煌めく星々の助走 — ステラセイヴァーズ×キラリンジャー育成計画
『煌めく星々の助走 — ステラセイヴァーズ×キラリンジャー育成計画』
【アバン】
夕焼けが、煌星市の街並みをぜんぶオレンジ色に染め上げていた。
ショッピングモールの屋上、フェンスの網目に背中をあずけて、私たちはただハァハァと荒い息を吐いていた。ジャージの膝には泥がべっとりついていて、汗で前髪が額にへばりついて、めちゃくちゃ重い。
手のひらに握りしめたポカリスエットの缶が、ぬるくなっていくのがわかった。
「うぅ……せっかくの初ライブだったのに、めちゃくちゃになっちゃったね……」
咲がジュースの缶を両手で包み込むみたいにして持ったまま、ポツリと呟いた。普段なら太陽みたいにうるさいくらい笑ってるやつが、眉の端を下げて地面を見つめてる。
だけど、隣に立っていた葵が、静かに首を振った。眼鏡のレンズが、夕日に反射して一瞬だけきらっと光る。
「ですが、怪我人は一人も出ませんでした。それに……見てください、あそこ」
葵が指さした先。モールの下の広場には、避難を終えたお客さんたちが大勢残っていた。
スタッフの手伝いをしてる人もいれば、隣の人と肩を寄せ合って励まし合ってる人もいる。そして、何人かがふと屋上を見上げて、泥だらけの私たちに気づいてくれた。
あ、さっき前列で手作りのうちわ振ってくれてた女の子だ。
小さな手で、一生懸命にこっちへ手を振っている。
『ありがとう! キラリンジャー!』
遠くからでも、はっきりと聴こえた気がした。胸の奥が、ぎゅーっと締め付けられるみたいに熱くなる。
「……そっか」
咲の顔に、いつものひまわりみたいな笑顔が、ちょっとだけ戻った。
「ライブは途中で終わっちゃったけど……ちゃんと届いてたんだね」
「うん」
私は大きく頷いた。「届いてたよ。私たちが守りたかったもの……ちゃんと守れた」
そのとき、背後からコツコツと硬いヒールの音が近づいてきた。
振り返るまでもない。重厚で、一切の無駄がない歩調。
そこに立っていたのは、銀色の髪を夕日になびかせた女性――月城玲奈さんだった。片手には缶コーヒー。相変わらず、隙のないスーツ姿が怖いくらい似合っている。
「玲奈さん……」
「ライブの評価としては、惨敗です」
玲奈さんは、缶コーヒーのプルタブを静かに開けながら、冷ややかな声で言い放った。
「曲を途中で止めざるを得なかったこと。観客を危険に晒したこと。そして何より、あなたたちが自分たちの能力の限界を理解していなかったこと。厳しい言い方をすれば、プロとして失格です」
咲が肩をビクッと揺らした。桃は泣きそうになって口元を固く結び、翠はタブレットを握りしめたまま唇を噛んでいる。
だけど、玲奈さんはそのまま缶コーヒーに口をつけ、沈黙を挟んでから、こう続けた。
「……ですが。怪我人を一人も出さず、最後まで誰一人として逃げ出さなかった。そこだけは、評価してあげてもいいでしょう」
玲奈さんの視線は、私たちのジャージの泥汚れに向けられていた。
「ですが、ここからが本当の岐路です。あなたたち『煌坂★パステリズム』――いいえ、『煌戦隊★キラリンジャー』が、このまま消えていくのか。それとも、本物の輝きを手にするのか」
煌星市の街に、夜の帳が下りようとしていた。
スターヒルズの街灯がぽつぽつと灯り始め、遠くに見える煌星アリーナの巨大な屋根が、薄闇の中に浮かび上がっている。
私たちが目指す場所は、あんなにも遠い。だけど、胸の中の火は、まだ消えていなかった。
【Aパート】
スターヒルズの一角に聳え立つ、ステラプリズムの自社ビル。その最上階にある幹部会議室は、静まり返っていた。
大型モニターには、私たちの惨めな初ライブのデータと、未完成な活動記録が淡々と映し出されている。
部屋の中央に座るのは、プロデューサーの月城玲奈。
