向こうの反応
ローズが換金できたお金は新たな服や寝床や食料に変わり、またしばらくはこれで生きていけます! と喜び勇んでいた数日後、彼女はトボトボと重い足取りでユミトにやって来た。
「どうした?」
ウィルはすぐさまローズの所へ行き、声を掛けた。
「いえ、またあの方から伝書鳩が来始めてしまって……」
その名前を伏せたのは周りに居る人達に配慮したからだろう。
「奥へ行くか?」
「奥?」
「ああ、今なら誰も使ってないから話を聞こう。ちょっと今は外に出られないし」
何故? というような感じでローズはウィルを見る。
「一応勇者だからな、俺」
「あ!」
今居るウィルは勇者としてのウィルであって、ローズの友としてではないということだ。
「それではお仕事の邪魔になってしまいませんか? 良いんです、私の相談はお仕事が終わった後でも」
「だったら今ローズはここに来てないだろう? それとも新たなクエストでも探しに?」
「ああー、そうですね。それも良さそうです。そろそろウィルから離れて一人でも出来るものを選ぶのも良いかもしれませんし」
それは嫌だ! と言いたいのをウィルは堪えた。
なら言わなきゃ良いのに――くすっとバリーはその様子を見ていて、つい微笑んでしまった。
だから助け船を出してやろう。
「良いですよ、行って下さい。ここは自分達で何とかできますから。お話を聞くぐらいならこの奥の部屋を使って下さい。ブライアンのように長時間ではないでしょう?」
「当たり前だ!」
何故かウィルの顔がほんのりと赤くなった気がするがそれはこの怒りのせいだろうか。
ウィルの案内でその部屋に入るなり、ローズは少し驚いた。
「しっかりと片付いてるんですね!」
「ああ、バリーがけっこう綺麗好きだからな」
そう言ってローズと向かい合わせに椅子に座るとウィルは何かを思い出したかのようにさっと立って言った。
「お茶でも出すか!」
その今までの落ち着きはどこへ行ったのか? というような感じに思わずローズはふふっと笑い出してしまった。
「良いですよ、お茶を飲むまでもありません」
少し気まずそうに座り直したウィルが口を開いた。
「エイダンのことか?」
「はい……」
しゅんとなったローズを見れば、思い悩んでいる。
相当なのか――。
「やっぱり、これはキャリーさんに言うべきだと思う」
「そうですよね、やっぱり」
さらにしゅんとなったローズはお茶を飲みたそうにした。
「お茶、淹れるか?」
「え、ああ! 良いんです! 良いんですよ! 本当に! あの、私またご迷惑をおかけしてませんか? ウィルに。あの時も無意識でしてしまったし。ウィルに甘えるわけにはいかないのに」
「どうして?」
さらっと言われた言葉にローズは詰まった。
何でそんなにも気兼ねなく言えるのだろう? この人は。
「え、あ……いえ、これは自分で決めた事なのでちゃんとしなきゃって、思って……」
「そうか……」
何も言わなくなったウィルにローズは少し不安に思った。
失言でもしてしまっただろうか。
「あの……それでキャリーさんにはちゃんと話すにしても全部の方が良いのか分からなくて」
「今の状態は?」
何だかころっと普通のウィルになったのを見るとローズは安心した。
「それが、あの伝書鳩の返事を読んでくれたには違いないのですが、ちゃんと次に会うまではそういう連絡をしないとなっているはずなのに勝手に来始めてしまったんです。それで相手が言うにはこうした時間もお互いを知る時間になるのだから少しでもこういうのをしたいと言って来て――。それさえも私にはもう苦痛でしかなく、そんな状態でしても意味ないですよね。これ……。それでも一日一回朝の挨拶は必ず来るし、その内容は別に私にお知らせして来なくても良いお仕事のものだったり、この時間はまだ仕事してませんとかはっきりとではないんですけど匂わせて来たりして、連絡よこせアピールなのか知りませんが、それさえも私にとっては苦痛で、以前よりは確かに伝書鳩がやって来る頻度は減りましたが、それでも私にはそれこそが負担で……。ウィルに頼りたくないとは思うのですが、キャリーさんにこんな事で相談するのも申し訳ないなと思い、日に日に会いたくなくなって来てるんです。お見合いの時のような楽しさは今はないですし、嫌がらせかと思ってしまう自分がいて、以前にも話したと思うのですが、まだ本交際でもないのにこうして恋人気取りか?! と思うようなことをされるのが一番嫌で、彼より良い人がいれば早急にお会いしたいですし、さっさと離れたいんです! エイダンさんから!」
「そう言うと思って……ではないけど、君をこの部屋に案内したのはその伝書鳩が来れないようになってるからだ」
「え?」
