ジョイアグリュックでの初めてのお見合い
ジョイアグリュックに来て何十分経ったのだろうか?
少し不安になって来る。
よく晴れた日なのにちっとも楽しくない。
ウィルが何故か居たが、気にしないようにした。
今から会うのは気心知れたウィルではなく、敵として戦うことが多かったあのリザードマンさんだ。
一応、もう敵ではないからそう言っているが、きっと魔の心が強ければ先日の足湯のような事が起こるかもしれない。
けれどそれに気付きそうなのは今居る人達の中ではウィルだけだろう。
キャリーさんやアメリアさん、テオさんは気付かないかもしれない。
そうであった方が良い。
お見合い相手が急に倒れたりしたらそれこそ大変だ。
今後のジョイアグリュックの評判にも繋がるかもしれない。
用心しなければ――でも、この聖女の力は勝手に発動する。祈ればさらに強力になる。そういうものなのだ。だからいつも自制心でもってこの力を保っているのだが、今日はどうなんだろうか。
そんな心のそわそわ感は緊張のせいかもしれないと頭の中に叩き込んで来た相手のリザードマンさんの事をもう一度思い出す。
彼の名前はエイダンさん。種族はリザードマン。
あの似顔絵からはよく分からないが、ああ見えてまだ二十代前半という若さがあるそうだ。そうは見られないのでいつも困っているとも聞いた。
初めてそんな彼の似顔絵を見た時のローズの印象は緑色のトゲトゲの顔、強面――と恐怖心が勝ってしまったが、リザードマンの中ではそれがものすごく良いという話で、そうですか……と言うしかなかった。
それをウィルにこの前話せば、顔ではなく一緒に居て落ち着くかどうかで見てはどうか? と言われたが、それはそうですね……となるものだった。
相手が人だった時もそうだったからだ。
けれど、何でだろう? 軽い気持ちで受けてしまったからだろうか。
彼は一応人の言葉が喋れるらしい。
だから心配はいらないとキャリーさんもアメリアさんも言っていたが、周りの人達よりも自分の心に聞けばすぐに分かるような答えがあるような気がした。
けれど、それを今頃になってちゃんと確認するには失礼な気がして、そのままここに居る。
腑に落ちない原因はここだろうか。
あー早く終わらせたい! そんな気持ちになってしまった頃、ようやくそのリザードマン、エイダンさんがやって来た。
彼はこちらに気付きもしないでさっさと奥の方へと行く。
(え? ここでやるんじゃないの?)
自分が座っていた店先の席を通り過ぎられてローズは急に心配になった。
(何をしているんだろう?)
とってもドキドキして来た。
こんなのは久しぶりだ。
まあ、それはそうだ。
お見合いなんてもう何か月ぶりだろう? ものすごく緊張して来た。
そんな調子で待っていれば、何故だかキャリーさんがやって来て、ローズに話し掛けて来た。
「あの……、少しご提案なんですが、お食事をされながらでも良いか? と向こうの方がおっしゃっているのですが」
何ともいつものキャリーさんらしくない喋り方だった。
それはそのリザードマンのエイダンさんの喋り方なのだろうか? まあ、良いか。とローズは思った。
何故なら、最近ウィルに相談する為にちょくちょく食事をする場所に行っていたので、周りでそういうお食事をする人の目を気にしなくなっていたのだ。
それにしてもこういうお見合いは初めてだ。
まだ話したこともない人とのお食事……大丈夫だろうか? そんな一抹の不安もキャリーがエイダンを連れてローズの所へやって来ればなくなってしまった。
今はこの現実を受け入れなくては!
「こちら、リザードマンのエイダンさんで、ローズさんです」
普段のテキパキさのない丁寧なキャリーさんの紹介でローズは挨拶をしてみた。
「初めまして、今日はよろしくお願いいたします」
そうは言ってみたものの本当にこのエイダンさんは人間の言葉を話すのだろうか?
何と言うだろう? と思っていれば、彼は何もぎこちなさのない普通の人間と話すかのように言った。
「こちらこそ、宜しくお願い致します」
「では、飲み物を決めましょうか」
ようやく、普通のお見合いのような感じがして来た。
こんなにも気遣うのは初めてだったが、彼は自分の意志をはっきりと示す人だった。
こちらの事をそんなには思っていない。
それがすぐに分かった。
自分の食べたい物を頼み、ローズもそれに倣う。
彼は人間の食べる物を普通に食べるようだ。
敵として戦っていた時には見られなかった光景だ。
少し物珍しい。
けれど、ずっとそれを気にしているわけにはいかない。
ローズは初めて自分から話し掛けることにした。
最初の話題はこれだ。
その食べ物の話から始まり、段々とローズはエイダンとの会話を楽しんで行った。
何だか自分と似ている気がする。
けれど彼はあまりにも自分勝手だった。
自分が気になった事にはすぐ食いつくが、そうではない事には無関心で、ローズの世間話も無言のままだった。
けれどもローズとしてはその『似ている』と思う事の方が重要で、こんなにも話していて楽しいと思えたのは初めての事だった。
けれどやっぱりウィルと話している方が安心する自分がいる。
その事実を楽しい会話というもので上書きをして蓋をした。
だから、彼の悪い所はあまり目に付かなかった。
好きな物が同じというだけでこんなにも楽しいんだ! それによってローズの心は決まった。
本交際に入るかどうか、それは次に会った時に分かるだろう。
まずは仮交際に入り、相手のその気になってしまった点の正体を知らなくてはならない。
見過ごせなかった。
その彼の自分勝手さが――。
もし、このまま結婚して生活をした時に自分はそれを許せるのだろうか。
毎日一緒に居る相手なのに、そればかり気にしてしまわないだろうか?
その為にももう一度ローズはエイダンに会うことに決めた。
お会計は彼が全て出してくれて、ローズは良かったと思った。
こういう場合、男の方が払うと相場は決まっているのだ。
最近ではこういう時にも女性も払い、ご馳走になるというのは嫌だというのを後で知ったが、ローズとしてはお財布に優しいので万々歳だ。
だが、少しでも彼の負担を軽くする為にローズはメニューの中から一番安い物を選んでいた。
本当に食べたい物ではない。
我慢をした。
何故だろう?
気遣いをする相手ではなかったはずだ。
そんなに最初から好きではなかったし、軽い気持ちだったはずなのに――。
家と言う家はないローズは森の中でキャリーから渡された紙を広げた。
そこには魔法陣が描かれており、ポン! と一匹の伝書鳩が現れた。
それに自分の結果を託す。
彼に合わせるとした。
最初からこちらに気があるとしたくはなかった。
そのくらい彼をまだ信用はしていなかった。
ウィルは何故あそこに居たのか聞きたかったが、ここに居るなら働いて下さい! とキャリーに怒られていたから、もしかしたらユミトだけではなくジョイアグリュックの仕事も任されるようになるのだろうか。
だとしたら、心強い! もっと相談してしまうかもしれない。
彼はそんな存在だった。
ローズの中で彼はやはり安心できる人であり、オーウェンの代わりではないが、心休める人であった。
それを彼に言うつもりはないし、それで迷惑をかけたくもなかった。
彼には今まで通り、お友達でいてほしかった。
身勝手だろうか、こんな自分をさらけ出すにはいかなくて、ローズは静かに祈る。
彼が少しでも幸せでいますように――。
それは聖女としてではなく、彼女の本心としての祈りだった。
静かな星空は彼女の願いを叶えたように彼の心をざわざわとさせていた。




