第9話:包囲網突破! 襲いかかる黒い波!
初陣の勝利に浸っていたのは、ほんの数分間だけだった。
新宿の瓦礫の上で、街の人たちから貰った温かい拍手。
胸の奥がじんわりと熱くなって、「あぁ、私達は本当のヒーローになれたんだ」って、そう思った矢先のことだった。
ぐにゃり、と空が歪んだ。
太陽が昇っていたはずの青空に、まるで黒いインクをぶちまけたような巨大な亀裂が走り、そこから吐き出されたのは――地平線を埋め尽くすほどの、漆黒の影だった。
「ひ……ひぃぃぃっ! 嘘でしょ、嘘でしょーっ!?」
咲が自分の頭を抱えて悲鳴を上げた。
「何あれ!? 十体とか二十体じゃないよ!? 百……ううん、千!? 数千体はいるじゃんーっ!」
黒いタイツのような皮膚に身を包み、赤く濁った目をギラつかせた下級戦闘員『カゲノコ』。
それが、次元の裂け目から滝のように溢れ出し、新宿の街から地平線の果てまでを真っ黒に染め上げていく。
「な……なんて数ですか……!」
葵が計算尺を落としそうになりながら、青ざめた顔でスマホの画面をタップする。
「広域スキャン完了……確認できるだけで、三千五百体以上! しかも、まだ増え続けています!」
「こんなの……変身できても、倒しきれるわけないよぉ……」
桃が私のジャージの袖をぎゅっと掴み、体を震わせた。その瞳には、恐怖でいっぱいの涙が溜まっている。
「けッ、いくら数が多かろうが、一匹ずつ叩き潰せば済む話だろ!」
翠が不敵に笑おうとしたけれど、その口元がわずかに引きつっているのを、私は見逃さなかった。
ズズズズズ……ッ!
数千の黒い影が、地鳴りのような足音を立てて、私たち五人をぐるりと取り囲んでいく。
逃げ場はない。四方八方、どこを見渡しても、黒、黒、黒。
黒い波が、私たちという小さな光を飲み込もうと、じわじわと包囲網を縮めてきていた。
私の左腕で、チェンジャーの【炎】のキーが、ドクン、ドクンと激しく脈打っている。
まるで、これから訪れる本当の地獄を予感しているかのように。
「逃げない……」
私は震える膝を、両手で強く叩いた。
パンッ、と乾いた音が響き、痛みが意識を鮮明にする。
「逃げるもんか……! 私たちが退いたら、この街が……みんなが踏みにじられる! 輝け、キラリンジャー!!」
黒い波が、一斉に襲いかかってきた。
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コマンドルームの大型モニターには、黒い波に飲み込まれそうになっている五人の小さなシルエットが映し出されていた。
「玲奈! 出撃の許可をくれ!」
火ノ宮紅葉が、拳を握りしめて月城玲奈へ詰め寄った。
「相手は数千の軍団だ! 覚醒したばかりのあいつらに、あの数を捌ききれるわけがない! 押し潰されて、属性キーを奪われるぞ!」
「落ち着きなさい、紅葉」
玲奈の声は、静かだった。氷のように冴え渡り、一切の揺らぎがない。
「彼女たちのチェンジャーに宿る【五つの属性キー】は、互いの絆が同調した時にのみ真の出力を発揮します。敵の狙いは明確です……個々の圧倒的な武力で押すのではなく、数に任せた波状攻撃で体力を削り切り、変身が解けた瞬間を狙ってキーを強奪する気です」
「だったら余計に危険じゃないか!」
雷咲ひかりが激昂し、壁をドカンと叩いた。
「あいつら、昨日まで熱出して寝込んでたんだぞ!? 筋肉痛も完全に治ってねぇのに、そんな耐久戦やらせたら死んじまう!」
「美玲、あき、陽菜。あなた方はどう思いますか」
玲奈は振り返り、他のメンバーへ視線を向けた。
愛咲美玲は、画面の中の茜たちを慈しむような目で見つめ、ゆっくりと首を振り首を横に振った。
「……助けに行くのは簡単です。でも、ここで私たちが手を貸してしまったら、彼女たちは『ステラプリズムがいなければ戦えない存在』に戻ってしまいます」
「データ上も同意です」あきがタブレットを操作しながら言った。「彼女たちが目指すのは、私たちの後追いではない。自分たちの足で立つ、新しいヒーローの形です。……今の彼女たちの同調率は120%を維持しています。数値の上では、突破の可能性はゼロではありません」
「信じてあげましょう」天照陽菜が柔らかく微笑んだ。「泥の中から立ち上がったあの子たちの『絆』が、本物かどうか……私たち全員で、その目で見届けるのです」
玲奈はそっとバインダーを胸元に引き寄せた。
その銀色の瞳に、かすかな熱が宿る。
「……見せてみなさい、パステリズム。あなたたちの泥臭い輝きが、この黒い絶望を打ち破れるのかを」
◇
「ハァッ!!」
『キラリンセイバー』が一閃し、迫りくるカゲノコ三体を斬り伏せる!
