旅立ち
「光の世界へ向かう」と聞いていたのに、気がつけば再びリダ王国へ戻ってきていた。
闇王には理解できなかった。
「すぐに光の世界へ行くと思っていたのだがな」
そもそも、どうやって行くのかも聞いていない。
現在、闇王は城の一室にいた。
部屋の中央には大きな机が置かれ、その上には書類の山が積み上がっている。
アルミスは羽ペンを走らせながら、黙々と書類仕事をこなしていた。
リダ王国は円形の煉瓦の城壁に囲まれた大きな王国だ。
城壁の内側には数え切れないほどの民家や商店、冒険者ギルドが並び、その最奥には壮麗な王城がそびえ立っている。
そして今、王都は異様な熱気に包まれていた。
「聖者様がお戻りになった!」
「お使え様も一緒だぞ!」
そんな噂が街中へ広まり、人々は酒を片手に大騒ぎしている。
まるで祭りのような賑わいだった。
「アルミス、外が騒がしいぞ」
闇王が言うと、アルはバルコニーへ続く窓へ近づいた。
カーテンの隙間から外を覗く。
すると――
「お使え様ー!」
「お使え様ー!」
「こちらを見てくださいー!」
無数の歓声が城の下から響いていた。
アルミスは満足そうに微笑む。
アルはその横顔を見ながら言った。
「街中に噂を流したのはお前だろう」
「ええ、そうですが?」
アルミスは悪びれる様子もなく、不敵な笑みを浮かべた。
「何か問題でも?」
「そんなに騒ぐようなことか?」
闇王は首を傾げる。
そして机の上に積まれていた焼き菓子を次々と口へ放り込んだ。
まるで食べることをやめたら死んでしまうかのような勢いだ。
「それより、いつ光の世界へ行くのだ?」
モグモグと菓子を頬張りながら尋ねる。
「アル、お前も食べるか? 美味いぞ、これ」
「いいえ、結構です」
アルは即答した。
「光の世界へは行きますよ。でも、その前に闇王様へ来客があるんです」
「来客?」
「ええ。たぶん、そろそろ――」
その時だった。
シャオォォォーン!!
聞き覚えのある雄叫びが王都の上空に響き渡った。
闇王とアルミスは顔を見合わせる。
「今の声は!」
三人は急いで部屋を飛び出し、城の屋上へと駆け上がった。
そして空を見上げた瞬間、闇王は目を見開いた。
「バレッドドラゴン!?」
青空を背景に、巨大な白銀の竜が翼を広げて旋回していた。
雪のように白い鱗。
まさしくヴァロック山脈で出会ったあのバレッドドラゴンだった。
「どうしてここにいるのだ!?」
するとアルミスは嬉しそうに手を振った。
「スノー! 来てくれたんですね!」
ドラゴンは大きく旋回すると、城の屋上へゆっくりと降り立った。
ドォォン――!
巨体が着地すると風が巻き起こる。
アルミスが近づき、その大きな頭を優しく撫でた。
するとスノーは目を細め、
「シャオーン♪」
嬉しそうな声を上げながら、アルミスの顔をべろべろと舐め回した。
「ははっ、くすぐったいですよ」
「スノー? 一体どういうことだ?」
闇王は訳が分からず尋ねた。
アルミスはスノーの首筋を撫でながら答える。
「この子はスノーといって、私が飼っているドラゴンなんです」
「飼っている?」
「ええ。冬の間はヴァロック山脈の守りのために向かわせていますが、それ以外の季節は自由に過ごさせているんですよ」
「なるほど」
闇王は感心しながらスノーへ近づいた。
そして巨大な頭をポンポンと撫でる。
するとスノーはすぐに反応した。
「シャオォーン!」
まるで再会を喜ぶ犬のように尻尾を振り、嬉しそうに鳴く。
その姿を見て、普段顔に出さない闇王だったが、少し口角が上がった。
「相変わらず人懐こい奴だな」
スノーはさらに頭を押し付けてきた。
その大きな体とは裏腹に、甘えん坊な性格は少しも変わっていなかった。
数日が過ぎたある日のことだった。
「闇王様にお願いがあります」
アルミスのその一言から、すべては始まった。
気が付けば闇王はアルミスと共に城の大きなバルコニーへ立ち、眼下に集まった大勢の民衆へ向かって手を振っていた。
「なぜこんなことになったのだ……」
闇王は心の底からそう思った。
広場を埋め尽くすほどの人々が、熱狂したように歓声を上げている。
「きゃあー! 王様よー!」
「あの黒髪の方がお使い様かしら!」
「素敵ー!」
「可愛いー!」
歓声は次々と押し寄せ、まるで波のように広場を揺らした。
そんな中、アルミスが一歩前へ出る。
「皆さん、聞いてください!」
透き通るような声が広場中へ響き渡る。
「これから私たちは光の世界へ旅立ちます!」
その言葉に広場が静まり返った。
「この旅が成功すれば、魔獣の脅威は完全になくなるでしょう!」
一瞬の静寂の後――
「おおおおおおおっ!!」
歓喜の声が爆発した。
人々は手を掲げ、喜びを叫び、二人の旅立ちを祝福する。
その光景を眺めながら、闇王はただ黙って立っていた。
やがて挨拶を終えた二人は部屋へ戻り、そのまま城の発着場へ向かった。
巨大な飛行船へ乗り込むと、アルミスが微笑む。
「それでは、そろそろ行きますか」
「遅いのだ」
闇王は腕を組みながら答えた。
「それで、どうやって光の世界へ行くのだ?」
アルミスは真剣な表情になる。
「それには闇王様のオーラが必要になります」
「ほう」
「まず、この船全体をオーラで包み込んでください」
闇王は言われた通りに力を解放した。
漆黒のオーラが船を覆い尽くし、まるで巨大な闇の繭のようになる。
「次に、大きな扉をイメージしてください。そして、その扉を開くのです」
闇王は目を閉じた。
果てしなく巨大な扉を思い描く。
そして――開く。
その瞬間。
空が割れた。
天空に巨大な黒い扉が出現したのだ。
ゆっくりと開かれたその先には、光すら存在しない深い闇が広がっていた。
飛行船は迷うことなく、その闇へ突入する。
船体は暗黒に飲み込まれ、周囲の景色は完全に消え去った。
そこには上下も左右も存在しない。
ただ永遠に続く闇だけがあった。
闇王は静かに目を閉じる。
そして、自らの本体である「闇の樹」と意識を繋げた。
「あっちだな」
闇王が前方を指差した。
「光の世界はあちらにある」
アルミスは目を見開く。
「ええ……私にも感じます」
「あちらから、私と同じ光の塊から生まれた存在の気配を感じます」
飛行船は進む。
闇の海を突き進む。
どれほど進んだだろうか。
やがて遠くに小さな光が見えた。
その光は次第に大きくなり、眩い輝きとなる。
暗黒だった世界が、一面の光で満たされていった。
そして闇の世界を抜けた瞬間――
そこには無数の星々が輝く宇宙が広がっていた。
その中に、青い星を見つけた。
アルミスはその星を指差した。
「あの惑星です」
アルミスの声には確信があった。
「あそこから感じます」
闇王もまた、その星から放たれる強大な光を感じ取っていた。
光の世界。
二人の新たな旅の舞台が、ついに目の前へ姿を現したのである。




