第5話:休息も修行!? 倒れたパステリズムと先輩たちの温もり
【アバン】
頭が、割れるように痛かった。
視界がぐにゃりと歪んで、天井の蛍光灯が3つにも4つにも重なって見える。
息を吸うたびに、喉の奥がカラカラに乾いて焼きつくようだった。
「あ、つ……い……」
自分の声じゃないみたいに、掠れた音が口から漏れた。
布団を引き上げようとしたけれど、腕が鉛みたいに重くて指一本動かない。
横を見ると、隣の布団で咲が「うぅ〜……お粥の中にドローンが跳んでる〜……」とか意味不明なうわ言を呟きながら、白目をむいて伸びていた。
その向こうでは、葵が眼鏡をかけたまま布団の上で固まっていて、「……体温、38.5度……自己管理のインシデント……反省……」と壊れたラジオみたいにボソボソ呟いている。
桃は「ひぃん……激辛キムチはいりませんぇん……」と涙目でうなされ、翠に至っては「……股関節が……限界突破……」とつぶやいたきり動かなくなっていた。
全滅だった。
生放送のあの緊迫感。全国のお茶の間に向けたアドリブだらけのアクションライブ。
あの瞬間はアドレナリンがドバドバ出ていて、痛みも疲れも全部吹き飛んでいたのに、番組が終わって楽屋に戻った途端、張りつめていた糸がバチンと切れてしまったのだ。
連日の早朝特訓。山奥での極限合宿。有明での格闘ライブ。
限界を超えて走り続けてきたツケが、一気に押し寄せてきた。
「はぁ……はぁ……私、レッドなのに……情けないな……」
天井を見上げたまま、ぼんやりと思う。
戦隊として強くなりたい一心で、ただ前だけを見て走ってきた。
でも、倒れてしまっては元も子もない。
『休むこともプロの仕事だ』って、倒れる直前に玲奈さんが言っていた言葉が、熱で朦朧とする頭の中でグルグル回っていた。
その時だった。
カチャリ、と合宿所の部屋のドアが静かに開いた。
重い足音。複数の気配。
私は薄目をあけて、ドアの方を見た。
そこに立っていた影を見て、心臓が一瞬で跳ね上がる。
(え……嘘……? なんで……?)
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【Aパート】
そこに立っていたのは、ステラプリズムの先輩たち全員だった。
先頭に立つ月城玲奈さんは、いつも通りの隙のないスーツ姿……ではなく、少し袖をまくったシャツ姿に、手には大きめの氷のうと水筒を持っている。
その後ろには、大きな鍋を抱えた雷咲ひかりさんと、大量のタオルを抱えた火ノ宮紅葉さん。
さらに、タブレットと冷却シートの箱を持った美咲あきさん、擦り下ろしたリンゴのお椀を持った愛咲美玲さん、そして優しい笑みを浮かべた天照陽菜さん。
「……静かに。全員、完全にノックアウト状態です」
あきさんが低い声で告げると、ひかりさんが「うわっ、ホントだ! 全員真っ赤じゃん!」と声を上げそうになり、すかさず紅葉さんに「声を落とせ、馬鹿者」と頭を叩かれていた。
「玲奈……さん……?」
私がなんとか声を出すと、玲奈さんがすっと私の枕元にしゃがみこんだ。
「喋らなくていいです、茜」
冷たい手が、私の額にそっと触れた。
あまりの心地よさに、思わずふぅ……と息が漏れる。
「38度8分。典型的な過労と知能・肉体のオーバーヒートです。有明から生放送まで、一切のインターバルなしで追い込みすぎましたね」
「すみ、ません……私たちが……自己管理を怠って……」
「謝る必要はありません。あなたたちをここまで追い込んだのは、プロデューサーである私のスケジューリングのミスでもありますから」
玲奈さんはそう言うと、氷のうを優しく私の額に置いた。
ずっしりとした冷たさが、灼熱の頭にじわ〜っと染み渡っていく。
「さあ、ステラプリズム総出で『お手当』を始めますよ。今送れる最高のバックアップです。甘甘受けて取りなさい」
「はいっ! まずは特製・スタミナおかゆだぞー!」
ひかりさんが鍋のふたを開けると、出汁のいい香りが部屋中に広がった。
「ニンニクとショウガと、ネギをたっぷり入れたんだ! 激辛じゃないから安心しろ!」
「ひかり、病人におかゆを押し付けるな。まずは水分補給だ」
