするけれど、その効果は絶大なようである。
さすが聖女様の力と言ったところか。
「それをペンダントにして首にかけても良いでしょうね。その方が戦いの時にしやすい」
「そう言うと思った。バリーはいつだって戦いしか目がないからな。こういう嫌がらせだって、その為だ」
減らず口の若者にさあ、お行きなさい! と見送ってあげれば、ありがとうと嫌みなく言われた。
こういうのがあるから嬉しいんだ。
ああ、弟という者がいたらこういう感じか――と思って来た甲斐があった。
「でもさ、バリー。俺は本当に行っても良いのだろうか? 信頼とかどうなると思う?」
「それを私に聞かないで下さいよ。行く行かないは最終的にあなたの判断に任せますよ? それにもうあなたはすでにやっているでしょう? お見合いの時に」
ギクッとなったウィルが素知らぬ顔になってスタスタとバルコニーから立ち去って行った。
そもそもあの聖女様は狙われているかもしれないというちゃんとした理由があるじゃないか。そこを突けば良いのに。
「はぁ、ウィルってば――」
何とも不器用に生きている。
お昼近くになった。
やっと彼はやって来た。
こんなに待たせてー! と物陰で見張っていたウィルは一人思う。
先に着いていたローズはかなり心細そうで、この出で立ちじゃなかったらすぐにでも話し相手になりに行ったのに!
でも、一瞬誰だか分からないだろう。
長年愛用して来たもう白ではないローブのフードを目深に被り、大剣は目立つからと短剣にした。
それでもあのリザードマンくらいなら何とかなるだろうし、こういう多くの冒険者が集う酒場には物騒なのが少なからずいるから気が気じゃないし、一つも武器がないのは逆に怪しまれる。
だからこのくらいで良い。
それにこのお店ならローズのお財布にも優しいだろう。
味はそんなに良い物ではないけれど。
お見合いの時のリーズナブルなジョイアグリュックから比べたらかなりのランクダウンの店だ。
二人は店の人に案内された席に座り、食べる物を決めている。
自分もふらっと立ち寄った冒険者のようにして一人その席からは遠く、けれど確実にその話し声や顔の表情が見て取れる席にした。
いや、これは間違いなくつきまといの類ではないか? と思ったが、いや、これは何かあったら大変だという所から来るもので! と心の中でウィルが格闘していればすぐに答えは出て来た。
そうだ! 俺は今、あの足湯の時の何者からもローズを守っているということにすれば良いんだ! 決して悪い事じゃない! というかローズは今、嫌な奴と会っていて俺はその相談に乗った。だからここに居る――そうやってやっと自分を落ち着かせ、仕方なくミートボールのトマト煮を頼んだ。
変な物を頼めば良くないし、無難な所だ。
いつかの時のローズのようにして、ローブのフードを目深に被ったまま二人を見守りつつ、食べる。
二人も食事をし出した。
他愛のないお喋り。けれどローズは楽しそうではない。
顔は笑顔になっているのにその心は減点法になっているかもしれない。
それを今から二時間ほどか――。
両隣の席には自分と同じように一人で座る者達、だがどちらも敵意はない。
黙々と食事をするだけだ。
ローズは思ってもいない量のサラダを頼んでしまったみたいでエイダンが「食べれますか? 一人で」と呆れるかのごとく言い、申し訳なさそうに二人でそれを取り分けることになったようだが、何だかそれが上手く行かなかったようでこんなのはもう嫌! というような顔をしているが、食べる予定のなかったそれを取り分けるにも自分の思った通りにはならずで機嫌が悪くなったようなエイダンは、それを隠す為なのか平然とまた食べ始める。
そして無言の食事時間。
ローズは値段を気にしてまた自分が好きな物ではないのを食べるようで熱々としたラザニアに苦戦しながらふーふーと冷ましながら食べ、エイダンが頼んだ物もローズと同じようではあるが熱々なじゃがいものグラタンだった。
それが来るとみるみるうちにエイダンは原型を留めないくらいにグチャグチャとかき交ぜてから食べ始めた。
それは熱いのが苦手とかそういう問題ではないくらいに見ていて品がないと思える行為にぞっとするくらいのものだった。
次第にローズは早く終わらないかなー、何ならこれは魔石について語り合う場であり、魔石を扱う店の者とお客様ということでも良い。
何でも良いから早く終わらせたい。
二人きりで居たくない。
隣の人、ずっと居て!