「あの伝書鳩はね、ジョイアグリュックにしかないものだ。あの魔法陣の紙を作ったのもバリーだし、あの鳩達を使い魔のようにしたのもバリーだ。君はバリーを知ってる? 俺の仲間の一人であり、攻撃魔法が一番得意な奴。一見頼りになりそうに見えてその実は腹黒い所もある。この部屋を伝書鳩が来れないようにしたのは束の間の休息を自分達に与える為。その為の結界がここにはある。まあ、見えないんだけどね、そんなものはどこを探しても」
ウィルは何故かドアを見つめ出した。
何があるのだろう? とローズは釣られてそのドアを見てしまった。
するとガチャッとドアが開いて、灰色の長そうな髪を一つにゆるくまとめた薄紫色の服を着た美男子が一人、お紅茶セットを手に持って立っていた。
「まあ、そう言わないでくれよウィル。お茶をお持ちしましたよ、聖女様」
カチャッとしなやかに彼はテーブルに温かいお茶を置いてくれた。
「あ、ありがとうございます」
「美味しくはないと思うのですが、少しはこれで落ち着くと思いますよ?」
「はい、そんなに私の声は外に響いていましたか?」
「いえ」
「立ち聞きだ。趣味が悪い! だから俺はお前を来させない為にお茶を淹れようと思ったんだ!」
「そうだったのですね」
私がやらかしてしまったのか?! と内心ローズはあわあわとし始めそうだったが、その手をがしっと優しくバリーが握りしめた。
「きっとろくに私の紹介はなかったのでしょうね、今一度改めて自分で自己紹介しても良いでしょうか? 私の名はバリー。ええ、見た目通り、魔法使いの男です。こう見えてあなた方より年上なんですよ?」
「同い年には見えないだろ? どう見ても」
ウィルの言葉にバリーは言う。
「まあ、大人の色気というものがありますので」
「は? 大人……二十一歳の奴が立ち聞きなんてするのか?!」
「はぁー、そこに怒っているのですね、ウィルは」
やれやれとバリーはウィルに何か言おうとしたがやめ、ローズに向き直る。
「こんな奴ですけど、よろしくお願いしますね」
「こちらこそです!」
ぺこっとバリーに挨拶したローズにウィルはもう我慢できなかった。バリーに対しての怒りをぶつけようとしたけれど、それをするのは躊躇った。他に別の事で攻撃はできないものか?
「――どんな挨拶だよ、それ。それに仕事はどうした?」
「ああ、それならちょうどよくブライアンがふらっと来てね、変わってもらったよ」
「そうか」
まあまあ冷静さを保ったか。でももう少しここに居たら、ウィルの奴はわなわなと怒りが沈められない頃になるか、そろそろ引き時かな。
「では、またじっくりゆっくりとお話しましょうね。ブライアンにずっと任しているとこちらの方が後々面倒になりますので」
にっこりとバリーは部屋を出て行った。
「あの……私もそろそろ」
「いや、途中だっただろ?」
そう言ってウィルはローズを引き留めた。この状態で出て行かれては自分の未熟さが露呈したままになりそうで怖かった。
「い、今見たのは忘れてくれ」
「え? それはウィルとバリーさんとのやり取りということですか?」
「ああ、いつもああなるんだ。バリーの奴が茶化して来るから俺を」
「ふっ、でもそれをできる相手がいることは幸せなことだと思います」
微笑まれた。
微笑まれたくない事なのに! ウィルはゴホン! と咳払いをしてその場の空気を仕切り直した。
「それで、エイダンの事をキャリーさんに話す内容は見た方が良いか?」
「どうしてそう言うのですか?」
「君が直接キャリーさんに話すことはないと思うからだ。そうだと言うなら、あんな相談を俺にするわけない」
あんな――。そう言われて少し傷ついてしまった自分が情けなくなり、ローズはにっこり笑顔で言う。
「そうですね、直接言うなんて私には難しくてできないです。だから長々と詳細は少し省きますが、それでも自分の思いに嘘は付けないのではっきり書こうと思います。でも、そうですね、キャリーさんに直接届くようにはしたくないのでジョイアグリュックに宛てて書こうと思います。でも、ウィルはそのジョイアグリュックの人ですし、あまりキャリーさんに詳しくは話さないで下さい!」
「分かった。それにしても、よく決心がついたね。あんなに思い悩んでいたのに。伝書鳩は確実に届けたい相手の所に行くからか?」
「いいえ、ウィルのおかげですよ」
「俺?」
「はい、ウィルが決心をつけさせてくれたのです」
それっきりローズは何も言わなくなった。
この無言、俺がやらかしたに違いない。
ユミトに居るとどうも調子が良くなくなって、勇者らしくしてしまう自分がいる。
それも爵位のある勇者に。
「あのー、何か気に障ったならちゃんと言ってくれ。直すから」
「別に何もありませんよ。ウィルが気にする事ではないのです」
そう言ってローズはバリーが持って来たお茶を飲んだ。
本当に飲めるほどの味なのだろうか? それにバリーはこれを飲むと落ち着くとも言ってなかったか? それはこのお茶の中に何かしらが入っていて、その効果でそうなるということではないのか?