紅葉さんが手際よく水筒からスポーツドリンクをコップに注ぎ、そっと咲の頭を起こして飲ませていく。
「ほら、咲。少しずつ飲め。……たく、勢いだけは一人前なくせに、身体は正直だな」
口調は乱暴なのに、紅葉さんの手つきは驚くほど柔らかかった。
「葵ちゃん、冷却シート貼るね。ひんやりして気持ちいいよ」
美玲さんが、うなされる葵のメガネを優しく外し、額にシートを貼ってあげる。さらに擦り下ろしたリンゴをスプーンですくい、「はい、あーん」と口元へ運ぶ。
「あ……美玲さん……私、自分で……」
「ダメ。今日は甘える日! ほら、あーん」
葵は顔を真っ赤にしながら(熱のせいだけじゃなく)、小さく口を開けてリンゴを食べていた。
「桃さんは、体温の上がり下がりが激しいですね」
あきさんが桃の脈拍を静かに測りながら、氷のうの位置を脇の下や首元へと手際よく調整していく。
「冷やすポイントを間違えると逆効果です。ここ、少し痛いですが我慢してくださいね」
「うぅ……あきさん……冷たいけど……なんか安心しますぅ……」
陽菜さんは翠の隣に座り、濡れたタオルで翠の首筋や腕を優しく拭いていた。
「翠さん、一人で全部抱え込もうとしたでしょう。あなたが一番、体幹と筋肉を駆使していましたからね。疲れが一番深いのはあなたです」
「……陽菜さん……。くっ……情けないです。要とか言っておきながら……」
「情けなくなんてありませんよ。倒れるまで戦抜いた証拠です。今はただ、私たちに委ねてください」
陽菜さんの温かい手が、翠の髪をそっと撫でる。
いつもクールで強がりな翠が、心地よさそうに目を細めていた。
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【Bパート】
部屋の中に、お湯の湯気と、ショウガの香りと、穏やかな時間が満ちていく。
玲奈さんは私の隣で、手際よくタオルを絞り直しては、私の汗を拭き取ってくれた。
無駄のない、洗練された動き。
いつもは氷みたいに冷たい言葉で私たちを追い詰めてくる玲奈さんの手が、今は信じられないくらい温かかった。
「……玲奈さん」
「何ですか、茜」
「どうして……こんなに優しくしてくれるんですか? 私たち、まだ修行生で……結果も残せてないのに」
玲奈さんは手を止め、少しだけ遠くを見るような目をした。
「……勘違いしないでください。私は甘やかしているわけではありません」
玲奈さんは水筒の蓋を閉めながら、静かに言った。
「戦隊ヒーローも、アイドルも、命を削って輝く存在です。ですが……削りきって燃え尽きてしまっては、何の意味もない。壊れてしまっては、誰も守れないし、誰も笑顔にできないのです」
玲奈さんの視線が、部屋で寝ている五人へ、そして看病しているステラプリズムのメンバーへ注がれる。
「『休む』ということは、戦いから逃げることではありません。次に訪れる激戦のために、刀を研ぎ、エネルギーを充填する……それもまた、重要な『修行』の一部です。自己の限界を知り、休む勇気を持つこと。それができない者は、プロとは呼べません」
「休むのも……修行……」
「ええ。あなたたちはこれまで、必死に走ってきました。山を登り、アウェーの客席を裏返し、生放送のトラブルを叩き潰した。その強さは本物です。だからこそ……今は休みなさい」
玲奈さんは、私の頭にポンと手を置いた。
「先輩を頼りなさい。仲間を頼りなさい。一人で抱え込まず、全員で強くなりなさい。それが、ステラプリズムがあなたたちを預かった理由です」
胸の奥が、熱くなった。
熱のせいじゃない。温かい何かが、胸いっぱいに広がっていく。
「うぅ……玲奈さん……っ」
隣で聞いていた桃が、ボロボロと涙をこぼし始めた。
「優しすぎて……泣いちゃいますぅ……!」
「桃、泣くと水分が失われるぞ。ほら、おかゆを食べろ」ひかりさんが笑いながらスプーンを差し出す。
「ひかりさんのおかゆ、おいしいですぅ……!」
「……不器用なお世話だな。……でも、悪くない」
翠がタオルを顔に乗せたまま、ボソッと呟いた。
「フン、聞こえているぞ翠。誰が不器用だ」
紅葉さんが苦笑しながら、新しい冷やしタオルを翠の顔にバサッと乗せる。
