リダ王国
これは全て私の妄想話しです
エイダ村からリダ王国へ向かうには、この広大な森を抜けなければならない。
闇のオーラを吸収したことで、闇王の身体能力は大きく向上していた。
軽く地面を蹴っただけで、その身体は木々の頂を遥かに超える高さまで跳び上がる。空中から見下ろせば、果てしなく続く森の全景が一望できた。
「すごいな……」
闇王は自分でも驚いていた。
ジャンプ力だけではない。
走る速度は風のように速くなり、筋力も以前とは比べものにならないほど強くなっている。
握った拳に力を込めるだけで、自分の中に膨大な力が宿っていることが分かった。
「これなら巨人が現れても、一刀両断だな」
今の自分なら誰にも負ける気がしなかった。
エイダ村の村人たちは、リダ王国まで一週間ほどかかると言っていた。しかし今の脚力なら二日もかからず到着できそうだった。
森の中には多くの動物たちが暮らしていた。
木々の間を走るリス。
草むらで草を食む鹿。
そして時折、縄張りに入った闇王へ牙を剥く狼や巨大なクマ。
だが、彼らは今の闇王にとって脅威ではなかった。
ヴァロック山脈で戦った雪男や巨人、そして攻撃すら通じなかった魔獣たちと比べれば、あまりにも弱かったからだ。
しかしクマの姿を見るたびに、闇王の脳裏には一頭のクマが浮かんだ。
あのピンク色のクマだった。
瀕死だった自分を助け、水を飲ませてくれた不思議なクマ。
「あいつ、今頃どうしてるんだろうな……」
闇王は小さく呟く。
森の仲間たちと仲良く暮らしているのだろうか。
元気に走り回っているだろうか。
そんなことを考えていると、少しだけ懐かしい気持ちになった。
クマを見るたびに思い出してしまうため、闇王は地面を走るのをやめた。
大きく跳躍し、木の幹から木の幹へと飛び移りながら進む。
まるで森を駆ける風そのものだった。
いくら速く進めるとはいえ、この森は広大だった。
見渡す限り木々が続き、その奥にはさらに深い森が広がっている。
リスや鹿、小鳥たちの姿が時折見えるものの、人の気配はまったくない。
森の奥は薄暗く、昼間だというのに夜のような静けさに包まれていた。
闇王は休むことなく進み続けた。
そして、どれほどの時間が経っただろうか。
ふと前方に変化が現れた。
暗かった森の先に、かすかな明るさが見えたのだ。
木々の隙間から光が差し込んでいる。
一歩進むごとに、その光は大きくなっていく。
「出口か?」
闇王は速度を上げた。
木々の間を駆け抜け、最後の一本を飛び越える。
すると――。
目の前に広がっていたのは、眩しいほどの陽光に照らされた開けた大地だった。
長く続いた森は終わりを迎え、その先には新たな世界が広がっている。
闇王は足を止め、ゆっくりと前方を見据えた。
「ようやく抜けたか」
森を抜けると、広大な平原が広がっていた。
はるか先には、煉瓦で築かれた巨大な城壁が見える。
「あそこがリダ王国だろう」
闇のオーラを吸収した今の闇王にとって、この広い平原でさえ庭のようなものだった。
平原には人々が行き交う街道が続いている。旅人や商人らしき人々が、まばらに歩いていた。
闇王はその後ろを、凄まじい速度で駆け抜ける。
おそらく彼らには姿すら見えていないだろう。感じたとしても、突然強い風が吹いた程度にしか思わないはずだ。
あっという間にリダ王国が近づいてくる。
やがて巨大な門が見え、その前には兵士たちが立っていた。
「この速度では怪しまれるな」
そう考えた闇王は、途中から普通の人間と同じ速度で歩き始めた。
門の前まで来ると、兵士の一人が声をかける。
「どこから来た?」
「ドレーク村からだ。アガツマ様より、アルミス様に仕えるよう命じられて来た。アガツマ様からの手紙も届いているはずだが」
兵士は目を見開いた。
「お前が例の……」
そう呟くと、すぐに態度を改めた。
「通ってよし!」
重厚な門がゆっくりと開かれる。
門の向こうには、これまで見たこともない光景が広がっていた。
煉瓦造りの建物が立ち並び、美しく整備された石畳の道が続いている。
洗濯物を干す女性たち。
料理の支度をする人々。
元気よく走り回る子供たち。
遠くには壮麗な王城がそびえ立っていた。
「ここは平和だな」
闇王は静かに呟く。
民家の並ぶ区域を抜けると、大きな冒険者ギルドが見えてきた。
その周囲には武器屋、防具屋、道具屋、本屋、鍛冶屋が並び、多くの冒険者たちで賑わっている。
その中に、今まで見たことのない店があった。
『魔法ショップ』
興味を引かれた闇王は中へ入る。
店内の壁一面には本が積み上げられていた。
一冊手に取り開いてみる。
「……白紙?」
何ページめくっても何も書かれていない。
別の本を開く。
それも白紙。
さらに別の本も白紙だった。
何十冊確認しても同じである。
