第13話:輝け命の火! 泥の中から掴み取る大逆転!
絶望っていうのは、真っ黒な闇のことじゃない。
今まで積み上げてきたものが全部砂みたいに崩れ去って、二度と立ち上がれないって頭のどこかで分かっちゃった瞬間の、あの氷みたいに冷たい静寂のことだ。
「ハぁ……っ……ハぁ……っ」
喉の奥から絞り出した息が、血の匂いと焦げたコンクリートの塵で酷く煙たかった。
視界の先では、新宿やベイエリアの特設ステージだった場所が、原形を留めないほど粉々になって潰れている。
そこに転がっているのは、私たちだけじゃない。
あんなに強くて、あんなに美しくて、雲の上の存在だった『ステラセイヴァーズ』の先輩たち――美玲さんも、紅葉さんも、ひかりさんも、あきさんも、陽菜さんも、そして玲奈さんまでもが、ボロボロの制服姿で瓦礫の中に倒れ伏していた。
変身は、完全に解けている。
私の左腕に巻きついたチェンジャーは、あの燃えるような朱色を失って、まるで燃え尽きた炭みたいに真っ黒に冷え切っていた。
属性キーをどれだけ握りしめても、カチリとも音を立てない。
「嘘……だろ……」
翠の擦れた声が、風音に混ざって消える。
木刀は折れ、緑のバンダナは引きちぎられ、額から流れる血が目元を赤く染めていた。
「手も……足も……出なかった……。あんなの……どうやって勝てばいいんだよ……っ!」
「咲ちゃん……大丈夫……? 咲ちゃん……っ!」
桃が涙でぐしゃぐしゃになった顔で、うつ伏せに倒れたまま動かない咲の肩を叩く。
でも、咲はただ荒い息を吐くだけで、返事すらできなかった。
「計算が……成り立ちません……」
葵が歪んだメガネを泥の中に落とし、地面に視線を落としたまま首を振る。
「出力の差ではありません。概念そのものが……私たちの『煌めき』を否定している……。勝機は……ゼロです……」
空の亀裂が、ズズズ……と不吉な音を立ててさらに肥大化していく。
そこに立つ漆黒の外套の男。
胸元の紫色の水晶から溢れ出すどす黒い波動が、煌星市の空を、街を、人々の未来を、じわじわと侵食して呑み込んでいく。
「見苦しいな、泥人形ども」
男の冷ややかな声が、脳の芯を直接揺さぶる。
「折れた剣にすがり、破れた絆を抱いて果てるがいい。……この世界は、我が闇の底へと沈むのだ」
圧倒的な終わり。
誰も助けに来てくれない。
最強の先輩たちも倒れた。
私たちの武器も、力も、何一つ残っていない。
(……本当に、ここまでなのかな)
指先に力を入れようとしても、痺れた身体は鉛みたいに重くて、地面にへばりついたまま動かない。
悔しい。
悔しくて、悔しくて、目から溢れ出た涙が土に染み込んでいく。
だけど――。
泥に塗れた私の手の上に、ぽとん、と温かいものが触れた。
---
「あ……かね……」
かすかな、途切れ途切れの声だった。
横を見ると、咲が血のついた指先を必死に伸ばして、私の右手をぎゅっと握りしめていた。
「ごめん……ね……。私……リーダーなのに……全然ダメで……最後くらい……格好つけたたかったのにさ……」
咲の目から、溢れ出た涙が泥のついた頬に綺麗な一本の筋を作っていた。
自分の肋骨が折れているかもしれないのに、全身が痛くて叫び出したいはずなのに。
咲は、自分のことなんて二の次で、私の手を握り返してくれていた。
「咲……」
「私さ……」咲が掠れた声で笑う。口元がうっすら血で滲んでいた。「合宿の時……冷たい滝に打たれて、途中で逃げ出そうとしたじゃん……。正座させられて足の感覚なくなって、白目むいて倒れてさ……。あの時も……茜が手、握ってくれたよね……」
反対側から、桃の手が重なった。
「私……ダンスのステップ全然踏めなくて……全国生放送で大失敗して……もうアイドル辞めようって……泣いてた時……。みんなが……傍にいてくれた……」
「データ上……私たちは何度も詰んでいました」
葵が血のついた手で、私たちの重ねた手の上に自分の手を重ねる。
「何度も『大失格』と言われ……笑われ……泥を舐めてきました。……ですが……」
「ですが、何だ……?」
翠が泥の中から顔を上げ、血のついた歯を見せて、ギラギラとした恐ろしいほどの強い瞳で男を睨みつけた。
「私たちは……最初から完璧なヒーローじゃねぇんだよ! 泥を喰らって、白目むいて、それでも立ち上がってきたのが……『煌坂★パステリズム』だろッ!!」
胸の奥の、一番深いところが、ドクンと跳ねた。
そうだ。
忘れていた。
私たちは、最初から綺麗な衣装を着て、スマートに勝ってきたヒーローなんかじゃない。
有明のステージで冷ややかな目で見られ、ネットで変顔を晒されて笑われ、厳しいスパルタ修行に半泣きになりながら耐えてきた。
泥臭くて、泥まみれで、カッコ悪くて……だけど!
