鐘楼
夕暮れの道を進むと、村の鐘楼が見えた。
高い石造りの塔だ。
屋根は長い年月を経て黒ずみ、壁のあちこちに蔦が這っている。
塔の頂には小さな鐘が吊るされていた。
その下に、ひとりの老人が立っていた。
木箱を足元に置き、梯子に手をかけている。
背は曲がり、白い髪が風に揺れていた。
老人は梯子を上り、鐘のそばまで行くと、吊り下げられた縄を確かめた。
何度か引いてみて、それからゆっくりと梯子を下りた。
白き観測者が近づくと、老人は顔を上げた。
「おや」
老人は白き観測者を見つめた。
驚いた様子はなかった。ただ、少し目を細めた。
「教会からいらしたのですかな」
返事はなかった。
「そうですか」
老人はそれ以上尋ねず、木箱を持ち上げた。
「もうすぐ日が暮れます。今夜はどちらへ?」
白き観測者は動かなかった。
老人は小さく笑った。
「行く先は決まっていないようですな」
老人は鐘楼の脇にある小屋を指さした。
「よろしければ、あそこで休まれるといい。昔、鐘の修理に来た職人が使っていた小屋です。今は物置同然ですが、雨風はしのげます」
そう言って、老人は歩き始めた。
白き観測者は、その後ろを歩いた。
小屋の中には、古い机と椅子があった。壁際には使い古された道具が並び、窓辺には小さな瓶が置かれている。
老人は扉を開けたまま、室内を見回した。
「掃除をしておきましょう。長いこと使っておりませんでしたから」
老人は箒を取り出し、床を掃き始めた。
白き観測者は、小屋の入り口に立っていた。
箒が床を擦る音がする。
窓の外では、風が草を揺らしていた。
やがて老人は掃除を終えると、箒を壁に立てかけた。
「では、私はこれで」
老人は扉のところで立ち止まった。
「明日の朝、鐘が鳴ります。少し早いですが、よろしければ聞いていってください」
老人が去ったあと、小屋は静かになった。
窓から差し込む夕日が、床に長い四角形をつくっていた。
光はゆっくりと傾き、やがて壁から消えた。
夜が訪れた。
遠くで犬が鳴いた。
村の家々に灯りがともり、窓の向こうから人々の声が聞こえてきた。
食器の触れ合う音。
戸を閉める音。
子どもの笑い声。
それらは少しずつ途切れ、やがて村は静かになった。