その周囲を囲むのは、令和のセーラー服美少女戦士『ステラセイヴァーズ』として街を守り、トップアイドルとして君臨するステラプリズムの幹部メンバーたちだった。
「まず、感情論は捨ててください」
玲奈の声が、冷たいガラスのように会議室に響いた。
「今回の件は『可哀想だから手を差し伸べる』という話ではありません。彼女たちを預かることで、彼女たちの価値を本当に伸ばせるか。そこを冷徹に判断します」
「玲奈さん、冷たい言い方しなくてもさ……!」
思わず声を上げたのは、雷咲ひかりだった。身体を乗り出し、机に両手を突く。
「あんな一生懸命修行してる子たち、見過ごせないでしょ! あの泥だらけのジャージ見たでしょ!? 逃げずに最後まで戦ったんだよ!」
「甘い考えで預かることは、彼女たちの成長機会を奪う『毒』になります、ひかり」
玲奈は一切眉をひそめずに、淡々と語りかける。
「私が提示する判断軸は3つ。①伸びしろはあるか、②Stella Prismの負担にならないか、③『煌坂★パステリズム』の独自ブランドを守れるか。私の暫定回答は……条件付きの受入です」
会議室の空気が微妙に揺れた。
条件付き。それは、ただ助けるだけではないという宣告だった。
「私は……玲奈さんの条件付き賛成に賛同したいな」
静かに口を開いたのは、Stella Prismのセンター、愛咲美玲だった。その瞳には、温かいけれど譲れない光が宿っている。
「『現役AIアイドルがスーパー戦隊に出演したら?!』って、すごく夢があるコンセプトじゃない?」
「夢で飯は食えんぞ、美玲」
即座に手厳しい言葉を投げかけたのは、火ノ宮紅葉だ。腕を組み、脚を組んで、鋭い目つきで画面のデータを睨みつけている。
「アイドルと戦隊の二足の草鞋なんて、生半可な覚悟じゃどちらも中途半端で潰れるだけだ。現に、今回のライブだってあのザマじゃないか」
「でも紅葉ちゃん、中途半端で迷っている今だからこそ、私たちが教えてあげられることがあると思うの」
美玲は怯まず、紅葉の目を見つめ返した。
「ステージで歌う楽しさも、仲間と一緒にピンチを乗り越える強さも。……私たちだって、最初から完璧じゃなかったし!」
紅葉は「チッ」と短く舌打ちをして、視線を逸らした。
「……別に私は反対してるわけじゃない。未完成な時期こそ一番吸収が早いのは確かだしな。ただ『戦隊ごっこ』をさせるつもりなら私が叩き直す、と言いたいだけだ」
「出た! 紅葉のスパルタモード!」
ひかりが半ば呆れたように、でもどこかうれしそうに叫ぶ。
「ふん、当然だ」と紅葉は鼻を鳴らした。「『キラリンジャー』の名前を背負って戦う以上、お客様やファンを守る覚悟が必要になる。預かるなら、うちの厳しいレッスンにも耐えてもらうぞ」
そのやり取りを、壁際の椅子に座ってタブレットを操作していた美咲あきが、淡々とした声で遮った。
「理論上、現在の彼女たちの問題点は明確です。能力不足ではなく、コンセプトの重複による役割の曖昧さにあります」
「曖昧さ、というと?」
座長の位置に座っていた天照陽菜が、おっとりとした口調で促す。
「『AIアイドル』と『スーパー戦隊』が別々に存在してしまっているため、活動の軸がブレているんです」
あきは画面のグラフを指し示した。
「ですから、預かる際に行うべきはレッスンではなく再定義です。『アイドル活動そのものが、戦隊としての力を高める修行になる』という構造に組み替えます」
「なるほど」
玲奈が頷く。「歌やダンス、ライブパフォーマンス全てを戦隊としての訓練と位置付けるわけですね。あき、良い分析です」
「難しい理論はあきにまかせるけど!」
ひかりが再び拳を握りしめて前に出た。
「途中で挫けそうになってる後輩を放っておくなんて、正義の戦士として絶対に嫌だ!」
「お前は相変わらず勢いだけだな……」
紅葉が呆れ顔で吐き捨てるが、ひかりは止まらない。
