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闇王日記 〜闇の神様、人間の幼児になって無双する〜  作者: S


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5/15

初めの一歩

全て私の妄想の話です

翌朝。


いつものように不快感を覚えた闇王は、大きな声で呼んだ。


「アニシナ!」


お乳をもらおうと思ったのだ。


しかし――。


「サーシャ、今日からこれよ」


アニシナはそう言うと、闇王をムスファの向かい側へ座らせた。


床には家族の食事が並べられていた。


闇王の前には小さな器がいくつか置かれている。


器の中には白い粒が山のように盛られたものや、山菜、汁物らしき液体が入っていた。


横には小さな匙も置かれている。


「こうやって食べるのよ」


アニシナは自分の器を手に取ると、箸と呼ばれる細い棒で白い粒をつまみ、口へ運んで見せた。


闇王はアニシナの胸を指差した。


「私はそれがいい」


「え?」


「あれは何とも言えぬ味わいだった。もっと飲みたい」


アニシナは困ったように笑った。


「サーシャには立派な歯が生えているでしょう? もうママやパパと同じものを食べられるはずよ」


闇王は衝撃を受けた。


あの高揚感。


あの衝撃。


あれをもう味わえないのか。


深い喪失感に包まれる。


するとムスファが豪快に笑った。


「うまかったか! がははは!」


「うまい?」


初めて聞く言葉だった。


「そうだ。うまいだ」


なるほど。


あの高揚感と衝撃は「うまい」というのか。


闇王はその言葉を忘れぬよう心に刻んだ。


だが――。


目の前にあるものも、本当にうまいとは限らないではないか。


闇王は白い粒の山を指差した。


「これは何だ?」


「メシだ」


「メシ?」


「うまいぞ」


「本当にうまいのか?」


「食べてみれば分かる」


そう言うとムスファは、自分の茶碗を持ち上げてうまそうに食べて見せた。


闇王は眉をひそめる。


震える手で匙を持ち、慎重に白い粒をすくい上げた。


そして口へ運ぶ。


もぐもぐと噛みしめた瞬間――。


「んーーーーっ!」


目を見開く。


衝撃が走った。


さらに噛みしめる。


甘み。


香り。


口いっぱいに広がる未知の味。


「ん〜〜〜っ……」


思わず目を閉じ、その余韻を味わう。


「うまいか!」


ムスファが身を乗り出した。


「うん!」


闇王は力強くうなずいた。


それからは止まらなかった。


ガツガツと食べては感動し、食べては感動する。


気づけば器の中はすべて空になっていた。



その日の午後。


「帰ったぞー!」


藁の扉が開き、仕事を終えたムスファが帰ってきた。


ムスファは闇王の姿を見るや否や駆け寄ってくる。


そして抱きしめると、そのまま頬にキスをした。


「それをやめろ!」


闇王は嫌そうな顔でムスファの頬を押し返した。


「いいじゃないか」


「よくなーい! 気色悪い!」


「サーシャ、パパ泣くぞ」


「泣くとは何なのだ?」


「目から水が出ることだ」


「あれを泣くというのか!」


なるほど。


また一つ知識が増えた。


「じゃあ、いいな」


「いいなって何だ!?」


「パパがチューしてもいいだろ!」


「チューとは今していることか?」


「そうだ」


「やめろ」


闇王は、低い声で、ゲスを見るような目でムスファを見つめた。


まるで不審者を見るような視線だった。


ムスファは大きなダメージを受けた。


肩を落としながらアニシナの元へ向かう。


「これは反抗期というやつかのぉ……」


「ありえるわね」


アニシナは草履を編みながら答えた。


「赤子にチューくらい、いいではないかぁ……」


「本人が嫌がってるんだからやめたら?」


「そうかぁ……」


ムスファは盛大なため息をついた。


その時だった。


「ムスファ、頼みがある」


闇王が声をかける。


するとムスファは一瞬で元気になった。


「なんだ!? 何でも聞くぞ!」


ものすごい勢いで駆け寄ってくる。


「歩きたい」


ムスファは反射的に両手を差し出した。


だが闇王は首を横に振る。


「違う」


「ん?」


「自分で歩きたい」


その言葉にムスファは少しだけ寂しそうな顔をした。


娘の成長が嬉しい。


だが、手を引く必要がなくなっていくのは少し寂しい。


そんな複雑な感情だった。


「そうか」


静かにうなずく。


まずは立つことから始まった。


闇王はムスファの手を掴み、ゆっくり立ち上がる。


そして手を離した。


――ドテッ。


転んだ。


「もう一回」


また立つ。


離す。


転ぶ。


立つ。


離す。


転ぶ。


何度も何度も繰り返した。


気づけば夜になっていた。


その晩。


闇王はムスファとアニシナの間で横になった。


小さな拳を天井へ突き上げる。


「明日こそ歩いてみせるからな」


ムスファがその手を握る。


「そうだな」


アニシナも優しく握った。


「きっとできるわ」



次の日。


仕事から帰ったムスファは、まず闇王に抱きついた。


そして頬ずりを始める。


「だからやめろ!」


「チューじゃないぞ」


ムスファは得意げだった。


「そんなことより練習だ!」


闇王は片手でムスファの顔を押しのける。


「そうだな」


そして練習が始まった。


だが結果は昨日と同じ。


立てる。


しかし歩けない。


何度も転んだ。


夜遅く。


闇王は立ったまま、ふらふらと揺れていた。


今にも倒れそうだ。


「いいぞ!」


ムスファが声を張る。


「そのままだ! 維持しろ!」


しかし。


コテン。


転んだ。


「ああっ!」


ムスファが頭を抱える。


「惜しい!」


「くそー!」


闇王も悔しそうだった。


するとムスファが笑う。


「明日は休みだ。朝から付き合うぞ」


「明日こそやるのだ!」



翌朝。


闇王は急いで朝食を食べた。


そしてすぐに練習を始める。


転ぶ。


立つ。


転ぶ。


立つ。


何度も何度も繰り返した。


そして昼前――。


ついにその時が訪れる。


両腕を水平に広げる。


体の揺れを感じる。


右へ。


左へ。


前へ。


後ろへ。


そして――。


ピタッ。


止まった。


「いいぞ!」


ムスファが叫ぶ。


「そのままだ! 足を出せ!」


闇王は息を飲んだ。


ゆっくりと右足を前へ出す。


一歩。


さらに左足。


二歩。


そしてもう一歩。


歩いた。


自分の力で。


確かに歩いた。


「やったぞ!」


闇王は拳を握った。


ムスファは歓喜の声を上げる。


「すごいぞぉぉぉ!」


そのまま闇王を抱き上げ、ぐりぐりと頬ずりした。


「だから、それはよせ!」


闇王の抗議が家中に響く。


アニシナはそんな二人を見ながら笑っていた。


こうして闇王は、自らの足で歩くことを覚えた。


それからの成長はさらに早かった。


言葉を覚え。


文字を覚え。


知識を吸収し。


世界を知っていく。


そして――。


三年の月日が流れた

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