だが、倒した側から次の十体が、二十体が、黒い泥のように湧き出してくる!
「くっ……キリがないよーっ!」
イエロー(咲)が空中を舞い、雷を纏ったキックで群がる敵を吹き飛ばすが、着地した瞬間に別の敵が足元へ飛びついてくる。
「きゃっ!?」
「咲!」
グリーン(翠)が風の刃で足元の敵を切り払い、咲の腕を引っ張り上げた。「集中しろ! 足をとられたら終わりだぞ!」
「みんな、中央へ固まってください!」
ブルー(葵)が『キラリンショット』で周囲に水のバリアを展開しながら叫ぶ。
「敵の狙いが分かりました! 相手は私たちを撃破することではなく、体力を削り取ることが目的です! 攻撃を分散させず、持久戦に持ち込まれています!」
「体力を……削る……?」
ピンク(桃)が息を荒らげながら、シールドで敵の爪を受け止めていた。
すでにスーツの各所に、激しい摩擦による煤や汚れがついている。
「じゃあ……私たちが疲れて変身が解けるのを、待ってるってこと……?」
「その通りです! 完全に嵌められました……!」
葵のメガネの奥の瞳が、焦りで揺れていた。
ザッ、ザッ、ザッ……!
カゲノコたちの包囲網が、数千の足音とともにさらに縮まっていく。
半径五十メートル……三十メートル……二十メートル。
私たちが背中を合わせ、円陣を組む中央のスペースは、みるみるうちに狭まっていった。
一回拳を振るうたびに、腕が重くなる。
一回跳躍するたびに、膝が悲鳴を上げる。
連日のスパルタ修行。山での極限合宿。生放送のトラブル。
回復しきっていなかった疲労が、重い鉛となって全身の筋肉にのしかかってくる。
「ハぁ……ハぁ……っ」
私の息が上がる。
視界の端が、酸素不足でチカチカと点滅し始めていた。
(ダメだ……このままじゃ……本当に削り切られる……!)
その時、一体のカゲノコが死角から飛び出し、私の腕のチェンジャーへ向かって鋭い爪を振り下ろした!
「茜!!」
ドガッ!!
「ぐあッ!?」
私を庇って前に飛び出したのは、咲だった。
咲の背中に敵の爪が深々と突き刺さり、黄色い光の粒子が激しく弾け飛ぶ!