一度だって、誰一人として、手を離さなかった!!
「みんな……」
私は握りしめた手にぎゅっと力を込めた。
指と指が噛み合わさり、互いの体温が、生きている鼓動が、血の巡りが、泥を通じて直に伝わってくる。
「……立とう」
「え……?」
「立つの!! 私たちの足で!!」
私は泥の中に膝を突き、全身の骨が軋む悲鳴を無視して、ぐっと上半身を起こした。
咲が私の肩を支え、桃が腰を抱え、葵と翠が互いを突き動かすようにして立ち上がる。
グラグラと揺れる足元。生身のジャージ姿。傷だらけの身体。
だけど、私たちは互いの肩を組み、血を流しながら、倒れているステラセイヴァーズの先輩たちの前に『人間の壁』となって立ち塞がった。
「な……なにを……」
瓦礫の中でうっすらと目をあけたセーラールナリア――玲奈さんが、息をのむのが分かった。
「逃げなさい……パステリズム……あなたたちのスーツは破壊された……生身で前に出れば、命はありません……!」
「玲奈さん」
私は振り返らなかった。
前だけを見つめ、漆黒の男に向かって一歩、足を踏み出した。
「プロデューサー失格って……言われてもいいです」
「茜……ちゃん……?」
「私たちは……AIアイドルで、キラリンジャーです! ファンのみんなを守って、街を守って……大好きな先輩たちを庇って死ねるなら本望……なんて、綺麗なこと言わない!!」
私は腹の底から、絞り出すように叫んだ。
「全員で生きて帰る!! 泥の中でも踊り続けて、最後には全員で笑ってやる!! それが……私たちの『煌めき』だぁぁぁぁぁぁっ!!!」
その叫びが、崩壊した街の静寂を切り裂いた。
五人が繋いだ手と手。
その中心で、黒く燃え尽きていたはずのチェンジャーが――。
ドクンッ!!!!!
心臓の脈動と同じ重厚な音が響き、チェンジャーの奥底から、一筋の純白の火柱が立ち上った!
---
「……なんだと!?」
男が初めて、その表情を苦々しく歪めた。
黒く濁っていた属性キーが、私たちの手から溢れ出る熱量によって、外側の黒い殻をバリバリと破り捨てていく!
【炎】の赤が! 【水】の青が! 【雷】の黄が! 【花】のピンクが! 【風】の緑が!
これまでのどんな時よりも太く、眩しく、眩耀たる五色の光の柱となって、夕闇を裂いて天へと突き抜けた!
「キーが……再覚醒している……!?」
あきさんが掠れた声で叫ぶ。
「魔法のエネルギーではありません……彼女たちの精神波動……命の火そのものが、属性キーの概念を書き換えています!」
「へっ……あいつら……泥の中で覚醒しやがった……!」
ひかりさんが血を流したまま、ニッと笑った。
「みんな……行くよ!!」
私が胸の前でチェンジャーを掲げると、五つの光が渦を巻き、私たちの傷だらけの身体を包み込んでいく。
「「「「「超・煌変!!!!!」」」」」
カキィィィィンッ!!!!
眩い光が弾け飛んだ。
そこに立っていたのは、これまでのスーツじゃない。
胸元には五色のエンブレムが眩しく咲き誇り、肩や手足には虹色の光の粒子が翼のように揺らめく、真の覚醒を果たした『キラリンジャー』の姿だった!
全身に満ち溢れる、圧倒的な活力。
傷の痛みなんて、どこかへ吹き飛んでしまった。
胸の奥で灯った火が、全身の血を熱く燃やしている!
「炎の情熱! キラリンレッド!」
「水の知性! キラリンブルー!」
「雷の躍動! キラリンイエロー!」
「花の愛しさ! キラリンピンク!」
「風の疾風! キラリングリーン!」
「「「「「輝け命の火! 煌戦隊★キラリンジャー!!!」」」」」
「おのれ……調子に乗るな、下等生物どもがぁぁぁっ!!」
男が激昂し、胸の紫色の水晶から、さっき先輩たちを打ち伏せたあの圧倒的な闇の津波を解き放つ!
「させない!!」
ピンク(桃)が前に飛び出した!