「勢いだって大事でしょ! 一緒に走って、間違えたら怒って、頑張ったら全力で褒める! それで一緒に強くなればいいじゃん!」
ひかりの真っ直ぐすぎる言葉に、部屋の中のピンと張り詰めた空気が、ふっと和らいだ。
陽菜がクスクスと楽しそうに笑う。
「ふふ、ひかりらしいわね。でも、玲奈さん案にひとつだけ条件を加えさせてちょうだい」
陽菜の言葉に、全員の視線が集まる。
「『明確な期限』を設けることよ」
「期限……ですか?」美玲が問いかける。
「ええ」陽菜は優しく、だが断固とした口調で言った。
「私たちは彼女たちの『保護者』ではなく『先輩』であるべきよ。いつまでもステラプリズムの庇護下に置くのではなく、自分たちの足で立ち、自分たちの看板で羽ばたかせるための期限。それが彼女たちへの本当の愛だと思うの」
言葉が、静かに部屋の中に浸透していく。
救済ではなく、自立のための場所を作る。それが、ここにいる全員が出した答えだった。
「同感です、陽菜」
玲奈が立ち上がり、全員を見渡した。
「それでは採決を取ります。『煌坂★パステリズム』をステラプリズムの期間限定修行生として受け入れ、戦隊としての独立を目指し育成する。異議はありますか?」
「「「異議なし!」」」
声が一つに重なった。
玲奈は短く息を吐き、満足そうに目を細めた。
「決まりですね。――救済ではなく『育成』。彼女たち自身の手で未来を掴み取らせましょう」
【Bパート】
会議室の重い扉が開いた。
廊下でずっと待機させられていた私たちは、背筋をピシッと伸ばして中に入った。
室内にはステラプリズムの6人。圧倒的なオーラ。
煌星芸術劇場のスポットライトをそのまま浴びているみたいな存在感に、息が詰まりそうになる。
「結論から言います」
玲奈さんが書類から目を離さずに言った。
「あなたたちを、ステラプリズムの期間限定修行生として受け入れます。ただし、これは救済ではありません。自分たちの力でキラリンジャーを成立させられるところまで鍛え上げるための、育成プログラムです」
一瞬、部屋の中が静まり返った。
意味を理解するのに、数秒かかった。
「……私たち、まだ終わってなかったんだ」
ボソッと呟いたのは、私――煌坂茜だった。
下を向いたまま、ぎゅっとジャージの裾を握りしめる。涙が出そうだった。でも、泣いてる場合じゃない。
顔を跳ね上げるように上げた。
「……お願いします!」
喉の奥がカサカサだったけど、声を振り絞った。
「私たち、まだ修行中です。だからこそ……ここで終わりたくない! 『煌戦隊★キラリンジャー』を、ちゃんとした戦隊にしたいんです!」
「――『ちゃんとした戦隊』とは?」
玲奈さんの冷徹な問いが飛んでくる。
「……え?」
「そこを自分たちで考えるのが修行です」
「……はいっ!」
身体の底から、熱いものがこみ上げてくるのが分かった。
変身ポーズを覚えるとか、格好いい名乗りを決めるとか、そんな表面的なことじゃない。「自分たちが何者であるか」を背負う覚悟を、いきなり叩きつけられたんだ。
「……数字で評価されるの、怖いです」
私の横で、葵が静かに呟いた。
葵は玲奈さんから渡された資料の条件を、指で追いながら一つずつ確認している。
「期限がありますよね。成果判定もする。つまり……結果が出なければ、預かってもらえなくなる可能性もある」
「その通りです」玲奈さんが答える。
葵は一瞬だけ息を呑んだけど、すぐに人差し指で眼鏡の位置をすっと直した。そして、逃げずに玲奈さんの目を見た。
「……わかりました。むしろ、そのほうがいいです」
「葵!?」思わず私が叫ぶ。
「『かわいそうだから助けてもらった』なんて形で残ったら、私たちはずっとステラプリズムさんに依存します」
葵の声には、いつもの冷静な強さがあった。
