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闇王日記 〜闇の神様、人間の幼児になって無双する〜  作者: S


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12/15

アイゼン砂漠

全て私の妄想の話です

春が訪れたヴァロック山脈では、長い冬を覆っていた雪が溶け始め、白く染まっていた山肌は鮮やかな緑へと姿を変えていた。


「もう行ってしまうんですね」


ギーファが少し寂しそうな表情で言った。


「この街には世話になった」


闇王は静かに答える。


「それじゃあ、そろそろ行く」


そう言い残し、闇王はギーファに背を向けて歩き出した。


春の山は冬とはまるで別世界だった。


吹雪はなく、山道は緑に覆われている。所々には色とりどりの花畑が広がり、爽やかな風が吹き抜けていた。


「吹雪がないのはいいな」


闇王はそう呟きながら軽快に山を登っていく。


魔物の姿も見当たらず、のんびりと景色を眺めながら歩いているうちに、気がつけばあっという間に頂上へたどり着いていた。


そして頂上で目にした光景に、闇王は思わず息をのむ。


辺り一面が花の海だった。


赤、青、白、桃色――様々な花々が咲き誇り、大地を鮮やかに彩っている。


「これは……」


その美しい花畑の中央に、一頭の巨大なバレッドドラゴンが座っていた。


まるで闇王を待っていたかのようだった。


「シャオーン!」


バレッドドラゴンが大きく鳴く。


呼ばれている気がして、闇王は花畑を駆け抜け、そのもとへ向かった。


するとバレッドドラゴンは大きな頭を下げ、闇王の頬へ優しく擦り寄せる。


「シャオン……」


その声はどこか甘えるようで、愛情に満ちていた。


闇王はそっとその頭を撫でる。


しばらくの静かな時間が流れた。


やがてバレッドドラゴンは空を見上げる。


「シャオォォーン……」


今度の鳴き声は悲しげで、別れを告げているようだった。


次の瞬間、大きな翼を広げる。


バサッ! バサッ!


花びらが舞い上がる。


そしてバレッドドラゴンは青空へ向かって飛び立った。


闇王はその姿が小さくなるまで見送った。


やがて姿が見えなくなり、闇王はふと周囲を見回す。


すると花畑の上を、たくさんの蝶がひらひらと飛び回っていた。


「……!」


闇王の額に冷や汗が流れる。


蝶が苦手な闇王は、慌ててその場から逃げ出した。


下山は驚くほど楽だった。


春の風を受けながら駆け下りると、あっという間に麓へ到着する。


しかし、山を越えた先に広がっていた景色は再び一変していた。


そこは見渡す限り砂だけの世界。


アイゼン砂漠だった。


容赦なく降り注ぐ太陽。


焼けるような熱風。


砂の大地は陽炎に揺れている。


「暑いな……」


歩き始めて間もなく喉が渇き、闇王は水筒の水を飲んだ。


その時だった。


砂の中から巨大な影が飛び出す。


ザザァッ!!


現れたのは黒い巨体を持つ大サソリだった。


尻尾の先には赤く輝く水晶がついている。


闇王は魔物図鑑を開く。


ランクB――レッドヘッド。


レッドヘッドは巨大な尻尾を武器とし、水晶の針で獲物を貫く危険な魔物だった。


ギラリと赤い水晶が光る。


次の瞬間、鋭い一撃が襲いかかった。


キィィン!!


闇王の大剣が尻尾を受け止める。


しかし水晶の針には傷ひとつ付かなかった。


「なら体だ!」


闇王は素早く懐へ飛び込む。


そして大剣を力いっぱい振り下ろした。


ズバァッ!!


レッドヘッドの胴体が切り裂かれる。


その身体はキラキラと光を放ちながら消滅した。


だが、それで終わりではなかった。


砂の中から次々とレッドヘッドが現れる。


一匹、二匹、十匹――。


あっという間に大群となって闇王を囲んだ。


巨大な尻尾が四方八方から襲いかかる。


闇王はそれを避ける。


斬る。


避ける。


斬る。


ひたすら繰り返す。


激しい戦いの末、ついにレッドヘッドの群れを一掃した。


しかし、その代償は大きかった。


闇王は荒い息を吐きながら再び歩き始める。


どこまでも続く砂の海。


何時間歩いても景色は変わらない。


時折水を飲みながら進むが、終わりは見えなかった。


やがて方向感覚も失われていく。


東へ向かっているのか。


西へ向かっているのか。


それすら分からない。


照りつける太陽は容赦なく体力を奪っていく。


「暑い……」


喉は焼けるように渇いていた。


闇王は残っていた水を飲み干す。


ゴク、ゴク、ゴク――。


しかし、その水筒もついに空になった。


さらに追い打ちをかけるように砂嵐が発生する。


ゴォォォォッ!!