手にした『キラリンシールド』が巨大な大輪の光の花となって展開する!
ドガアァァァンッ!!
闇の津波がシールドに激突し、凄まじい衝撃波が吹き荒れる。
だが、ピンクの脚は一歩も後ろへ下がらない!
「みんなの想いが……私を強くしてくれる! 誰も……傷つけさせない!!」
「ブルー! グリーン! 側撃だ!」
「了解! 水流の連撃、計算通りに叩き込みます!」
ブルー(葵)が水流の矢を何百本と空中に走らせ、敵の死角を突く!
「疾風一閃! 泥の中から掴み取ったこのキレ、受けてみやがれぇぇっ!」
グリーン(翠)が風の刃を纏って地を走り、男の不気味な外套をバリバリと引き裂いていく!
「咲、上から行くよ!!」
「オッケーーーッ! ハイフリップ、限界突破ーっ!!」
イエロー(咲)が私の背中を跳躍台にして、空高く舞い上がった!
雷光を足元に集束させ、そのまま隕石のようなスピードで男の脳天へ蹴りを叩き込む!
ドカアァァァンッ!!
「ぐあぁぁっ!?」
男が初めて膝をつき、紫色の血を吐き散らした。
その圧巻の戦いぶり。
泥に塗れ、絶望の底にいたはずの五人が見せる、狂おしいほどの輝きと連携。
それを見つめていたステラセイヴァーズの面々の瞳に、熱い火が伝染していく。
「……フッ」
月城玲奈……ルナリアさんが、血のついた手で地面を強く叩き、ゆっくりと身体を起こした。
「教え子に……ここまで見せられて、教官が寝ているわけにはいきませんね」
「玲奈さん……」
美玲さんが涙を拭い、立ち上がる。「ええ……そうですね! 私たちの輝きも、まだ終わっていません!」
「よっしゃあ! アタシたちも乗るぞッ!」ひかりさんが拳を握りしめる。
「結界の再構築、開始します!」紅葉さんが炎を灯す。
「全システムのオーバーライド……行けます!」あきさんがタブレットを叩く。
「太陽の光よ……再び私たちに力を!」陽菜さんが空を仰ぐ。
六人のステラセイヴァーズが、再び胸元のブローチを強く握りしめた。
「「「「「「ステラ・アップ(変身)!!!!!!」」」」」」
純白の光が戦場を包み込み、傷ついた6人の戦士たちが、再び完璧な魔法の装束を身に纏って舞い降りた!
今、この崩壊した野外ステージに。
11人のヒロインたちが、肩を並べて立ち集ったのだ!
---
11人の少女たちが放つ光が、暗雲に覆われていた煌星市の空を、真昼のように明るく照らし出していた。
「バカな……! 虫ケラどもが、なぜこれほどの光を……!?」
男が胸の紫色の水晶を激しく発光させ、全身を不気味な黒い怪物へと変貌させていく。
巨体となった敵が、空を裂くほどの爪を振り下ろしてきた!
「全員、一斉攻撃!!」
ルナリア(玲奈)の凛とした号令が響く!
「「「「「「セーラー・ステラ・ストリーム!!!」」」」」」
ステラセイヴァーズの6人が放つ、月、愛、炎、雷、水、太陽の複合エネルギー波が、怪物の巨大な爪を正面から砕き割る!
「今です、パステリズム!!」
ウェヌリオン(美玲)が叫ぶ!
「行くよみんな! 私たちの、本当の大逆転だぁぁぁっ!!」
レッド(茜)を先頭に、5人のキラリンジャーが疾走する。
日常の厳しいダンスレッスンで培った体幹、合宿で叩き込んだ呼吸の同調、そしてお互いを命がけで信頼し合う絆。
そのすべてが、ひとつの巨大な『虹色の光の矢』となって、空間を突き抜けた!
「「「「「キラリン・ミラクルフラッシュ・ブレイカーーーッ!!!!」」」」」
ズドオォォォォンッ!!!!!
虹色の矢が、怪物の胸元に燦然と輝く『紫色の水晶』を一直線に貫いた!
「ギシャアァァァァァァっ!??!?」
絶叫とともに、怪物の巨体が内側からひび割れ、まばゆい光が溢れ出していく。
紫色の悪意の核が砕け散り、男の本来の姿――闇の毒気に侵されていた異界の迷い子のような影が、空中に投げ出された。
「ルナリアさん!! 今です!!」
レッドが叫ぶ!