「それでは意味がない。私たちが真に必要なのは居場所じゃなく、自分たちで居場所を作れる能力です」
その言葉に、玲奈さんの唇の端が、ほんのわずかに上がった。初めて見せた、満足そうな笑みだった。
「えっ、ステラプリズムで修行できるの!? 本当に!? 歌のレッスンも、ダンスも、ライブも、戦隊アクションも!?」
それまで緊張で固まっていた咲が、急に爆発した。
「一気に質問しすぎ」と葵が呆れる。
「だって修行なんでしょ!? 私、ステラプリズムのステージ、ずっと研究してたんだよ! 煌星アリーナのライブBDもすり切れるほど観たし! センターの立ち位置、曲の盛り上げ方、ファンサービスのタイミング……!」
「……そこまで見てたんですか?」陽菜さんが驚いたように目を丸くする。
「見てます!」咲は拳を力強く握りしめた。
「でも、見てるだけじゃ追いつけない。だから……今度は教えてください! 私たちも、あんな風に輝けるようになりたいんです!」
「……よかったぁ……」
今にも倒れそうになりながら、胸に手を当てて小さく息を吐いたのは桃だった。
「私たち、これからどうなるんだろうって……ずっと怖かったから……」
だけど、桃の瞳からも涙は消えていた。
「でも、『助けてあげる』じゃなくて、『鍛える』って言ってくれたんですよね。……私、その考え方好きです」
「桃?」
「私たちが目指してるのは、誰かに守ってもらうアイドルじゃなくて、見てくれる人を元気にできるアイドルだから。だったら、私たちも強くならなきゃ!」
「……これ、かなり厳しいですよね」
冷めたトーンで言ったのは翠だ。タブレット画面をスワイプしながら、淡々と指を折っていく。
「歌、ダンス、演技、戦隊アクション、チームワーク、ライブ対応、ファンサービス、メディア対応……。普通に考えて相当ハードです。しかも成果判定付き」
「えっ……」と咲が青ざめる。
「だからこそ、受える価値はあります」
翠は私たち4人を順番に見回した。
「私たちは今まで『5人で頑張る』ことを武器にしてきたけど、それだけでは足りなかった。ステラプリズムが個々の能力を持ち寄り、チームとして成立させているやり方を学べるならチャンスです。……ただし。修行が終わったとき、私たちがステラプリズムなしでも戦える状態になっていなければ意味がありません」
5人の視線が、自然と交差した。
不安がないと言ったら嘘になる。足が震えていないと言ったら嘘になる。
だけど、それ以上に胸の奧で暴れているこの熱さは、間違いなく「やる気」だ。
「それなら決まりだね。私達――」私が言った。
「煌坂★パステリズムは」葵が続く。
「ステラプリズムで!」咲が声を張り張る。
「修行します!」桃が笑顔で叫ぶ。
「そして、自分たちの力で戻ってきます」翠が締めくくる。
そして、5人揃って息を合わせた。
「「「「「煌戦隊★キラリンジャーです!」」」」」
ビシッと決めた名乗り。
それを見ていたひかりさんが「いいねぇ!」と拍手をしかけた、その瞬間。
「では、明日の朝6時から基礎トレーニングです」
玲奈さんの声が、容赦なく割り込んだ。
「7時からボーカル、8時からダンス。午後は演技、夕方から戦隊アクション、夜は反省会」
「……修行业務って、そんなに詰まって……?」咲の顔から血の気が引いていく。
「当然でしょ!」ひかりさんがニカッと笑う。
「むしろ優しいほうだ」紅葉さんが腕を組んだまま冷たく付け加える。
「優しいのこれ!?」咲が絶叫した。
「ひぃ……っ」桃が葵の背中に隠れる。
だけど、私は拳を思い切り突き上げた。
「やろう!」
「茜、あなたはもう少しスケジュール管理というものを……」葵が頭を抱える。
「やろう!!」
「……レッドがそう言うなら、付き合いますか」翠が小さくため息をつきながらも口元を緩める。
「ええい、やってやるー!」咲が開き直った。