「咲ーーーっ!!」
---
「咲! 咲!!」
地面に倒れ込んだ咲を、私は抱きかかえた。
変身スーツの背中部分が大きく裂け、痛々しい火花が散っている。
「痛っ……たたた……」
咲は顔を歪めながらも、ニッと無理な笑顔を作ってみせた。
「へへ……危なかったじゃん、茜……。リーダーの腕がもげたら、格好つかないでしょ……」
「バカ! なんで庇うのよ! 自分が怪我してどうすんのさ!」
私の目から、ポロポロと涙が溢れ出してきた。
「バカは……お互い様でしょ……」
咲が私のジャージ……じゃなくて、レッドの胸当てを小さく叩いた。
「思い出してよ……。合宿でさ、滝に打たれて冷たくて死にそうだった時……。正座させられて足が痺れて動けなかった時……。私たち、いっつもボロボロだったじゃん……」
咲の声に、葵と桃と翠が寄り添ってきた。
周りでは、数千のカゲノコたちが私たちが弱るのをじっと待つように、死の囲みを狭めている。
「最初はお互いバラバラでさ……」咲が呼吸を乱しながら続ける。「『アイドルと戦隊の両立なんて無理』って言われて……白目むいた変顔動画全国に晒されて、街中で笑われて……。どん底のどん底だったじゃん……」
「ええ……」葵が傷だらけの顔で頷いた。「データ上、私たちは何度も詰んでいました」
「でも……」桃が涙を拭い、私の手をギュッと握りしめた。「みんながいたから……茜ちゃんが前を走ってくれたから……私、逃げないでここまで来られたよ」
「そうだ」翠が木刀……いや、グリーンの風の刃を強く握り直した。「私たちは、最初から綺麗なヒロインなんかじゃねぇ。泥を啜って、笑われて、それでも立ち上がってきた『パステリズム』だろ」
胸の奥で、何かが弾けた。
冷たい恐怖も、絶望的な数への怯えも、全部吹き飛んだ。
そうだった。
私たちは、最初から完璧なヒーローとしてここに立っているんじゃない。
一人ひとりは弱くて、かっこ悪くて、白目むいて倒れるような女の子たちだ。
だけど――五人で手を繋いだ時、私たちは誰よりも強い『光』になれるんだ!
「みんな……」
私は咲をゆっくりと立たせ、五人で固く円陣を組んだ。
「包囲網を突破するよ」
私が言うと、四人の瞳に、燃えるような火が灯った。
「突破……? この数千の群れをですか?」葵が不敵に口元を上げる。「いいですね。計算外のアドビ、見せてあげます」
「私、もう誰も傷つけさせない!」桃がシールドを構え直す。
「一気に行くぞ! 道を開くのは、私たちのキレと煌めきだ!」翠が叫ぶ。
「へへッ、私のハイフリップ、見目に焼き付けなよーっ!」咲が拳を突き出す。
周囲を囲む数千のカゲノコが一斉に襲いかかってきた、その瞬間。
私たちの腕のチェンジャーが、五色の光の濁流となって暴れ出した!
【炎】の赤! 【水】の青! 【雷】の黄! 【花】のピンク! 【風】の緑!
五つの属性エネルギーが、互いに惹かれ合い、渦を巻き、ひとつに融合していく!
「みんなの想いを……ひとつに!!」
茜の叫びに、五人の声が重なった!
「「「「「必殺・五色連鎖……!!」」」」」
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コマンドルームのモニターが、五色の光で真っ白に染まった。
「同調率……150%……200%上昇!?」あきが叫ぶ。「エネルギー計測不能! 5つの属性キーが完全融合を起こしています!」
玲奈が思わず身を乗り出した。
紅葉も、ひかりも、美玲も、陽菜も、息をのんで画面を見つめている。
黒い波の中央で、五人の頭上へ昇り立ったのは――。
赤、青、黄、ピンク、緑の光が螺旋を描きながら合体した、巨大な『光の龍』だった!
『ギシャァァァァァッ!?』
カゲノコたちが恐怖に慄き、一斉に後退しようとする。だが、もう遅い。
「行くよみんな!!」
レッド(茜)が先頭に立ち、五人が同時に、目の前の巨大な黒い壁へ向かって飛び出した!
「「「「「キラリン・ペンタ・ブレイカーーーッ!!!!」」」」」
ドーーンッ!!!!
凄まじい衝撃波と光の濁流が、新宿の街を駆け抜けた!
虹色の光の龍が、地平線を埋め尽くしていた数千のカゲノコ軍団の中央を一直線に貫いていく!
触れた敵は一瞬で光の粒子となって蒸発し、黒い波が真っ二つに引き裂かれていく!
ズズズズズ……爆!!
地響きとともに、黒い波のただ中に、次元の裂け目へと続く真っ直ぐな『光の道』が開かれた!
