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後輩と事故チューしたら気まずくなった。  作者: 竹薗水脈


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3/4

 そんなこんなで、全然勉強に身が入らず、俺は人生で初めて赤点を取ることになる。

 中間テストが終わり、部活が再開したというのに、俺はバレーボールを触ることさえ許されない。教室で自席に着いた俺の前に、城戸さんが渋面を作って立っていた。

「まったく……()()()()赤点を取るなんて」

 そう。俺の隣には大志がでかい体を申し訳なさそうに縮めて座っている。

「すんませんした!」

 大志が勢いよく頭を下げて机に顔面をぶつける。

「大丈夫か? すごい音したぞ」

 大志が顔を上げると、額が赤くなっていた。

「大丈夫っす」

 城戸さんが視線を俺に戻す。

「青島はともかく、優秀な那月がいったいどうしたんだ?」

 城戸さんにも大志にも弁解のしようがなくて、俺はただ頭を下げるしかなかった。

「申し訳ありませんでした」

「しょうがないなあ」

 城戸さんが片眉を下げて続けて言う。

「那月のことだから、『どうせ出番ないだろう』とか思ってるかもしれないけど、大きな間違えだぞ。確かに宇野はセンスの塊だけど、未だにスタミナに難がある。それにな、誰にだってケガのリスクはあるだろう。おまえがアップゾーンにいてくれるだけで、俺たちは安心してプレーができるんだよ」

 目の奥が熱くなり、鼻の奥がツンと痛む。鼻水が出そうになって、慌ててはなをすすった。全身が小刻みに震え出し、拳を握り締めてじっと耐えた。

(あ、だめだ。泣くかも)

 俺は泣き顔を見られたくなくて、立ち上がった。椅子が音を立てて倒れる。窓を向いて、涙が引くまで待つ。

「那月さん」

 大志の声がすぐ後ろから聞こえた。

 俺は手の甲で涙をぬぐって二人に顔を向ける。

 聞かれてないのに、語らずにはいられなくて、ぽつりぽつりと話し始めた。

「俺、中学最後の試合で、スパイカーともめたんです。そいつ、とんでもなく自分勝手なヤツで、試合中に『トスは全部俺に上げろ』って言ってきたんです。『俺が全部決めてやるって』」

「うわ、最悪」

 大志が小声で言った。

「そんで、全部そいつに上げたんですか?」

 俺は首を振った。

「言うこと聞いてたら負けると思ったんだ。でも、他の人に上げたトスも横取りして自分で打とうとするから、ことごとくブロックにつかまってました」

「そりゃそうだ」

 城戸さんが同意してくれた。

「挙句の果てに、練習したことないのにクイックをやろうとしたんですけど、うまくいくはずなくて、全部、俺のせいにされたんです。」

 話しているうちに怒りが再燃してきて、俺は唇を噛み締めた。

「『速攻もできないのか! 何年バレーボールやってるんだ!』って、みんなの前で怒鳴られました。俺、そいつに誘われて、小三からバレーボールしてるんです。やってる年数がほぼ同じなのわかってるくせにそんなこと言うから、俺、腹が立って、つい怒鳴り返しちゃって、『いい加減にしやがれ! エゴイストはチームにいらねえんだよ!』って」

 フリーゾーンから見た光景がフラッシュバックする。途方もない無力感がよみがえる。空気に押し潰されて、自分の存在が消えたみたいだった。もうとっくに終わったことなのに、喉が絞めつけられるように痛んだ。

「ベンチに下げられたのは、俺のほうだったんです」

 俺の声はかすれて震えていた。

「自己主張するセッターよりも、従順なセッターがいいんだって思うと、なんかもう、どうでもよくなったっていうか」

 思考の泥沼に陥りかけた俺を、大志が引き上げてくれた。

「那月さんは間違ってないです。ぶち切れて当然っす!」

「そうだな。俺もそう思うよ。野球とかサッカーとか他のスポーツのことはわからんけど、少なくともバレーボールじゃあ、チーム全体のパフォーマンスが低下するって、俺も思うよ」

 城戸さんが俺の肩に手を置いた。

「そんなにつらいことがあったのに、よくうちのバレーボール部に入ってくれたな」

 俺は遠慮がちに口を開いた。

「去年見学に行った時、ずば抜けたスパイカーはいなさそうだったんで、やってもいいかなと思ったんです」

「はは」と城戸さんは苦笑している。ずば抜けたセッターがいるとすぐにわかったことは黙っておいた。

「那月、ちょっと」

 城戸さんが、大志から離れたところで俺を手招きした。

 城戸さんが声を潜める。

「那月、(ひがし)(やま)中学出身だよな。もめた相手って、(あか)(ばね)高校の五十嵐(いがらし)か?」

「そうです」

 赤羽高校二年生エースの五十嵐隼(はや)()とは幼馴染で、小一からの付き合いだ。連絡先は未だにスマホに登録されているが、中学最後の大会で口論して以来、連絡さえしていない。