激しい風が砂を巻き上げ、視界を奪う。


目も開けていられない。


口の中まで砂だらけになる。


戦闘の疲労。


灼熱の暑さ。


極度の喉の渇き。


そして終わりの見えない砂漠。


闇王の足取りは次第に重くなっていった。


一歩。


また一歩。


ふらつきながら前へ進む。


しかし限界だった。


「……水……」


かすれた声を漏らした直後、闇王の膝が崩れる。


掠れゆく意識の中で、何かが近づいてくる気配を感じた。


ドスン、ドスン――。


重い足音が少しずつ近づいてくる。


だが、闇王の身体はもう言うことを聞かなかった。


(もう駄目だ……)


そう思いながら、意識は暗闇へと沈んでいく。


どれほどの時間が過ぎたのだろうか。


ふと、口の中に冷たい水分が流れ込んでくるのを感じた。闇王は本能的にそれを飲み込む。


しかし、疲労が深すぎて目を開けることができない。


何度も何度も、水が口元へ運ばれてくる。そのたびに少しずつ意識が浮上していった。


そして何度目かの時――ようやく闇王は目を覚ました。


目を開いた瞬間、思わず目を見張る。


そこには砂漠とはまるで別世界の光景が広がっていた。


青々とした草原。


澄んだ水を湛えた泉。


色鮮やかな花々。


たわわに果実を実らせた木々。


涼しい風が吹き抜け、心地よい木陰が大地を覆っている。


「涼しい……」


闇王が呟くと、


「アウアウー」


低く優しい鳴き声が聞こえた。


声の方を見ると、そこには大きなピンク色のクマがいた。


二足で立つそのクマは闇王の傍らに座り、たくさんの果実を抱えている。そして、その中の一つを闇王へ差し出した。


「お前が助けてくれたのか?」


「アウー」


クマは嬉しそうに頷く。


「そうか……」


闇王は果実を受け取りながら呟いた。


誰かに助けられたことなど、生まれて初めてだった。


だから何と言えばいいのか分からない。


周囲を見渡すと、たくさんの動物たちが集まっていた。


鹿や兎のような草食獣だけではない。


狼や大型の肉食獣までもがクマの周りに集まり、甘えるように鳴いている。


どうやら、このクマは森の動物たちから慕われているらしい。


クマは闇王の頭を優しく撫でた。


まるで母親が子供にするような手つきだった。


「ここは安全なんだな」


「アウ」


闇王は果実を食べ終えると、そのまま眠りについた。


翌日も、その次の日も。


クマはたくさんの果実を採ってきてくれた。


闇王はその果実を腹いっぱい食べ、クマの膝を枕にして眠った。


時には二足歩行のクマの肩に乗り、高い木になった果実を採ることもあった。


そうして十分に食べ、眠り、休息を重ねた結果、失われていた体力は徐々に戻っていった。


そして数日後――。


闇王はクマに尋ねた。


「人里の場所を知っているか?」


するとクマは耳をぴくりと動かした。


「あう!」


そう鳴くと、闇王に背を向け、腰を落とす。


「乗れってことか?」


闇王が背中に乗ると、クマは力強く歩き始めた。


ズンズン――。


ズンズン――。


広大な森を抜ける。


その先には、再び果てしない砂漠が広がっていた。


だがクマは迷うことなく進み続ける。


まるで目的地を知っているかのように。


砂嵐が吹き荒れても、その巨体はびくともしない。


闇王は振り落とされないようクマの頭にしがみついた。


それでもクマは止まらない。


ズンズンと力強く前へ進み続けた。


やがて砂漠を抜けると、今度は広大な草原が見えてきた。


そこでクマは足を止める。


「アウアウ!」


鳴きながら前方を指差した。


その先には、人が暮らしていそうな緑豊かな大地が続いている。


「あっちに行けばいいんだな」


「アウ!」


クマは大きく頷いた。


闇王はクマの背中から降りる。


そしてしばらく無言で見つめ合った。


命を救ってくれた恩人。


いや――恩熊と言うべきだろうか。


闇王は少しだけ口元を緩めた。


「世話になったな」


クマは嬉しそうに鳴いた。


「アウー」


草原の風が二人の間を吹き抜けていった。




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