「な……なにぃぃぃぃっ!?」
空間の奥で静観していた敵の幹部が狼狽する声が響く。
「私たちの光は……誰にも消せない!!」
レッドの叫びとともに、光の龍が次元の裂け目そのものを粉砕!
空間の亀裂がガラガラと崩れ落ち、黒い蒸気とともに、数千の影が一気に消滅していった!
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光の道が通り抜けた瞬間、周囲の残存していたカゲノコたちが、連鎖的に光の粒子となって消えていった。
静寂が、新宿の街に戻ってくる。
「ハぁ……ハぁ……ハぁ……!」
変身が解け、生身に戻った私たち。
茜たちは崩れるように、その場の瓦礫の上に膝をついた。
全身の皮脂が抜け、指一本動かすのも億劫だった。
ジャージは泥と煤で汚れ、髪はクシャクシャ。
だけど――誰も泣いていなかった。
手と手を強く握り合い、汗だくの顔で互いを見合って、笑い合っていた。
「や……やった……! 突破できたよ……!」
咲が茜の肩に頭を乗せて、クスクスと笑う。
「うん……! 私たちの光……消えなかった……!」
桃が涙を拭いながら、茜の手を固く握り返した。
「見事なアドリブと計算の融合でしたね」
葵がメガネの位置を直そうとして、フレームが歪んでいるのに気づいて苦笑する。
「ふん、まあまあだな」
翠も不敵に口元を緩め、空を見上げた。
雲が切れ、眩しい太陽の光が、私たち五人を温かく包み込んでいた。
◇
コマンドルーム。
モニターに映る、泥だらけで笑い合う五人の姿。
火ノ宮紅葉が、フッと深く息を吐き、腕を組んだ。
「……参ったな。あいつら、本当に数千の群れを突破しやがった」
「だろーっ!?」ひかりが自分のことのように胸を張る。「アタシたちの目に狂いはなかったってことだ!」
美咲あきがノートパソコンを閉じ、眼鏡の奥の目を柔らかく細めた。「同調率のデータ、過去最高値を更新です。これで彼女たちは、名実ともに『戦士』となりました」
愛咲美玲が、隣の玲奈を見つめる。
「玲奈さん……彼女たち、合格ですね」
玲奈は手元のバインダーを静かに閉じた。
その口元には、これまで一度も見せたことのない、誇らしげな微笑みが浮かんでいた。
「ええ。合格です。……これで、彼女たちは自分たちの『煌めき』を取り戻しました」
玲奈は画面の中の五人に背を向け、部屋の出口へ向かって歩き出す。
「ですが……休んでいる暇はありませんよ。彼女たちの本来の業務は『現役AIアイドル』です。明日から、滞っていたアイドル活動を全面的に再開させます」
「えっ、いきなりですか!?」美玲が驚く。
「当然です。戦隊ヒロインとしての強さを取り戻したのなら、アイドルとしての輝きも取り戻してもらわねば困ります。……煌星市での復帰ライブを手配しなさい」
玲奈は足をとめ、チラリと振り返った。
「そして……気をつけておきなさい。今回のカゲノコ軍団の異常発生……その奥に潜む『謎の敵』の正体が、間もなく姿を現します」
光を取り戻した『煌坂★パステリズム』。
しかし、彼女たちが守るべき街・煌星市には、さらなる巨大な魔の手が忍び寄っていた。
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【次回予告】
茜「数千の包囲網を突破して、ついにアイドル活動を再開することになった私達!」
咲「久しぶりの本格ライブだよ〜! 新曲のダンス、バッチリ決めちゃおうね!」
葵「ですが……煌星市の各地で、再び不穏な空間歪みが観測されています」
桃「えっ……ライブ中に、また敵が来るの……!?」
翠「街も、ライブも、全部守り切る! それが今の私たちのやり方だ!」
茜「忍び寄る魔の手……そしてついに姿を現す『謎の敵』の正体とは!? 輝け、キラリンジャー!」
次回、煌戦隊★キラリンジャー 修行譚 第10話:
『煌星市の危機! 迫る魔手と敵の正体!』
燃え上がれ、勇気の煌き★!