そんな表情をローズはし出した。
何か他に永遠とお見合いの時みたいにくだらないどうでも良い話をしてくれるものはないかと探している感じがした。
食べ終わればもう何もない。
早く終わらせたいのにそうはできない。
そして、まだ時間がたっぷりあるというのにこの暗さは何だろう。
彼がローズについて聞くことは一切なかった。
ただ自分の気になったこと、最近流行りの風邪について、世間話なんてものは彼はできないらしく無言で終わり、ローズが好きそうでもない話をする。
というか、ローズばかりがそういうのを出して来て、エイダンにどう思うか? というのばかりでますますエイダンのことが嫌いになりそうなものだった。
それでもエイダンもローズのプロフィールに書かれていた食べ物の話でもすれば良いのだろうとするが、その心はきっと意味のないものになるだろう。
どう見てもローズの興味はそちらに行っていない。
明るくならない声の調子に、ただ話を合わせて不快さを与えないようにしてるだけ。
それこそがあなたへ対する思いだと思わせるそれは絶対に次に繋がらないと、次に繋げる為にしているそれに対する質問をとうとうローズはしなかった。
それはもう彼女の中で終わりを迎えていたからだ。
何をしてもきっとローズには響かない。
頑なにもう決まってしまっている。
覆すことがないそれを見ていてもつまらない。帰るか――いや、最後まで見ているか。
食後の飲み物をウィルがこっそり頼むとエイダンがしていた魔石のブレスレットが目に入ったようでローズはまだまだある時間を埋める為に仕方なく、それについて話してみることにしたようだ。
また同じだ。
お見合いの時にした話を中心に、それ以上は広げないようにして徹底的に彼の事を新しく知ろうとはしなかった。けれど彼の口から驚く新事実が出て来た。
これは、面白い以前の話でそれは大変気になる話だった。
この男、やはり何かある――というのがふさわしい。
エイダンは意気揚々と左腕にして来た魔石のブレスレットについて話すが、ローズの顔は笑っていてもその怪しさにうんざりしてそうだった。
これ以上、エイダンの話をローズの耳に入れたくないとウィルが思った時、エイダンがぽつりと言った。
「そろそろ終わりにしましょう。次の予定があるんです」
それはローズにとってはとても喜ばしい事だが、まだ開始から一時間半しか経ってないが良いのだろうか?
それでも彼はもう終わりだとお金を払う気だ。
「では、この前はエイダンさんが全部出してくれたので私が全部出しますよ!」
そんな事を言った彼女は本当にもうこれっきりだとしたのだった。
割り勘なんて絶対にさせない。
もう彼に会うことはないだろう。
自分から切ってやる! とウィルにはそう見えた。
どこからどう見ても、もしかしたらもう一度会ったら見方が変わって、違う良い所が見つかったりしたら、そっちに行くかもしれないというのは万が一にも起こらない。
すっきりとした表情でジョイアグリュックに向かう彼女を見て、ローブのフードを目深に被ったままだったウィルはほっとした。
きっとすぐにでもこの仮交際一回目の事を報告してキャリーさんにエイダンさんとは終わりにしたいと言って、次の人を探し、お見合いを申し込むのだろう。
それで良い。
だけれど、一羽の伝書鳩がジョイアグリュックに向かった。
あれはローズが飛ばしたものではなく、エイダンからだった。
エイダンは別れ際に席が良くなかったですね、隣と近すぎて。だからあまり話せなかったと言っていたがそうじゃない。
それよりも問題なのは、彼のその魔石のブレスレットの事だ。
たぶんローズにしてはその金銭感覚の違いも結婚はないなと思った点だったろう。
ウィルは一人、ローブのフードをさら目深に被り、エイダンの背後に音もなく近寄って声を掛けた。
これはローズの為だけでなく、皆の為になる。
だからウィルは平然と質問した。
エイダンに少しも警戒させないようにして、次に自分がするべき事を見つけた。
そしてそれにバリーを加えさせてやろう。
嫌みばかりして来るあいつにも少しばかり面倒を押し付けてやりたいくらいの気持ちがウィルにはあった。
それだけ最近ウィルは気が立っていた。




