77 気になる存在
色々と皆で片付けた。するとエミリがソファで寝ているのに気づいて、リビングの電気と音楽を消して、ヤギさんがエミリにブランケットをかけた。
テレビの向かい側の三人掛けソファに左からイオリ、私、レイヴ、ヤギさんの順でぎゅうぎゅうに座りながら、深夜の番組を見つつ、スナックを食べて、小声で会話をしている。
レイヴがテレビに映ってるMVを見ながら言った。
「俺ねー、そろそろ新アルバム出そうと思ってるから!リアちゃんもフィーチャリングする?俺のギャングスタラップだから同じFOC同士、組織のかっこよさを一緒にラップしようよー!」
「えー私歌ったことないし、マニマニアーンは嫌だ。」
「ははっ……!」
これをやるとイオリが笑ってくれるので、結構気に入ってる。レイヴも「そんなんじゃないから!もっとバイブスを感じてよ!」って肩をコツンと叩いてくるし。
でもイオリの歌声は本当に素敵だった。あー今日は帰ったら燃えるかもしれない。私は満足げにゴクッとジュースを飲んだ。するとヤギさんがイオリに聞いた。
「ねえ、僕もお気に入り登録したけど、デレラロームってどういう意味なの?」
私は吹きそうになった。登録したのかい……!イオリは立ち上がって、笑う我々二人の上からヤギさんの頭を軽くペチンと叩いて、それから照れつつ答えた。
「バンド名はシンデレラシンドロームの略だ。」
「何だそれー?」レイヴが言った。
「本当はシンデレラコンプレックスという心理状態の意味だったのだが、シンドロームの方が収まりが良いからって、サークルの奴らに訂正された。」
私は聞いた。
「シンデレラコンプレックスって何?」
「惨めな境遇を過ごしたシンデレラが王子様に会って幸せになったように、他者によって救われたい、守られたいという依存的な心理状態を示す言葉だ。」
「サラだな。」
レイヴがすぐにそう言った。イオリは「うーん」と苦笑いした。私は彼に聞いた。
「どうしてその名前にしたの?」
「……救いたかったのと、守りたかったから。」
「誰を?」
「え?」
私の追求にイオリは戸惑った顔をした。
「……だ、誰と聞かれても、その時の俺にはわからない。」
「あのねー、」レイヴが前屈みになって、イオリの顔を覗きながら言った。「つまり俺が翻訳してやるとー、リアちゃんはお前が医学院生だった頃に彼女がいたかどうか聞いてんだよー。」
「その時は、いない。」
なんか、その即答が逆に怪しかった。目を細めて彼を凝視していると、彼が私の顔を見て、戸惑った。
「すまない……少しいた。」
あっそ、いたんかい。知ってたけどね!何これ。
レイヴが言った。
「へぇー音楽やって、モテたかったの?」
「いや、きっかけは違う。教授に勉学ばかりじゃなくて、何か趣味を持てと言われた。丁度ヴィジュアル系のサークルに熱烈なアピールを貰っていて、それも一つの手かと思ったんだ。もういいだろう?レイヴはなんだ、あのクソラップ。」
「は!?お前に言われたく無いんだけど!でもね、これからリアちゃんとフィーチャリングするから。ね?」
「え。」私はレイヴを見た。彼は私にウィンクした。一応言っといた。「でも本当に、歌ったことない。」
「大丈夫だって!アーとかウェーとかコーラスでもいいんだって!今度のはこの前のGGプロジェクトの曲をかっこよく作るからねー、それでもしFOCの人員増えたら俺の尊敬するDJインコさんだって喜んでくれるし!ってか、俺がラップ出したらすごーく褒めてくれるもん。だからやろ?」
私は考えた。レイヴとラップか……全然ポジティブな想像が出来ない。でもそれに挑戦したらイオリが私の曲を聴いてくれるのかな。私が彼の歌声に夢中になったように、彼も私の歌声に夢中になってくれたら嬉しい。
今のままだと、私ばかりがイオリにのめり込んでる気がする。だってあの歌声だよ……?それはモテただろうし、だったら私だってモテて、彼を同じ気持ちにさせたい。
自分磨きをしたい。ラップで……。
「ねえレイヴ、私ラップやる。」
「え!?まじでやったー!「何故そうなる?」
イオリが私の腕を掴んだ。私は答えた。
「自分磨きしたいから。」
「え。」
「アッハァー」とレイヴが笑った。「じゃあその気持ちをライムブックに書いとくといいよ?そしたらそれが歌詞になるから。そしたら金とかフィール草とか危ないワードも入れて、完成だからさー!」
「なるほど!」
私はノアフォンを取り出してメモをしようとしたけど、私のノアフォンはまだイオリが持っていた。「貸して?」と聞いたら「断る」って言われた。何でよ……。
「ねえねえ、」とヤギさんが我々に話しかけた。「レイヴ君とリアちゃんのラップも楽しみだけど、ちょっと君たちに聞いてもいいかな?」
「うんいいけど何?」とレイヴが答えた。ヤギさんは聞いた。
「あのね、エミリって何か欲しいものはあるのかな?」
レイヴはすぐに聞き返した。
「なんでだよ……?」
「えーだって、いつも一人で大変そうだから、労いのプレゼントをしようと思ったんだ。だから彼女は何が好きなのかなと思って、ほら野菜とダークホースの肉が好きなのは分かったけど、他に何か好きなのはあるのかなって。」
なんだろう?私はイオリの方を見た。でも見なきゃ良かったと思わせるぐらいに、彼の顔はめちゃくちゃ引きつっていた。するとレイヴが答えたので、またそっちを見た。
「何だろ、趣味って言ったら家庭菜園だろー?植木鉢でもあげたら喜ぶんじゃない?それかマッサージとか。」
「おい!」
突然立ち上がったイオリはレイヴの腕をガシッと掴むと、レイヴの部屋に二人で入ってしまった。ドアの向こうからレイヴの「でええ!?」という叫びが聞こえた。
ヤギさんは思案顔で「マッサージか……。」と呟いてから、私を見てきた。
「ねえリアちゃん、マッサージしたらエミリは喜ぶと思う?」
「喜ぶだろうけど、その……肩叩きぐらいだったらいいと思う。」
「でも今寝てるから明日の方がいいよね?無理に起こしたら生き物だから、健康に関わりそうだよね?」
「ああまあ……。」
多分だけど、ヤギさんはエミリが好きなんじゃないかなと思った。ソファでよだれを垂らしそうになってるエミリ。それをじっと見つめるヤギさん。
ふとヤギさんが立ち上がって、エミリに近づいた。そして彼女に向けて手を丸く動かすと、彼女の体がふわっと浮いて、ヤギさんがお姫様抱っこをした。
「うるさいところではゆっくり寝られないだろうから、彼女をベッドに運ぶね。」
「う、うん……。」
ま、まあ別に、運ぶだけだよね……。そんなまさか、はは、そんな、私とイオリみたいにはならないよ。そこまでの雰囲気じゃないもん。
……ね。
バタンとエミリの部屋のドアが閉まった。まだレイヴとイオリは戻ってきてないから、今私はここで一人である。
テーブルにはイオリのノアフォンが置いてある。レイヴの迷彩柄のも。あーイオリ早く私のノアフォンを返してくれないかなと思って、じっと待っていた。