それに彼女がずっとにこやかなままなのがとても気になる。
「どうしたのですか?」
「いや……」
彼女はきょとんとしていて、すごく落ち着いていた。
「君の問題が解決したようで良かった」
「ええ」
やっぱりローズは怒っているんじゃないのか? 本当の事を正直に言ってほしい。
「そうだ! 今から美味しい物でも食べに行こうか? 奢るよ?」
「いえ、それだとウィルが働く時間がありませんよ? 少しこの部屋を使わせて下さい。あの方からの伝書鳩が来ないうちに書いてしまいたいので」
「分かった……」
しょんぼりとウィルは一人この部屋を出て行こうとした。
そんな彼がふと気になってローズは言葉を掛けた。
「あの、ありがとうございます。こんなわがままを聞いてくださって!」
「『こんな』じゃない。ローズにとっては死活問題だろ? その相談相手になれて俺は嬉しかったんだ。他でもない俺を頼ってくれて。ありがとうと言いたいのはこちらの方だ。あの問題が終わればこちらの問題が出て来るものだし、そんな落ち込まず、気にしないでほしい。他人はそれほど自分の事を気にしないと言うものだけど、気になるよな。とても」
何故ウィルがこんなにも気落ちしているのかは分からないが、ウィルにとってその『こんな』は『あんな』ものなのかもしれない。それでも自分にとっては大事な問題だ。
「あの、ウィルにとっては聞きたくもない事だったかもしれませんが、私にとってはとても大事な事で、とても微妙な事なんですけど、あんな事でも私には意味があり――」
その言い方でピンとウィルは来た。
「いや、俺がいけなかったんだ。ごめん。『あんな問題』とか言って」
言ったら伝わったというのはよくある話で、その気付きをくれたウィルにローズは感謝した。
「ごめんなさい、とってもデリケートでもないんですけど、ウィルにとっては本当どうでも良い事だと思うんですけど、それでもやっぱり誰かに頼りたくて、ウィルに面倒を押し付けてしまったかもしれません!」
「いや、面倒じゃない! もっと頼ってくれて良い! 俺がしてあげられる事は最大限君にしたいから!」
ここまで言ってしまって自分は何を口走っているんだ!? と我に返ったウィルはまた平常心を取り戻し、冷静に言った。
「出来たら呼んでくれ。確認するから、その方が安心だろ?」
「は、はい。ありがとうございます」
二人して放心状態にはなりはしなかったけれど、謝ってばかりはいけない気がする。
パタンと閉められたドアを見つめてローズは思う。
この先も彼が居てくれるとは限らない。
だから、自分はしなくてはならない。
少しずつでも一人で何でも出来るように。
今は少し頼らせてもらうとして。
「それにしても、ウィルにあの時の抱き締めたことについて改めて聞かれなくて良かったー。聞かれてたら絶対無意識の事でごめんなさい! って頭に火が噴き出てたかもしれないくらい恥ずかしかったから、本当に良かったー! 聞かれなくて」
またバリーの持って来てくれたお茶を飲み、心を落ち着かせる。
そして、心にある事を全て紙に一度ぶちまけて、そこからこれはいらない――と書き直し、ようやく出来上がった長文詳細手紙をウィルに見せる為にローズはウィルを探そうと部屋を出れば、彼はすぐ近くに立っていた。
「いや、できたか?」
「あ、はい。その何で?」
「声がしたから何かあったかと思ったんだけど、なさそうで良かった。ついでに言うとこの部屋少し声が漏れるから変な事とかしてるとすぐバレるんだ。そうしたのはブライアンだけど」
「そうなんですか、どうしてそんな事を?」
「自分が潔白だと証明する為だよ」
「潔白?」
「ブライアンはね、ああ見えてけっこう女に対してはだらしなくて。まあ、そういう事だ」
どういう事なのか、ちゃんと説明をしてほしい所だけどもそう言うということはきっと聞かれていたに違いない。
