② 新聞
――カン。
乾いた音が、資料室の扉の向こうから響いた。
思わず息を止める。
古い蛍光灯が「ジジッ」と小さく鳴き、部屋全体が一瞬だけ暗くなった。
気のせいだ。
誰かが廊下で何かを落としただけ。
そう自分に言い聞かせる。
それでも、扉を開ける勇気が出ない。
日記帳を抱えたまま立ち尽くしていると、
――カン……。
今度はさっきより近い。
まるで扉のすぐ向こうで、金属を床へ打ち付けているような音だった。
私はゆっくりと扉へ近づき、小さな窓から廊下を覗いた。
誰もいない。
夕暮れの赤い光だけが長く廊下を照らしていた。
「……誰?」
返事はない。
恐る恐る扉を開く。
ギィ……。
古い蝶番が軋む音だけが静かな校舎に響いた。
廊下には誰もいない。
ただ、奥の床に何かが落ちている。
細長い鉄の棒だった。
錆びついた、手のひらほどの太さの鉄の棒。
「これって……。」
日記に書かれていたものと同じだろうか。
拾おうと手を伸ばけた、その瞬間。
――カン。
耳元で鳴った。
「っ!」
思わず振り返る。
誰もいない。
なのに、鉄の棒はいつの間にか消えていた。
私は凍りついた。
確かに、そこにあった。
見間違いではない。
鼓動だけが異様な速さで胸を叩く。
その時だった。
校内放送が流れる。
『午後六時になりました。施錠を行いますので、速やかに下校してください。』
聞き慣れた放送なのに、今日は妙に機械的だった。
急に現実へ引き戻された私は、日記帳を抱えて走り出す。
早く帰ろう。
この学校にいたくない。
昇降口へ続く廊下を曲がった、その時。
私は立ち止まった。
「……え?」
さっき通ったはずの資料室が、また目の前にあった。
「そんな……。」
一本道だ。
曲がり角は一つしかない。
もう一度歩く。
今度は階段を下りた。
昇降口が見える。
安心した、その瞬間。
階段を下り切った先には、また資料室の前。
喉が乾く。
「どういうこと……。」
息が荒くなる。
何度歩いても。
何度走っても。
校舎から出られない。
そして、
――カン。
また鳴った。
今度は遠くではない。
廊下の奥。
薄暗い非常口の前に、誰かが立っていた。
長い黒髪。
制服姿。
顔は髪で隠れている。
細い腕だけが、不自然なほど白かった。
その右手には、錆びた鉄の棒が握られている。
女はゆっくりと床を叩く。
カン。
一歩。
カン。
また一歩。
カン。
一定の間隔で近づいてくる。
私は後ずさる。
逃げなきゃ。
本能だけがそう叫んでいた。
振り返る。
走る。
息が切れる。
廊下を曲がる。
また曲がる。
それでも、
カン。
カン。
カン。
音だけは、決して離れない。
むしろ少しずつ近づいてくる。
泣きそうになりながら教室へ飛び込み、勢いよく扉を閉めた。
ガララッ!
鍵を掛ける。
教室には誰もいない。
夕日に照らされた机だけが並んでいた。
「はぁ……はぁ……。」
静かだ。
音が止んだ。
助かった。
私は壁にもたれ、その場へ座り込んだ。
震える手で顔を覆う。
「夢……だよね……。」
そう呟いた時だった。
肩に、冷たい手が触れた。