「みんな一緒なら……乗り切ってみせる!」桃が力強く頷いた。
その光景を、玲奈さんは静かに見つめていた。
コピーを作るんじゃない。彼女たちだけの、新しい輝きを育てる。
過酷で、だけど絶対にいとおしい道場生活が、いま始まった。
【Cパート】
翌朝、午前5時55分。
煌星市立煌星学園の第一グラウンドは、まだ深い群青色の朝靄に包まれていた。
吐く息が真っ白く弾けて、空気は痛いくらいに冷たい。
「よし、全員時間通りね。……褒めはしないわ、プロとして当たり前だから」
グラウンドの脇、パイプ椅子に腰掛けた紅葉さんがストップウォッチを構えていた。その隣には、大きなスポーツドリンクのボトルを抱えたひかりさんも立っている。
「まずはグラウンド20周! タイムオーバーは全員でやり直し! 走れ!!」
「「「「「はいっ!!!」」」」」
怒号みたいな号令と同時に、私たちは一斉にスパイクの音を響かせて走り出した。
1周、2周……5周を過ぎたあたりで、早くも咲の足がもつれ始めた。
「はぁ……はぁ……、脚が……重い……」
「咲、前を見て! 呼吸を整えて!」
葵がすぐに横に並び、一定のペースを保ちながら声をかける。
「ダメ……もう息が……」
膝に手を置きそうになった咲の背中を、ポンと強く叩いたのは私だった。
「咲! 手、繋ぐ!?」
「な、なんで走りにくくなるでしょ!?」
「だって、一緒に行くって決めたじゃん!」
私のバカみたいにまっすぐな顔を見た瞬間、咲の足に不思議と力が戻ったのがわかった。
「ほんと……バカなんだから……!」
10周、15周。ジャージは汗でびっしょりと濡れ、息は荒く乱れ、地面を蹴る足音だけが重く響く。
遠くの校舎の向こうから、朝日が差してきた。煌星市の街並みが、光の中に浮かび上がっていく。
「タイムアップまであと30秒! 飛ばしなさい!」
紅葉さんの怒声が飛ぶ。
「うおあああああっ!」
5人で肩を並べるようにして、最後の直線を出んぐり返しになりそうな勢いで駆け抜けた。
ゴールラインを越えた瞬間、全員が人工芝の上に崩れ落ちた。
大の字になって見上げる空は、吸い込まれそうなくらい青かった。胸が破裂しそうなくらい痛い。だけど、誰一人として脱落しなかった。
「……フン、ギリギリだな。合格だ」
紅葉さんの声。見下ろしてくる顔は相変わらず厳しかったけど、ストップウォッチを引く手は優しかった。
◇
午前中のボーカルとダンスのレッスンを怒涛の勢いで終え、午後は煌星芸術劇場の地下にあるアクション稽古場へ移動した。
鏡張りの広い部屋。
そこに立っていたのは、セーラー服風の練習着に身を包んだ愛咲美玲さんだった。
「はい、構えて!」
美玲さんの掛け声とともに、私たちは木刀やダミーナイフを手にする。
戦隊アクション。ただ格好よく動くだけじゃない。相手の動きを読み、仲間の位置を把握し、一瞬の隙を突く。
「茜ちゃん、前に行きすぎ! 葵ちゃんのカバーが入れてないよ!」
「はいっ!」
「桃ちゃん、引かないで! あなたが引いたら、後ろの翠ちゃんが狙われる!」
「はい……っ!」
汗が目に入って痛い。何度も床に叩きつけられ、膝や肘に青アザができる。
でも、不思議と怖くなかった。
転ぶたびに、隣で誰かが手を差し伸べてくれるから。
失敗するたびに、「もう一回!」って誰かが声を上げるから。
「そう、その距離感!」
美玲さんの声が弾む。
「一人で勝とうとしなくていいの。5人で一つの『作品』を作るの。お互いを信じて!」
背中合わせになった時、葵のぬくもりが伝わってくる。
左隣には咲、右隣には桃、後ろには翠。
あ、そうか。
戦隊って、ヒーローって、こういうことなんだ。
強い人が5人集まってるから強いんじゃない。お互いの弱さを補い合って、お互いの背中を預け合えるから、絶対に負けないんだ。
夕方。反省会を終えた私たちは、ヘトヘトになりながらサンライト商店街を歩いていた。