「あはは! でも本当に、なんかお母さんがたくさんいるみたい!」
咲がリンゴをシャキシャキ食べながら笑った。さっきまで白目をむいていたのに、現金なものだ。
「誰がお母さんですか」あきさんが即座にツッコミを入れる。
部屋全体に、温かい笑い声が広がった。
あんなに怖かった先輩たち。
あんなに高かったステラプリズムという壁。
でも今、私たちは確かに、同じ場所で、同じ時間を共有している。
『保護』されるだけじゃない。『育成』されるだけでもない。
私たちは、この温かい絆の中で、少しずつ本物の「ヒーロー」へ育っているのだと、心の底から思えた。
汗をかいて、熱が少しずつ下がっていくのが分かった。
体が軽くなっていく。
私は重くなった瞼を閉じながら、みんなの声を聞いていた。
「おやすみなさい、茜」
玲奈さんの優しい声が聞こえた気がした。
私は、深い、深い、心地よい眠りの中へと落ちていった。
……そう、ここまでは。
ここまでは、完璧で、美しい、心温まる師弟の物語だったのだ。
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【Cパート】
数時間後。午後四時。
たっぷり眠って、熱も37度台まで下がり、全身のダルさもずいぶん引いていた。
「ふぁ〜あ……よく寝たぁ……!」
咲が両手を大きく伸ばして起き上がる。
「すごーい! 体が軽い! ひかりさんのおかゆと美玲さんのリンゴのおかげかな!」
「私も……随分と頭がハッキリしてきました」
葵もメガネをかけ直し、シャキッと背筋を伸ばす。
「体温37.1度。これなら明日のレッスンには復帰可能です」
「よかったねぇ、みんな……!」
桃もニコニコしながら布団から出ようとしていた。
翠も首を回しながら、「……よし、動けるな」と満足そうに頷いている。
「ねえねえ! 私たちの生放送の反響、SNSでチェックしてみようよ!」
咲がウキウキした顔で、枕元のスマホを手にとった。
「そうですね。トレンドの上位を維持できているか、データを確認しておきましょう」
葵もタブレットを立ち上げる。
「えへへ、どんなコメントが来てるかな〜?」
咲がSNSのアプリを開き、通知画面をタップした。
……その瞬間。
咲の動きが、ピタリと止まった。
「……え?」
咲の顔から、みるみる血の気が引いていく。
さっきまで健康的なピンク色だった頬が、一瞬で紙のように真っ白になった。
「咲……? どうしたの?」
私が覗き込もうとすると、咲の手が尋常じゃない揺れ方で震え始めた。
「あ……あわわ……あわわわわわわわわ……!!!」
「咲、落ち着きなさい。何があったのですか?」
葵が冷静に咲のスマホを覗き込んだ。
次の瞬間。
葵のメガネが、ズリ……と鼻の頭まで落ちた。
葵の口が、金魚みたいにパカパカと開閉する。
「な……なに……これ……!???」
「え、なに!? 何が見えてるの!?」
私と桃と翠が慌てて二人の元へ駆け寄り、画面を覗き込んだ。
そこに映っていたのは――。
『【衝撃】パステリズム公式アカウント、高熱うなされ生配信(無音)の様子がこちらwwwww』
『待って、アイドルの顔じゃないwwww白目wwww』
『うわ言ヤバすぎ草「ドローンがおかゆを運んでくる」って何wwww』
『白目ピンクとドット絵ブルーの顔芸が神がかってるwwwww』
『キラメキどこ行ったwwwwwww』
画面には、大バズりしている短尺動画が再生されていた。
そこには――
高熱でうなされながら、完璧な白目をむいて「おかゆ……ドローン……」とつぶやく咲のアップ。
メガネが曲がったまま「インシデント……インシデント……」と呪文のように唱えながら変顔でフリーズしている葵。
「キムチはいりませんぇん!」と涙目で謎のダンスっぽく手足をバタつかせている桃。
そして、「股関節が……」と呟きながら奇妙な格好で固まっている翠と、口を開けて爆睡している私の姿が、ばっちり高画質で収められていた。
投稿元:【煌坂★パステリズム 公式Xアカウント】
投稿時間:3時間前(私たちが熱でうなされていた真っ最中)
「あ……あぁ……」
咲が失神しそうな声を出した。