困惑していると、店主らしき老人が笑った。
「ここにある本は、魔法の才能がある者にしか読めないんだよ」
「なんだと?」
「才能のない者には白紙にしか見えん」
闇王には魔法の才能がなかった。
少し肩を落としながら店を後にする。
そして王城へ向かった。
城へ続く最後の坂を登ると、巨大な城門が見えてきた。
重そうな扉はすでに開かれている。
その前には、一人の少年が立っていた。
闇王とほとんど同じ背丈だ。
少年は柔らかく微笑む。
「待っていましたよ」
「お前には用がない。私は王様に会いに来たのだ」
そう言うと、少年は少し困ったように笑った。
「私がアルミスです」
闇王は目を見開いた。
「……何?」
信じられなかった。
アルミスは千年以上生きている存在だと聞いていた。
闇王は白髪の老人を想像していたのである。
その驚きを察したのか、アルミスは苦笑した。
「本当ならここにも兵士たちが立っているんですよ。今日は人払いをしてあります」
そう言って闇王の身体を見つめる。
「闇に閉じ込められたと聞いた時は、私も焦りました。しかし、まさか闇のオーラをまとって帰ってくるとは思いませんでした」
闇王は眉をひそめた。
「見えるのか?」
「はい」
アルミスは微笑みながら頷いた。
「では、中へどうぞ」
案内されて城内へ入る。
そこには色とりどりの薔薇が咲き誇る美しい庭園が広がっていた。
赤。
青。
黄色。
紫。
ピンク。
様々な色の花々が風に揺れている。
その道を歩きながら、闇王は前から気になっていたことを尋ねた。
「お前、いったい何歳なのだ?」
アルミスは何でもないことのように答えた。
「13000と1歳ですよ」
闇王は思わず立ち止まりそうになった。
「一万三千……」
その後もしばらく驚きの雑談が続く。
やがて庭園を抜けると、広大な広場へ出た。
そしてその中央に――
巨大な船が停泊していた。
海でもない場所に船がある。
異様な光景だった。
アルミスはその船を指差す。
「これをお見せしたかったのです。今のあなたには必要になると思いますから」
「この船は何なのだ?」
「ドレーク村でしか採れない特殊な木で造られた魔道船です」
「ドレーク村の木だと?」
闇王は驚いた。
故郷で毎日のように切っていた木である。
まさかそんな用途に使われているとは思わなかった。
アルミスは続ける。
「魔法を蓄えられる木は、あの村にしかありません。非常に貴重な資源です」
「そんなに価値があるのか?」
「一本で金貨200ラダは下りません」
その金額を聞いて、闇王は目を丸くした。
自分が売っていた頃は高くても銀貨260リタ程度だったからだ。
そのことを話すと、アルミスの表情が険しくなる。
「それは安すぎますね。その木場の者は調べる必要がありそうです」
闇王は船を見上げた。
「この船はどこへ行くのだ?」
「深い闇を渡るための船です」
「今の私には必要ないな」
するとアルミスは即座に言った。
「料理人が乗っていますよ」
闇王の耳がぴくりと動く。
「料理も絶品です」
「いるのか!?」
思わず身を乗り出す闇王。
アルミスは小さく笑った。
「もちろんです」
そして真剣な表情になる。
「闇へ行って何をするつもりなのだ? 魔獣退治か?」
「普通の武器では通用しない」
「知っています」
その時だった。
アルミスが突然片膝をつき、深く頭を下げた。
闇王は驚く。
「な、何をしている!?」
アルミスは敬意のこもった声で言った。
「今の闇王様にお会いできて光栄です」
「闇王? それは誰のことだ?」
「あなたですよ」
闇王には意味が分からなかった。
「ひざまずかれては困るのだ!」
慌てる闇王を見て、アルミスは立ち上がる。
「あなたはあの闇を生み出し、魔獣たちに恐れられている存在です。ゆえに闇の王――闇王なのです」
「なぜそんなことを知っている?」
アルミスは静かに答えた。
「私は光の神から最初に生まれた巨大な光の塊です」
闇王は黙って話を聞く。
「私と同じように、光から生まれた存在たちが光の世界にいます。あなたにはそこへ行き、その者たちと会ってほしいのです」
「光の世界……」
「そして共に光の神のもとへ向かい、この世界へさらなる光を与えていただきたい。闇が再び世界を覆わぬように」
そう言うとアルミスは船へ視線を向けた。
「では、乗船してください」
船には階段が掛けられていた。
そこから乗れるようだ。
闇王は船へ向かう。
しかしその時、アルミスが思い出したように声をかけた。
「ああ、その前に――」
闇王が振り返る。
アルミスは船の側面にある扉を開いた。
「まず、行かなければならない場所があります」
そう言って船の内部へ入っていく。
闇王も後を追い、その扉の向こうへと足を踏み入れた。