コロッケの香ばしい匂いが漂ってくる。
「お腹減ったぁ……」咲が今度こそ死にそうな声を出した。
「今日の消費カロリーは計算したくないですね……」葵も眼鏡を外して目をこすっている。
「買っていこうか、コロッケ」
私が財布を取り出すと、みんなの目がパッと輝いた。
ベンチに並んで座り、アツアツのコロッケをハフハフしながら頬張る。
衣がサクッと鳴って、ジャガイモの甘みが口いっぱいに広がった。
「おいしー……っ!」桃が泣きそうな顔で笑う。
「生き返るね……」翠も珍しく嬉しそうだ。
「ねえ」
コロッケを半分食べたところで、咲が空を見上げた。商店街のアーケードの隙間から、一番星が見えていた。
「私たち、少しは強くなれてるのかな」
「なれてるよ」
私は即答した。自分の手を見る。マメができて、泥と汗で汚れた手。
「昨日までの私たちとは違う。だって、こんなに悔しくて、こんなに楽しいんだもん」
「ええ」葵が頷く。「データ上も、連携の精度は昨日より18%向上しています」
「数字で言うな〜」咲が笑う。
5人の笑い声が、夕暮れの商店街に溶けていった。
泥だらけのジャージ。筋肉痛でバキバキの体。
だけど、私たちの誰もが、明日が来るのを待っていた。
【エピローグ】
煌星市を一望できる丘、星見ヶ丘。
夜風が心地よく吹き抜ける高台に、月城玲奈と天照陽菜の二人が立っていた。
眼下に広がる煌星市の夜景。アイドルストリートの煌びやかなネオン、遠くに見える煌星アリーナ、そして静かに佇む煌星市立煌星学園。
「……どうですか、彼女たちは」
陽菜が、隣の玲奈に優しく問いかけた。
玲奈は手すりに肘を預け、街の灯りを見つめたまま答える。
「酷いものです。筋力もスタミナも足りない。アクションの型もバラバラで、歌のピッチも安定しない。プロの基準には程遠い」
「ふふ。でも、目は死んでいないでしょう?」
「……ええ」
玲奈は短く認め、ふっと小さく微笑んだ。
「折れるかと思いました。あのスパルタメニューに初日で音を上げるかと。ですが、彼女たちは互いの手を引いて走り切った」
「あの子たちは、最初から持っていたのよ」
陽菜は夜空を見上げた。満天の星が、街の灯りと競い合うように輝いている。
「誰かのために強くなりたいという、一番大切な『芯』をね。ステラプリズムが失いかけていた、泥臭いまでのまっすぐさを」
「私たちは、令和のセーラー服美少女戦士として、美しく気高く立ち続けなければならない」
玲奈の声に、プロデューサーとしての熱が宿る。
「ですが……彼女たちは違います。泥に塗れ、転んでも立ち上がり、泥泥のまま笑う。それが『煌戦隊★キラリンジャー』の強さになる」
「51番目のスーパー戦隊……楽しみね」
「甘やかしはしませんよ。明日からはさらに負荷を上げます」
「あらあら、鬼プロデューサーさん」
二人の笑い声が、夜風に消えていく。
◇
同じ頃。学園の寮の屋上で、私たち5人は寝転がって夜空を見上げていた。
「てかさー、明日のスケジュール見た!?」咲が叫ぶ。「朝5時半集合ってどういうこと!?」
「15分早くなっていますね……」葵が溜め息をつく。
「でも、やるんでしょ?」翠がニヤリと笑う。
「やるに決まってんじゃん!」私が叫ぶ。
「ふふ、みんな元気だねぇ」桃が嬉しそうにクスクス笑った。
身体中が痛くて、明日起きられるか不安で、試練はまだまだ始まったばかりだ。
いつか、あの煌星アリーナの大きなステージで、大勢のお客さんの前に立つ日を目指して。
怪獣みたいな敵が現れても、街の人たちを絶対に守れるヒーローになるために。
「行くぞー! キラリンジャー!」
私が夜空に向かって拳を突き上げると、みんなも笑いながら拳を重ねてきた。
5つの手が重なる。
煌星市の夜空に浮かぶ星たちより、ほんの少しだけ強く、私たちの手が温かかった。