「さ……咲……? これ……なんで公式から上がってるの……?」
私の声がガタガタと震える。
「熱で頭がクラクラしてた時……『生放送の反響見なきゃ』ってスマホ触って……アプリ間違えて生配信ボタン押して……フリーズして……そのまま寝落ち……」
咲が膝から崩れ落ちた。
「消せない……アプリがフリーズしてて、投稿が消せないよぉぉぉぉぉぉお!!!!」
「落ち着いてください! すぐにブラウザからログインして削除を――」
葵が血相を変えてタブレットを操作しようとした、その時。
ガチャリ。
静かに、部屋のドアが開いた。
そこに立っていたのは――。
片手にスマホを握りしめ、額にピキピキと青筋を浮かべた、月城玲奈さんだった。
その後ろには、腕を組みながら仁王立ちで般若のような顔をしている火ノ宮紅葉さんと、真顔で「現在の拡散数、280万リポストです」とタブレットを掲げる美咲あきさんの姿。
玲奈さんの瞳が、これまで見たどんな冷気よりも冷たく、そして恐ろしく燃え上がっていた。
「……煌坂★パステリズム」
氷の底から響くような声が、部屋の空気を一瞬で凍結させた。
「あなたたちは……『休む』ということの意味を、完全に履き違えているようですね?」
「「「「「ひぃぃぃぃぃぃぃっ!?????」」」」」
5人の悲鳴が、合宿所に虚しく響き渡った。
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【エピローグ】
翌朝。事務所の会議室。
床の上には、寸分の狂いもなく正座で並ぶ私たちの姿があった。
熱はすっかり下がっていた。体調も万全だった。
だが、全員の顔は死人のように真っ白で、精神的なショックと恐怖で全身がガクガクと震えていた。
正面の巨大なモニターには、昨日の『誤投稿・黒歴史事故動画』が永遠にループ再生されている。
『おかゆ……ドローン……(白目)』
『インシデント……(変顔)』
『キムチはいりませんぇん!(奇行)』
モニターの横には、腕を組んで佇む月城玲奈。
「生放送で見せた素晴らしいキレと煌めきが、たった一本の誤投稿動画で見事に打ち砕かれましたね」
玲奈さんの声には、怒りを通り越した静かな呆れが含まれていた。
「Xのトレンドには、『#パステリズム大惨事』『#白目イエロー』『#黒歴史ブルー』が上位を独占。ファンからは『親近感が湧いた』という声もありますが、アイドルとしても、戦隊ヒロインとしても、あってはならない大失態です」
「うぅ……申し訳……ありません……」
咲が床に額をこすりつけるようにして謝る。
「言ったはずです。自己管理も修行のうちだと。体調が戻らないうちに不用意にスマホを触り、事故を起こす……これは『プロ意識の欠如』以外の何物でもありません」
玲奈さんはバインダーをコンと叩いた。
「この消えかかったキレと煌めきを取り戻すまで、あなたたちに休む時間はありません。……次回から、特別再教育プログラムを開始します」
「再……教育……?」
私が震え声で尋ねる。
「ええ。失われた『ヒロインとしての品格と強さ』を、叩き直し直します」
玲奈さんの後ろで、紅葉さんがニヤリと恐ろしい笑みを浮かべ、ひかりさんが拳をボキボキと鳴らしていた。
私たちの、本当の試練は……ここからだったのかもしれない。
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【次回予告】
茜「大事故を起こして、完全に煌めきが消えかかっちゃった私たち……」
咲「白目動画が拡散されすぎて、街を歩くだけでクスッと笑われるよ〜! 恥ずかしくて死にそう〜!」
葵「アイドル・戦隊ヒロインとしてのブランディングが崩壊寸前です。……どうすれば……」
桃「玲奈さんたちの『特別再教育プログラム』って……一体なにをするの……!?」
翠「逃げ場はない。失った信頼は、パフォーマンスで取り戻すしかないんだ!」
茜「どん底から這い上がれ! 私たちの本当の煌めきを、もう一度見せてやる!」
次回、煌戦隊★キラリンジャー 修行譚 第6話:
『どん底からの再起! 奪われた煌めきを取り戻せ!』
燃え上がれ、勇気の煌き★!




