78 誰も頼んでない
ブーっとテーブルの上から音が鳴った。震えながらジリジリと、イオリのノアフォンが移動してる。私はそれを手にとった。
サラからの着信だった。背景画像はあの時消してくれたからプリセットのシンプルなものに戻っていた。留守電に繋がると、フッと震えが収まった。
そしてビビった。サラからの着信が32件ありますとロック画面に表示されたのだ。きっとこのパーティの最中、何度も着信があったのだろうけど、そうか、彼は出なかったんだ。
私はそっとイオリのノアフォンをテーブルに置いた。その時に二人が戻ってきて、「あれ?」とレイヴが辺りを見回した。
「母ちゃんとヤギさんは?」
「あーヤギさんがベッドに連れて行ったよ。」
「ごおああああ!」と、レイヴが叫びながらエミリの部屋に走って行き、ドアを開けて突入した。中からヤギさんの「シーッ」という声が聞こえてきて、あとは小声で言い合う二人の声が聞こえた。
そっちの方を見るのをやめて前を振り向くと、イオリがすぐそばまで来ていて、照れた顔で私を見つめていた。
「その……俺の歌は、もう忘れてくれ。」
「無理です。毎晩イオリが寝たらリピートさせてもらうし、そしたらもっと……興奮する。」
「ふふっ」と彼が嬉しそうに微笑んで、私の頬に手を添えた。
「でも、やっぱりモテたよね。」私は伏し目になった。「分かるけど、やっぱり妬けるよ。当時の彼女はイオリの生声を知ってる。」
「ならば、」彼が私をハグしてくれた。「……一度だけなら、アリシアの為に歌う。俺は今はアリシアだけを守りたい。こんなに、自分が正直で居られる関係は初めてなんだ。一緒にいるととても落ち着く。狂おしいほどに、信じられない程に、とても好きだ。」
「私もイオリと一緒にいると一番楽しいよ。」
彼は照れた顔で頭をかいた。
「そ、そうか……なあ、アリシア。あの時は遮ってしまったけど、今でも俺のこと、あい」
と、ここでレイヴが戻ってきたので、イオリがさっと離れてしまった。なんかいいところだったのにと残念に思ったけど、レイヴは不満顔なので、彼の話を聞くことにした。
「ヤギが母ちゃんの寝顔を研究するとか言って、居座ってるんだけど。まさかだよね……本当に奴、エミリのこと気になってんのかな。」
イオリはふとテーブルの上の彼のウォッフォンを取って、チェックしながら言った。
「先程もお前には言ったが、その可能性は高いな……。」
「えー。」レイヴはソファにドスッと座った。「母ちゃんも一人の人間だからこれを言うのはちょっと咎めるんだけどさー、俺の友達と俺の親の関係だから、ちょっと……いや結構気持ち悪い。」
「……同感だ。」
「なんか初めてお兄ちゃんと考えが一致した気がする。」
「お兄ちゃんと呼ぶな。」と、イオリはスタスタ歩き、冷蔵庫から新しいジュースの瓶を取り出した。「アリシアもいるか?」と聞かれたので、首を振った。
コンコンとドアがノックされた。三人同時にドアの方を見た。とても嫌な予感がする。でも念のために、レイヴに聞いた。
「何かルームサービス頼んだの?」
レイヴは知らぬ顔で首を傾げた。
「いやあ?あれ以来は何も頼んでないよ。誰だろー。俺が出るから、お前ら待ってて。」
「ああ、よろしく頼む。」と、何故かイオリが瓶を持ったまま、急いでテーブルの上に置いてあったノアフォンをポケットに入れて、私の手を掴んでレイヴの部屋へと急いで移動した。
ドアを閉めると、イオリは何故かクローゼットを開けた。こないだ買ったレイヴのストリート系の洋服がハンガーにかけられていて、ぎっちり詰まっているのを見たイオリは、「あああ」と苛立った声をあげた。
「どうしたのイオリ?」
彼は何も答えずに、部屋をキョロキョロと見回して、今度は私の手首を掴んで窓の方へ行った。もしやベランダに出るのかと思ったが、彼は何故かカーテンをふわりと揺らして、窓とカーテンの隙間に入った。
勿論私もだ。これじゃあ……。
「隠れてるの?今来た人から。」
イオリがしゃがんだので、私もしゃがんだ。彼は瓶に口をつけて、ゴクっと飲んでから小声で答えた。
「隠れている。今来たのは、十中八九サラだ。」
「サラダ?でもレイヴは頼んでないって言ってた「サラダではない!……っ」イオリは小声に戻った。「サラが来たと言いたかった。おい笑うな!」
「だって!」
私は今のが面白くて肩を震わせた。イオリも「こら」と言いつつ笑ってる。目が合うと、イオリが私の腕を引っ張った。
彼の足と足の間に誘われて、私は座ったままイオリと抱き合う形になった。いつも彼からは、セクシーな香りがする。甘すぎず、ちょっと辛めの香水だ。私はもうそれが好きだ。
イオリは私の顎をちょいとあげて、キスをした。でも何かが彼の口から流れてきた。私はびっくりして吐きそうになったけど、彼が「飲め」と言うので、ゴクッと飲んだ。
ジュースじゃなくてお酒だった……かなり苦い味だった。と言うかこれ、ストレートのお酒だった。強烈な苦味に咳き込みそうになったのを我慢していると、今のですぐに体がポッポと火照った。
一口でそうなったのか、頬の赤いイオリが瓶に蓋をしてから床に置いて、私のことをまた抱き寄せてくれた。彼の体もとても熱くなっていた。
その時だった。隣の部屋から、レイヴと女性の言い合う声が聞こえた。




