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① 噂

 文化祭を一週間後に控えた音沢高校では、ある噂が静かに広がっていた。


「夜の学校で『カン……カン……』という音を聞いた前厄の女子生徒は姿を消す」


 誰が言い始めたのかも分からない都市伝説だった。文化祭前になると毎年のように囁かれ、結局は何も起こらないまま忘れられる。ただ、それだけの噂。


 ……そう、思っていた。


 その夜、一人の女子生徒が学校でその音を聞いた。


 翌日から彼女は学校へ来なくなった。


 最初は体調不良だろうと言われていた。しかし三日経っても連絡はなく、家にも帰っていないことが分かる。


 失踪だった。


 学校全体が騒然となる一方で、先生たちは「警察が調べているから」とだけ繰り返した。


 それでも、生徒たちは噂を結び付け始める。


「厄音だ。」


「本当に連れていかれたんじゃない?」


 私は文化祭実行委員だった。


 放課後も準備が続き、夜まで学校に残る日が増えていた。


 失踪事件が起きた数日後。


 最後の段ボールを運び終え、一人で廊下を歩いていると、


 ――カン。


 乾いた金属音が響いた。


 反射的に足が止まる。


 どこかで工具でも落としたのだろうか。


 そう思った瞬間、


 ――カン……。


 また鳴った。


 今度は少し近い。


 鉄と鉄がぶつかるような、冷たい音。


 嫌な汗が背中を流れた。


 まさか。


 あの噂。


 私は無意識に音がした方向を見た。


 誰もいない。


 静まり返った廊下だけが続いていた。


 その日は気味が悪くなり、急いで帰宅した。


 しかし頭の中では、あの音だけが何度も鳴り続けていた。


     


 翌日。


 私は事件について調べることにした。


 図書室には何も残っていなかった。


 職員室で聞いても、


「昔からある噂だからね。」


 と笑われるだけだった。


 最後に向かったのは、滅多に人の来ない資料室だった。


 埃の積もった棚を探っていると、指先に紙の感触が触れる。


 一冊の古い新聞だった。


 表紙には大きく、


『音沢高校生徒失踪』


 そう書かれている。


 しかし記事の本文は、太い黒いインクで乱暴に塗り潰されていた。


 まるで最初から誰にも読ませないように。


「……なんなの、これ。」


 ページをめくる。


 どこも同じだった。


 事件名だけ残され、内容はすべて黒。


 事故なのか。


 事件なのか。


 何も分からない。


 ただ一つだけ分かったのは、


 この学校では以前にも失踪事件が起きていたということだった。


 新聞を戻そうとした時だった。


 棚の奥に、ノートが落ちていることに気付く。


 日記帳のようだが表紙には名前がなかった。


 私はゆっくりとページを開いた。




九月四日(水)


この学校に来て一週間。


前の学校では暗いって言われてたから、ここではもっと明るくしよう!




九月十六日(月)


友達も増えてきた!


最近頼み事が多いけど、それだけ頼られてるってことだよね!




九月十八日(水)


まみちゃんって子と仲良くなった!


学年でも人気者なんだって!


私も一軍デビューできるかも!




 ここまでは普通の日記だった。


 けれどページをめくるごとに、文字は少しずつ変わっていく。




九月二十四日(火)


今日は鉄の棒みたいなのを持って学校を歩いた。


カン、カンって叩きながら。


意味は分からないけど、これもみんなと仲良くなるため。




 私は思わず息を止めた。


 カン……カン。


 偶然とは思えなかった。




九月二十五日(水)


身体が熱い。


病院では異常なし。


朝起きたら服に血が付いてた。


怪我してないのに。




九月三十日(月)


文化祭まで頑張らなきゃ。


まみちゃんが「大事な時期だから」って。




 ページをめくるたび、文字が乱れ始める。




十月二日(水)


みんな無視する。


なんで?


私何かした?


まみちゃん。




十月四日(金)


みんな笑ってる。


話しかけても返事してくれない。


でも、お母さんを悲しませたくない。




 私は胸が締め付けられた。


 この日記を書いた子は、誰にも助けを求められなかったのだ。




十月八日(火)


身体中が痛い。


熱い。


血が出る。


もう嫌。




十月九日(水)


断ったら怒られた。


お母さんの会社のことを言われた。


何も言えなかった。




十月十日(木)


助けて。


助けて。


助けて。




 ページには涙で滲んだような跡が残っていた。


 そして最後のページ。


 そこだけは文字ではなく、紙が抉れるほど強い筆圧で書き殴られていた。




十月十一日(金)


今日は文化祭前日!


みんなに感謝しなくちゃ。


お母さん、ごめんね。


でも私しか。


 


月 日 ( )


カンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカン


ああああああああああああああああ


やっと終われる


つぎは


つぎは


つぎは




 ゾクリ、と背筋が凍った。


 その瞬間。


 資料室の外から、


 ――カン。


 乾いた音が鳴った。


 さっきよりも近い。


 私はゆっくりと顔を上げる。


 ――カン……。


 今度は、扉のすぐ向こうから聞こえた。

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