「ええ……! この魂に、救済と安らぎを!」
セーラールナリアが銀色の剣を高く掲げた。
砕けたはずの剣が、11人の絆の光を受けて、美しい三日月の杖へと姿を変えていく。
「月光の慈愛よ……悪しき脈動を鎮め給え……」
ルナリアが優しく杖を振ると、満月のような温かい純白の光の輪が、男の身体を優しく包み込んだ。
「ルナ・サルヴェーション・パージ(月光浄化)……!!」
不気味な紫色の蒸気が、ジュウウゥゥ……と音を立てて綺麗な光の粒子へと変わっていく。
男の顔から苦悶の色が消え、穏やかな表情となって、光の中に溶けるように消え去っていった。
それと同時に、空を裂いていた巨大な亀裂が、まるで巻き戻されるフィルムのように綺麗に塞がれていく。
雲が切れ、そこから降り注いだのは――。
黄金色に輝く、温かい太陽の光だった。
---
【エピローグ】
静寂が、街に戻ってきた。
崩壊したステージの瓦礫の上で、11人の変身がふっと解けた。
生身に戻った私たちは、その場にどさっとへたり込んだ。
「ハぁ……ハぁ……ハぁ……っ」
もう、指一本動かない。本当に、正真正銘の限界だった。
だけど――。
お互いの顔を見合わせると、思わず吹き出してしまった。
「あはは……咲、顔真っ黒だよ。鼻の頭に砂ついてる」
「茜だってばさー! 髪の毛爆発してて、すんごい頭になってるし!」
「ふふ……全員、大失格級のアイドル顔ですね」
葵が歪んだメガネを指で押し上げながら、クスクスと肩を揺らす。
「でも……勝ったよぉ……! 私たち、勝ったんだよぉぉっ!」
桃が膝に顔をうずめて、泣き笑いの声を上げた。
「へっ……ざまあみやがれってんだ! どんな敵が来ようが、私たちのキレには勝てねぇんだよ!」
翠が大の字に寝転がって、澄み渡る青空を仰ぎ見た。
そこへ、足音が近づいてきた。
振り返ると、ステラセイヴァーズの5人――美玲さん、紅葉さん、ひかりさん、あきさん、陽菜さんが、お互いの肩を支え合いながら歩いてきていた。
「パステリズム……!」
美玲さんが駆けてきて、泥だらけの私と咲を、ぎゅっと力いっぱいに抱きしめた。
「美玲さん……! 服、汚れちゃいます……!」
「そんなのどうでもいいよ……! すごかった……本当に、本当にすごかったよ……っ!」
美玲さんの目から、綺麗な涙がぽろぽろとこぼれ落ちて、私のジャージを濡らした。
紅葉さんも、ひかりさんも、あきさんも、陽菜さんも、照れくさそうに、でも誇らしそうに私たちを見て微笑んでいた。
そして――。
少し離れた場所に立ち、静かに私たちを見つめていた月城玲奈さん姿。
玲奈さんは手に持っていたバインダーをそっと胸元に引き寄せると、ゆっくりと歩み寄ってきた。
その銀色の瞳には、冷たさなんて微塵も残っていなかった。
「……見事でした、パステリズム」
玲奈さんの口元に、これまで一度も見せたことのない、柔らかく、誇らしげな笑みが浮かんでいた。
「あなたたちはもう、保護されるだけのヒロインではありません。泥の中から自分の足で立ち上がり、仲間を信じ、光を掴み取った……本物のヒーローであり、最高のAIアイドルです」
「玲奈さん……」
私は胸が熱くなって、言葉が喉につかえてしまった。
「これで……『煌戦隊★キラリンジャー 修行譚』の第1ステップは完了です」
玲奈さんはいつものプロデューサーの顔に戻り、ふっと目を細めた。
「ですが、浮かれていてはいけませんよ? 明日からは、溜まりに溜まったライブの振り入れと、新曲のレコーディングが待っています。スパルタで行きますから、覚悟しておきなさい」
「えぇぇぇぇぇぇーーーーっ!?」
咲が白目をむいて叫び、みんなでドッと笑い声が弾けた。
傷だらけの身体。泥まみれのジャージ。
だけど、私たちの胸の中には、どんな闇にも消せない、最高の『煌めき』が力強く脈打っていた。
空を見上げると、青空の向こうに、綺麗な虹が架かっていた。
---
茜「絶望の闇を打ち破り、ついに第一シリーズの試練を乗り越えた私達!」
咲「でもでも! アイドルとしての本当の勝負はここからだよ〜っ!」
葵「次なるステージへの準備、そして新曲の発表です」
桃「みんなで手をつないで……もっともっと大きな輝きを届けに行こうね!」
翠「へっ、どんな壁が来ようが蹴り飛ばすだけだ!」
茜「未来へ向かって、大きく羽ばたけ! 輝け、キラリンジャー!」
『煌戦隊★キラリンジャー』第一シリーズ・完!
応援ありがとうございました★!