 赤羽高校との練習試合が、今度の土曜日にセッティングされている。

「まさかとは思うが、五十嵐に会いたくなかったから、わざと赤点取ったんじゃないだろうな」

 俺は慌てて否定した。

「違います! 勉強に集中できなかっただけです」

 城戸さんは咳払いをした。

「赤羽高校との練習試合には、ベストメンバーで臨みたい。二人ともなんとしても追試をパスしてくれ」

 俺たちは姿勢を正した。

「はい!」

 教室を出ようとした城戸さんが、立ち止まって振り向いた。

「一番大事なことを言い忘れてた。次期キャプテンは、那月に任せようと思ってる。那月が追試をパスしないと、俺が困るんだよ」


「うわっ」

 城戸さんがいなくなった教室で、大志が無言で後ろから俺に抱き着いてきた。真上から硬い声が降ってくる。

「那月さん。勉強に集中できなかったのって、練習試合で元チームメイトと再会するからですか?」

 大志は、城戸さんと俺の会話を聞いていたらしい。

「はあ? 何言ってんだよ! ちげーよ!」

 大志の腕から逃れようとするが、意外にたくましい腕はびくともしない。

(そういえば、こいつも、ずっとスポーツやってたって言ってたか)

「じゃあ、なんで、勉強に集中できなかったんですか?」

 耳に熱い吐息を感じて、心拍数が跳ね上がる。わざと気を逸らそうとしても、もう無理だ。大志と密着していれば、嫌でも事故チューを思い出してしまう。

「那月さん。顔が赤いっすよ」

 大志が顔を近付けてくる。俺は体をひねって大志の腕から逃れた。

 壁際に避難するも、大志が追いかけてきたから逆効果となった。

「わーっ! こっち来んなよ!」

「『来んな』って、ひどいっすよ。那月さん、最近ちょっと変ですよ」

 壁際に追い詰められ、俺は膝から崩れ落ちた。

「那月さん。大丈夫っすか?」

 うつむいていても、大志が中腰になっているのがわかった。

「俺が変だとしたら、全部おまえのせいだよ」

 我知らず、非難する口調になる。

「俺がこうなったのも、赤点取ったのも、全部、おまえのせいなんだよ!」

 俺は大志の眼を正面から見据えた。

「あんなことがあったのに、なんでそんなに、平然としていられるんだよ!!」

 瞬間、大志が拳を振り上げた。頭の上ででかい音がして、俺の肩がびくっと跳ねる。

(言い過ぎたか?)

「平気じゃ、ないっす」

 大志の声はかすれて震えていた。泣きそうな顔と目が合い、心が震える。

「平気なわけ、ない」

 大志は脱力するように姿勢を低くしていく。俺の体に覆い被さってきて、俺はとっさに、大志の広い背中に腕を回した。

 大志の鼓動を感じる。ドクドクと脈打っている。

「俺、那月さんが近くにいるだけで、いつも、こんなになるんです。好きな人と、キ……キスしたのに、意識してないわけ、ないじゃないっすか」

 頭の後ろに手を回され、もう片方の腕で抱き締められる。

 俺の緊張は頂点を通り越して、振り切れてしまった。もう、あれだ。パニックだ。

(好き? 今、好きって言ったか? 大志が俺を好き!? どういうあれだ!?)

「俺とキスした時、嫌でしたか?」

 普段では考えられないほど真面目な声で、大志は静かに問う。だから俺も、本音で話すしかないと思った。

「嫌じゃない。嫌じゃなかったから、今、こんなに困ってるんだ」

 大志が腕を緩める。大志の本気の顔が目の前に現れた。

「俺、那月さんが好きです。俺と付き合うこと、真剣に考えてほしいです。返事は、いつでもいいですから」

 はぐらかしてはいけないことくらい、俺でも理解できた。

「いつまでに返事すればいい?」

「那月さんが卒業するまでには、返事ほしいです」

「わかった。考えとく」

 大志は少しほっとした様子で俺の手を取り、指をからめてきた。

(なんだ? ムード作ろうとしてるのか?)

 俺の予想は的中したようで、大志は目をつぶって顔を近付けてきた。俺は慌てて空いている手で大志の口をふさいだ。

「調子に乗るなよ! まだ返事してねえのに、二度目はない!」

「すんません。調子乗りました」

 大志はでかい図体を丸めて反省の意を示す。大型犬がしゅんとしているみたいでほほえましい。

(大志は犬に例えるなら『柴犬』かな。でかい犬種じゃないけど、かわいいもんなあ)

 愛しさが込み上げてくる。俺は床に膝をついて身を乗り出し、大志の額にキスをした。

「那月さん! 大好きです!!」

 またしても抱き着いてきたので、俺は大志の頭を撫ででやった。

「もうわかったから、勉強すんぞ」

 おざなりな返事にも多分に甘さが含まれているのが、自分でもわかった。


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