あの事について――。
「あ、いや、その」
彼はスタスタと部屋に入ってその手紙を読み始めた。
立ったまま読めそうにないのを判断すると椅子に座り、読みふけっている。
「あの……ウィル?」
「何だ? 今の所おかしな所はないぞ?」
「いや、何か口調が勇者っぽいですよ?」
「そうか?」
「いつものウィルらしくありません」
「ここはユミトの中だからじゃないか? 俺はいつもユミトではこんな感じだ」
そっけなく聞こえた。けれどそれは絶対いつも接していたウィルとは違うと感じる。
「聞いてましたよね? 私が声に出していたこと」
目はきっと読んでいるのに、その手は止まったままだ。
「ウィル?」
「ああ、聞いてた。けれど、君が無意識と言うならそうなんだろ? 俺は気にしてないよ、もう」
そう言ってウィルは次の紙に移った。
でも、そう言うのは気にしていたということだ。
それにあの時も確かこんな事を他の人にもするのか? と言っていた。
それについて気にしているのであって、本来気にするべき所がウィルと私とでは違うかもしれない。
先ほど、ウィルが言ってたではないか。他人はそれほど自分の事を気にしてないって。それだ!
「いやー、ウィルに聞かれてしまいましたか。おっちょこちょいですね、私も」
そんな演技など必要ないのにローズは愛想笑いで誤魔化した。
またやってしまっている、自分の悪い癖。
それでその場を取り繕うことができれば良い。
愚かな女だというのはもう散々と分かっているから。
泣きたくなって来たけれど、ウィルにそんな事で引かれたくなくて一生懸命普通を演じた。
そして読み終わる頃にはウィルが見られなくなっていた。
「正直言うと俺もすっごい気になってた。だって、初めてだったからさ。聖女に抱き締められるってこういう事かと初めて知った」
「そ、それは本当にごめんなさい」
「いや、聖女の力を初めて知ったというか、今までお世話になったのってあの魔王を倒す時ぐらいだったしな」
そう言うウィルの言葉でローズは救われる思いがした。
やっぱり、ウィルはそこを気にしていたんだ――そう思えるとすっと今までの気持ちがなくなり、悩みもなくなる。
「どう思いましたか? 私のその……それは」
「うーん、とってもそれまでの苦しさから解放されたような気持ちに近いかな?」
そう言うとウィルはローズの書いた手紙をローズに返した。
「良いと思うよ。きっとまあ、キャリーさんももう一度は会えって言うだろうけど」
「はい、そうですよね」
それについてはもう文句も言えない。だから考えなくてはいけないんだ、ちゃんと。こういう事がもう起こらないように、良い学びにしなくてはならない。
ユミトからジョイアグリュックまで距離はないからすぐに伝書鳩を飛ばしたら返事が来るだろう。
その時、ローズは一人が嫌だと言った。
けれど、この問題は自分のものでウィルには関わりのない事だと。
それでもウィルは言う。
また何かあったらすぐに来て良いと。それが自分の役割だからと。
それは友達としての言葉だった。
「じゃ、送ろうか? 店先まで」
「はい」
こうしてお互い普通に接していられることこそが喜びのような気がして、ウィルはローズと別れた。
あの先日のローズからの抱擁はただの聖女としての行為だと改めて思い知らされる。
それくらい何もないのだからそうだろう。
窓からちらっとちゃんと伝書鳩を飛ばすローズが見えた。
その後は何でもなさそうに彼女は行ってしまった。
(やっぱり、そうだよな。ローズがあんな大胆な事するはずがない)
確信して男ばかりの職場に戻る。
ちらっとバリーがどうだった? とこちらを見て来たが、ウィルはそれを無視し、困っている冒険者を助ける為にそちらへ向かった。
彼女も自分と同じ思いだったんだ――と分かれば、さらに人に優しくできるというものだ。




