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後輩と事故チューしたら気まずくなった。  作者: 竹薗水脈


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2/4

 翌日の放課後、大志は宣言通り教室にやってきた。大志の顔を見た途端、昨日の事故チューの情景がありありと思い出される。顔が熱くなって、体温が急上昇した。

「那月さ~ん」

 廊下から元気よく弾ける笑顔で名前を呼ばれ、俺は反射的にしゃがみ込んで背中を丸めた。まだ教室には同級生たちが残っている。気付かれていない可能性にかける。

「那月さ~ん!」

 大志は両手を振ってジャンプしながら俺を呼んでいる。大柄であるため、通りがかりの二年生たちがびっくりしている。

「春田。後輩が呼んでるぞ」

 机の陰に隠れていた俺に、クラスメイトが声をかけてきた。大志も俺の居場所に気付いているらしい。さっきから目が合っている。

 俺は長息しつつ立ち上がった。大志にじとーっとした視線を送る。

(しっぽの幻覚が見えそうだ)

 大志は大型犬のごとく全身で喜びを表現している。

(どうやったら昨日の今日で、そんなに明るく振舞えるんだよ)

 俺は心の中で舌打ちした。

(意識してんのは俺だけかよ)

「那月さん! 今日からよろしくお願いします!」

 同級生がいなくなった教室で、大志は行儀よくお辞儀をした。

「お、おう」

 俺はとにかく恥ずかしくて、大志の顔を直視できない。意味もなく動悸が激しくて、内臓までそわそわしているみたいだ。

「那月さん? どうしたんすか?」

 大志が顔を近付けてきて、俺は心臓が止まるかと思った。

「顔、赤いっすよ」

 何が起こったのか、一瞬わからなかった。大志の冷たい手が俺の額を覆っている。

「マジで熱あるかもしれないっすよ」

 大志の声は焦っていた。俺の緊張もピークに達する。

 俺は俊敏な動きで後ずさりしていた。大志が驚きに目を見張っている。俺は慌てて取り繕った。

「あー、俺、ちょっと、体調悪いかも」

 すばやくボストンバッグを肩にかける。

「悪い! 自力で勉強してくれ!」

 捨て台詞のように言い残して、小走りで教室を出た。

「那月さん! 気にしないでください。俺ちゃんと勉強します!」

 俺はハッとして振り返った。大志の無理やり張り付けた笑顔に胸が重苦しくなる。俺は返事もできずに、廊下を足早に移動する。

(あー! またやっちまった! すまん、大志!)

 心の中では後悔の嵐が吹き荒れる。大志には申し訳ないが、昨日あんなことがあったのに、誰もいない教室で勉強を教えるなんて無理だ。昨日までは普通にしゃべれていたのに、どう接していいのかわからない。とにかく中間テストが終わるまでは、自力で頑張ってもらうしかない。


 俺は夕食後に自室で数学の問題を解こうとしていた。

(えーっと、y=……)

 二次関数に集中しようとしても、大志の残念そうな顔が頭から離れない。

(散歩をすっぽかされた大型犬みたいだったな)

 つい机の上に置いたスマホに目が行ってしまう。

「そうだ。電源切っちゃえば……」

 スマホに手を伸ばして、「いや、でも」とぶつぶつ独り言を言いつつ、またスマホを伏せる。その繰り返しだ。

(何か連絡しないといけないけど……)

 放課後に会って以来、大志に一度も連絡していない。約束を破ってしまった手前、俺から連絡を取るべきだと思うが、何をどう言えばいいのかわからない。

(中学生かよ。好きな子でもあるまいし、なんで後輩にメールひとつ送れないんだよ)

 俺は無意識に使った『好きな子』という単語に目を見開いた。

(え……? 俺、大志のこと……)

 スマホが振動し、俺は椅子から飛び上がりそうになった。

(まさか、大志からか?)

 恐る恐るスマホに手を伸ばす。予想通り大志からメッセージが届いていた。

『体調大丈夫ですか?』

 俺を気遣う文面に、後ろめたいだけじゃなくて、今すぐ逃げ出したいような、叫び出したいような、訳のわからない激情に駆られる。この気持ちの正体を、俺はまだ知らない。

 逃げ出したくたって、逃げ場なんかどこにもない。そんなことはわかりきってる。大志は部活の後輩で、部活が再開すれば、嫌でも顔を合わせる。

「あああああああっ!」

 俺は大声を上げて髪の毛をかきむしった。

 勢いよく扉が開く音が隣室から聞こえた。ドタドタとした足音に続いて、施錠していないドアが勢いよく開かれた。

「兄ちゃん、うるせえよ! こっちもテスト前なんだよ」

 弟の(ひろ)()だ。

「それは悪かったけど、ノックしろって、いつも言ってるだろ」

 広毅は仏頂面のままドアを閉めて隣の部屋に戻っていく。

 弟は中三だが、身長はとっくに抜かれている。野球部でキャプテンを務めていてピリピリしているようだ。

 俺はスマホに視線を戻した。先輩として既読スルーするわけにはいかない。

『お疲れ。俺は大丈夫』

 当たり障りのない返信をする。すぐに既読になり、返事がきた。

『良かったっす』

(ああ、もう!)

 俺は広毅に迷惑をかけないように天を仰いで溜息をついた。

(まともに返事もできなくて何が先輩だよ)

 自己嫌悪に陥り、ますます頭の中が大志に占拠されていく。

(だめだ。勉強に集中しないと)

 シャーペンを握り、教科書に視線を落とす。目の前に大志の顔が浮かんだ。事故チューの感触がよみがえり、顔が熱くなる。

(だめだ。勉強に集中しないと!)

 一人押し問答が就寝時間まで続いていく……。


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